009 魔女n

 レオンの背後に立つアノス。

レオンの前方には3人の[バレ従者]の ディオ 、トリアテセラ、後方には エフタオフトの間にアノスがいる。

「久しぶりね、愛おしいレオン」

森の中、白八咫烏ジペンクの後を追って歩き、合図を待てと指示され立ち止まっていると女の声がした。

次に、森の中だというのにおびただしい数の白い花びらが空から舞い落ちてきて、ひらひらと目の前の空を舞っている。

「お待たせしてごめんなさい、ダーリン」

魔女nは花びらが舞う中から姿を現し、美しい素脚を踊るように交互に降ろし、レオンの左側に舞い降りて彼の頬に口づける、瞳は背後のアノスのことを捉えながら。

アノスはどきりと胸が鳴った、ふくよかに美しく妖艶な女がレオンに胸を押し付け口づけているのだ、未熟なアノスには刺激的だった。

それに……レオンが口づけを受けているという映像そのものが胸を高鳴らせるのだ。

だが、『魔女』というだけで十分な緊張感もある、警戒心で尖っているアノス、自分でもよく分からないほど、つま先が震えるような今までに感じたことのない興奮で動揺している。

「あら、お可愛いこと」

魔女nは瞳だけでずっとアノスの表情を追っている、今もそうであって、そして彼女はアノスへ近づき今度はアノスの右頬に口づけた。

「駄目です!」

魔女nは撥ねつけられて笑いだした。

「あーら、レオンでなければ厭なの?」

と言い、また笑い出した。

「ナナ、挨拶はそこまでだ」

レオンは正面を向いたまま魔女nを窘めた。

「はーい、相変わらずねダーリンは」

魔女nはそう言って右手で軽く半円を描くと、次の瞬間レオンたちは館の中にいた。

見るからに豪奢な壁の装飾、黄金に輝く高い天井には星とも宝石とも見える輝く石が散りばめられている。白と金と赤の三色を基調とした調度品はどれも気品があって、王族の屋敷のようだった。

「さぁ、おかけになって」

細やかな彫刻で縁取りされている白い大理石の長テーブル、レオンがテーブルの前に立つと椅子が自動で動き膝の裏を押す、レオンは慣れた様子で席に着いた。アノスらはレオンの背後に整列している、魔女nはレオンの着席を見納めると話しだした。

「これは極めて珍しいことよ」

魔女nはもったいぶった言い方で話す、

「どうにかなるものなのか?」

レオンは言葉短く尋ねた。

「ねぇ、久しぶりなのよ。お茶でも楽しみながらゆっくりと相談しましょうよ」

魔女nは魔法でお茶の準備を始めた。

アノスはその様子に興味津々だ、カップやスプーンが飛び交う度に顔を振ってその行方を追っている。他のバレットたちは微動だにせずまるで部屋の柱のように立っている。オフトが目玉だけで訴える、動くなと。アノスはその視線に気づき、しゅんと項垂れる。

「ここへいらっしゃいな」

魔女nが人差し指でUの字を描くと、アノスはまるで人形のように軽やかに宙に浮き、レオンの膝へ乗せられた。

レオンは右手でアノスの首元を支える。

「今試して頂戴」

魔女nの指示に従ってレオンは自身の右で支えられているアノスの顔へ視線を向けて暗示をかける。

「お前は私だ」

と。

だが、

「な、なに言ってるのレオン! もう降ろしてよ!」

抱き締められていないにしろ、レオンの膝の上で赤子のように抱かれていることは恥ずかしい、アノスは早く降ろして欲しくなった。

「そうだな」

レオンは右手でアノスの首をぐっと押し上げて、その勢いでアノスを自分の左側に立ち上がらせた。

「なるほど……ね、ダーリン貴方はとても厄介な仔猫ちゃんを拾ったようね」

魔女nは意味深で誰にも分からないような表現をする。

「仔猫か」

レオンだけはその意味を理解したようだ。

「危険よ」

二人は顔を見合わせている。

「わかった。マスターに報告しておこう。だがこのまま連れ帰る」

自分のことを話していると分かるのに、内容が全く理解できないアノスは今は真剣な表情の魔女nを見て悪い予感を抱いていた。

暗示が効かない、これは自分が思っていた以上に重大な問題なのだと、今初めて理解したアノス。

「僕は……棄てられるの?」

思わず口をついた言葉にレオンは厳しい表情で叱咤した。

「アノス! お前は私の[バレ従者]だ、いいな」

強い口調、こういう口調で話す時のレオンはまるで人間のように感情が高ぶっているように思えたアノス、

「ご、ごめんなさい!」

素直に謝り許しを請うアノスにレオンは続ける。

「お前はアルケー一族のアルグルであるということを忘れるな」

この言葉でアノスはレオンの真意に気づいた。

最強のモンスターであるアタナシオスの軍隊の一員であることを自覚しなければ、それは一族の恥となる。そして、レオンの[バレ従者]である自分はアルグルの中でも上位に位置するアルグルだ。この地位を穢すことは許されないことだと。

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