008 アノスの災難
「レオン!」
アノスが駆けてくる。
「アノス、お前は私の……」
レオンが話し終わる前に、
「わかってるよ、レオンさま! でも僕には暗示が効かないのだからいいじゃないか、それに今は誰もいないし」
アノスには印が解けても暗示が効かなかった。
魔女nとは[
レオンは、アノスの態度に参ったというジェスチャーで閉じていた目を見開くと、瞬時に厳しい表情で、
「アノス、肌を隠せ」
アノスの左胸にタトゥーがある、それを隠せと言う。
「ごめんなさい!!」
大慌てで胸前のリボンを結び直すアノス。
このタトウーは限られたアルグルに許された日光を遮るタトウーだ。
アノスはレオンという超エリートに変えられたアルグルだ、当然の報酬ではあるが特別扱いの印なのだからやっかむ輩は大勢いるし、レオンからは他者への気遣いとしてタトゥーが露出しないようにと言いつけられていた。
異形で異質なアノスはとかく他のアルグルやウルフから虐げられてしまう。また、印が解けてもう少し大人へ成長するはずが、遅延がみられることも皆の噂になりやすかった。毎日どこかしらに傷を負うアノス。
超エリートの[
アノスが傷ついたからといってレオンが庇うようなことはできないのだ。
そして、アノスには決定的な弱点がある。
牙が片方しか成長しない、いや、生えてこなかったのだ。
このことは突然変異だと一族を騒がせることになった。イリスなどはアノスのことを不吉を呼ぶ痴れ者だと言い、処分せよとの命を発したほどだ。危うくイリスの[
とにかく話題の絶えないいわくつきの弱者、虐められないはずがない。
「身支度を急げ」
レオンは静かに命ずる。
「はい、レオン様」
アノスは今は反省した様子で素直に身支度へ向かった。
「僕は本当にうっかり者だな」
アノスは身支度をしながらひとり反省している。
「こんな僕じゃ、その内に嫌われるかも。いや、それよりも僕のせいでレオンが馬鹿にされるのはもっと厭だ」
アノスはイリスに召された時のことを思い出していた。
「イリス様、例の者が参りました」
イリスの[
「フン、お入り」
鉄の門扉が開き更に分厚い木製のドアが開くと、血なまぐささと花の香りが雑じりあう風が流れ出す、怪しげな炎の揺らぎが感じられ、ガラスの水瓶がぐつぐつと音を立ている、
「失礼いたします」
アノスは顔を伏せたまま両の掌を天へ向け腕を前に伸ばし、両膝を交互に前進させて部屋へ入っていく。
「へぇ、礼儀は知っているのね」
イリスはすっと魔術で移動し、あっという間にアノスの面前に立って顔を覗き込んだ。
「なんだ、この程度か」
イリスはアノスの頬を扇子でバシンと弾き、また魔術で席へ戻った。
「あのレオンの寵愛を受けているというのだから、さぞ麗しき者だろうと思ったけど……お前程度の者だったとはね、忌む者よ」
アノスはじっとしている。
「お前のような者が屋敷内を騒がすとは一族の恥だわ、まさかお前は父上のアタナシオスに謁見したのか」
「いいえ、とんでもないことです」
アノスは更に低く頭を下げて答えた。
「そうよね。ねぇ、痴れ者よ、聞くがよい。私はいずれアルケーの母となる。ここにいる者は皆私の子も同じ、特にレオンは一族にとっても特別な[
アノスは全身の血の気が引いた。
「申し訳ございません!!」
イリスは高笑いを始めた。
「とんだ痴れ者だお前は! 私に頭を下げてもせんないこと。ねぇお前、詫びるならばひと仕事、血を流して貢献なさいな。そうすればれ、あれの役に立つというもの、レオンのために私の仕事を請け負うてみなさい」
イリスは妖しくアノスへ顔を近づけた。
アノスは思う、
『今イリス様は僕へ暗示をかけようとなさっている。僕に暗示が効かないことをご存じないのか? よかった、ならかかったふりをしなくちゃ』
アノスはこくりと頷き、
「承知いたしましたイリス様」
とうまくこの場を切り抜けた。
「もう用はない、去れ。追って沙汰を待つのよ」
アノスはイリスの元から解放された。
アノスは、あれからイリスの言葉が忘れられなかった。
「僕のせいでレオンが辱めを受ける……もっとしっかりしなきゃ、強くなりたい、そうならなきゃ」
アノスは唇を強く結んで、身支度を再確認してからレオンの元へ急いだ。
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