004 境界線

「レオン様、鎮静完了しました」

「ん」

レオンは、魔女とウルフが結託してアルケーの敷地と人間界の境界線を破ろうとした場所に居た。

魔女に操られたアルグルの残骸や人狼化が解けたウルフ、中には人間の死体もあった。

「戦いで人狼化するとは愚かな……いやだが、これは故意ではないのかもしれない」

レオンは鎮静化した戦場をくまなく調査している。

レオンが不審に思うのは当然で、通常ウルフは戦闘時には必ず本来の姿で挑む。人型と戦うにはその方が有利だからだ。獰猛な牙はヴァンパイアのそれとは比べられないほどの破壊力があり、俊敏さも五分五分になる。だから、人狼化からのウルフに戻った状態で死している姿は奇異と言えた。体の一部のみが人型で死体になっているウルフは、人狼化していた時に死んだことを証明している。

「怪我をしているモンスターや人間は区別して運べ、魔女は何があっても殺すな、暗示は訊かない、毒を使って捕らえよ」

レオンは的確に指示を出している。

この戦いの首謀者は[古代の魔女キルケー]であり、彼女はここにはいない。常に自分では戦わず身代わりの魔女が戦場でモンスターをサポートさせているのだ。

 

 アタナシオスは個としては最強である。

が、繁殖能力はウルフに劣る、そのウルフに勝る種族は人間だ。数で圧倒されていることは政治的な支配の統治に関わる。既に人間たちにはアルケーの存在が知れ渡っており、モンスターを狩るハンターの存在も確認されている。血液を欲するアルケーやアルグルには生きた人間が必要だ。襲うのは簡単だが、人の子でもあるアタナシオスはそれを良しとしない。共存を望んでいるからだ。

罪人や自殺願望者を定期的に魔術で集めアルケーへ差し出す、また祭りごとの際には旅行者を大量に敷地へ送り、アルケー一族やその軍隊の腹が満たされると、生きたまま人間界へ帰す。これが人間代表の魔女nとの協定であった。

だが、一部の魔女の行動で、人間界に隠れ住むモンスターが増加した。禁を犯して人間を襲いアルグルとなったヴァンパイアは、アルケー一族の元では暮らせず処刑される。ウルフも同じだ。だから魔女に頼み込んで対価を支払い、人間に紛れて生活をしているのだ。こうした経緯はモンスターの歴史の中で必然だったと言えるが、アルケー一族にとっては厄介な存在となった。隠れ住むモンスターのほとんどが争いに巻き込まれ、悪意のある魔女の手先になってしまうからだ。

[古代の魔女キルケー]は、自身を破滅させようとするアルケーと協定を結んでいる魔女nの邪魔をすることで、アタナシオスを苦しめていたのだった。


 アルケー一族の配下には、ウルフの始祖リコスがいる。

リコスは策略家であり、無意味にアタナシオスと争うことを嫌った。故に、自軍をアルケーの軍隊に置いて、基本的にはアタナシオスの命に従っている。ウルフにとっても生きた人間は栄養化の高い食料であり、死肉を喰らえばその能力は低下すると言われている。だが、魔女と直に協定を結ぶのはウルフの歴史上困難であった。魔術に打ち勝つ能力が乏しいのだ。よって、アルケーの配下に下り魔女との協定の恩恵が与えられることは願ってもない好機なのだ。


 さて、この人間界との境界線によってアルケー一族の敷地は人間界から隠されているのだが、まれに人間がここを超えてしまうことがある。何か特殊な能力や本質に自然界に近いエナルジエネルギーを身に宿している人間が、この境界線を越えてしまうようだった。だが、再び境界線を越えた時に彼等は記憶を失ってしまう。このことから、アタナシオスはこれらの人間に対して干渉してはならないと命じていた。だからレオンは負傷している人間を別にしろと命じたのだった。傷が癒えた人間は境界線まで運ばれ人間界へ戻される。

「レオン様、ご覧ください」

レオンの[バレ従者]、トリアがレオンの前に連れてきたのは人間の子供だった。

見ればまだ10代半ばであろう、大量の出血が見られ間もなく命を落とすことが予見された。

「地下貯蔵庫へ運んでよろしいでしょうか」

それは食料となる人間の牢獄のことであった。

「待て」

レオンはその子供に見覚えがある、

「子供は置いて行け」

そう言いレオンは部下を下がらせた。

「なんということだ……これは果たして」

レオンは一人その子供の絶え絶えの呼吸を気遣いながら、体の隅々まで確認している。

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