第10章 秘密の約束―嫉妬とご褒美の狭間で

共通テストが終わり、再び机を囲む日々が戻ってきた。


志望大学の二次試験に向け、記述問題や過去問を解く時間が続く。


こたつの上には赤本と付箋だらけのノート、鉛筆のカス。

ページをめくる音、カリカリと紙を削る音だけが、夜の静けさに響いていた。


玲奈は真剣な表情で答案用紙に向かっている。

以前のような不安げな影はもうなく、眉を引き締めて解けない問題に食らいつき、何度も解き直していた。


「ここ、前よりずっと早く解けるようになったね」

結衣が声をかけると、玲奈は顔を上げて微笑んだ。


「はい。……結衣さんに励ましていただいたから、もう怖くないんです」


その瞳には確かな自信の光が宿っていた。

結衣は胸の奥が熱くなるのを覚え、頼もしげにその横顔を見つめる。


——その視線を、見逃さない者がいた。


美緒だった。


ノートを開いたまま、じっと二人を見つめている。

鉛筆を握る手に、知らず知らず力がこもっていた。


「……ねえ」


やがて美緒はペンを置き、少し感情的に声をあげた。


「お姉ちゃん、玲奈ばっかり見てない?」


一瞬で空気が張りつめる。

玲奈は驚き、居心地悪そうに視線を落とした。


結衣は軽く笑い、肩をすくめる。

「気のせいよ。二人ともちゃんと頑張ってる」


敢えてはぐらかすように言う声に、美緒は唇を噛んだ。


——やっぱり玲奈ばかり見てる。


納得できない気持ちが胸の奥で渦巻く。

けれど、今ここで突き詰めても仕方がない。


二人で志望大学に合格すれば、きっと自分も同じように褒めてくれる。

そう思い直して、美緒は再びノートに視線を戻した。


やがて、美緒は甘えるように声をあげた。

「ねえ、もし私が合格できたら、ご褒美に何してくれる?」


不意の問いに、結衣は一瞬言葉を失い、玲奈の方を見そうになった。


——あの日、玲奈と交わした秘密の約束が脳裏をかすめる。


しかしすぐに笑顔を作り、答えた。

「欲しいものがあったら、買ってあげるよ」


「ほんと? 絶対だからね」


美緒は嬉しそうに笑い、再び机に向かう。


そのとき、結衣は視線を玲奈へ送った。

玲奈も小さく頷く。


美緒に気づかれないように交わした、短い合図。


二人だけが知る“秘密の約束”が、確かにそこにあった。


* * *


そして迎えた本試験の日。


校舎前には受験生の群れ、緊張のざわめきが漂っていた。

玲奈と美緒は無言で入っていき、結衣はただ祈るように背中を見送った。


——数日後。


合格発表の日。


掲示板に並ぶ数字の中から、自分の番号を見つけた瞬間、二人の顔が同時に綻んだ。


「お姉ちゃん! あったよ!」


美緒が声を弾ませ、玲奈も震える指で番号を指差す。


結衣は二人を抱き寄せ、強く、温かく微笑んだ。


春の風が街を包み、三人の笑顔を照らす。

その瞳には、確かに新しい未来の光が宿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る