第9章 夜の再会―涙と口づけが語る真実

夜の街は、冷たい空気に沈んでいた。


吐く息が白く舞い、街灯の光に照らされて揺れる。


指定した待ち合わせ場所に立つ結衣の胸は、ざわめきで押しつぶされそうだった。


——『出来れば、すぐに会いたい』。


その一文に込められた切実さを思うと、ただ事ではないとわかっていた。


やがて、駆け寄る足音。


玲奈の姿を見た瞬間、結衣は息を呑んだ。

頬は涙に濡れ、視線は揺れ、今にも崩れ落ちそうに見えた。


「どうしたの?」


問いかけるより早く、結衣は彼女を抱き寄せていた。


「……隼人に告白されて……それで……」


玲奈は震える声で絞り出す。


「気づいたら……ホテルに……でも、だめで……逃げてきたんです……」


言葉は涙に呑まれ、声にならなかった。


結衣の胸に顔を埋め、肩を震わせて泣きじゃくる。


結衣は髪に頬を寄せ、背を撫でた。

「大丈夫。……もういいから」


心臓を締めつける嫉妬と安堵を、ただその言葉に込めるしかなかった。


しばらくして、玲奈は嗚咽を抑えながらも、結衣を見上げた。

潤んだ瞳には迷いと切実さが混じっている。


「……私、最後までは行ってないから。だって……」


そこまで言うと、唇が震えて止まった。


本当は「結衣さんが好きだから」と言いたかった。

でも、その言葉はまだ喉の奥で絡まったままだった。


結衣はそっと玲奈の頬を両手で包む。


「玲奈……」


名を呼び、ためらいなく唇を重ねた。


最初は浅く。

けれどすぐに深く。


震える吐息と涙の味が混ざり合い、世界が遠のいていく。


玲奈は一瞬驚いたように身体を強張らせたが、すぐに瞳を閉じて応えた。


結衣の背に腕を回し、必死にすがるように口づけを受け止める。


夜のざわめきも、冷たい風も、もう耳に入らなかった。

あるのは互いの鼓動と、溶け合う唇の熱だけ。


やがて唇を離すと、玲奈は息を乱し、頬を真っ赤に染めていた。


「……結衣さん……」

掠れた声で名前を呼ぶ。


結衣は彼女を抱き締め直し、耳元で囁いた。

「安心して。……玲奈のことは、私がちゃんと守るから」


その言葉に、玲奈は小さく頷き、結衣の胸に顔を埋めた。


言葉にできない想いは、すでに濃厚な口づけの中で十分に語られていた。


* * *


二人はしばらく抱き合ったまま、夜風の中に立ち尽くしていた。


やがて、結衣は玲奈の肩を軽く叩き、微笑んだ。


「……でも、まだ本番の試験が残ってる。だから今は勉強に集中しよう」


玲奈は涙に濡れたまま、それでも力強く頷いた。


——“好き”と言葉にはできなかった。

けれど今夜交わした口づけが、そのすべてを証明していた。

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