第4話 思い出は美化されていくから。
蓮くんとの間に、たくさんの思い出がある。
語りだしたら止まらないぐらい、たくさんあるけど、…それも、
意味をなさないときが来てしまう。
どんどん美化されていく思い出と比例するように、現実の私と蓮くんには、溝がたくさんできていて、私の気持ちに応えてくれるそぶりは一切ない。
それに、平気だと思っていた、彼女事件が、思ったより尾を引いていて、もう、無理かもしれない。
落ちこむ気持ちが、全然回復されない。
「はあーーー…」
大きなため息が自分から出てたことにびっくり!
近くにいた蓮くんの同僚が、心配そうに声をかけてくれた。
「大丈夫ですか?すごいため息出ましたね」
「恋煩い」
「蓮さんですか?」
入社は蓮くんより後、年齢は蓮くんより上、蓮くんのことは最初、名字+さんづけで呼んでいたけど、私に感化されて、下の名前+さんづけになっていた。
「ばれてる?」
「隠してるつもりないですよね。今日は近くにいないんですか?」
「他の人を対応してていないの。寂しいなー…。立花さん、相手してよ」
前の席をぽんぽん指でたたいてアピールすると、茶目ってたっぷりに「すみません、既婚者じゃなかったら」なんて、左手薬指の愛の証を見せてきて…。
「そっちじゃないよ!話し相手だよ!」
キレたところで、蓮くんがやってきた。
「なにやってんですか」
「立花くんに相手してってお願いして断られたあとで…」
腰の位置が高い蓮くんは、座った状態で眺めると、ものすごく顔が遠くに感じる。
「あ、そうですか。じゃあ自分はいらないですね」
踵を返す蓮くんを反射的につかんで、必死に首を横に振って、行かないでアピールの末、ようやく私の席についてくれた。
腕に挟んでいた資料を広げながら、まだ目を合わせる気配なしに、前の前のことに視線を向けていく。
蓮くんの仕事をしてる姿を見るのが好き。
うぬぼれかもしれないけど、いや、うぬぼれなんだけど、蓮くんは私と立花さんが仲良くするのを見るのが、嫌な気がする。
私がやきもち焼きだって知ってるのに、あえて他の女性社員さんに絡みに行く蓮くんは、その仕返しをしているのかも…って思ったけど、そんなこと関係なく。蓮くんは意地悪だった。
今は、メンタルが折れているから、蓮くんに優しくされたい気持ちになっている。
「蓮くん、触ってもいい?」
「そういう会社じゃないので」
そりゃそうだ。
わかっているんだけど…。
私の変化がいつもと違う様子を察して、珍しく蓮くんから話を振ってくれた
。
「なにかありました?」
表情も声も、普段と変わらない温度感だけど、心配してくれることも、特別に見てくれていることがわかるもの。
蓮くんは、隠すのが下手だから。
素直で優しいこと、知っているはずなのに、蓮くんをいじわるにするぐらい、傷つけたのは、きっと私だ。
蓮くんを責める資格は、一切ないのだけれど…。
「蓮くん、遊びに行く女友達、たくさんいるんだね」
「はい」
「え?え?」
濁したり、「何でですか?」とか、聴いてくると思ったのに、素直に「はい」って、「はい」って。
「LINEのアイコンのときの子は、付き合っていないの?」
「つき合ってはないですね」
「体の関係は?」
「ないですね。友達なんで。」
じゃあ、私は、なんなの?
友達とも言えないじゃん。
蓮くん、私とはもう、行ってくれないのに。
「私の妄想だったのかな…」
「なにがですか?」
淡々と作業する蓮くんから、私への関心なんて一つも感じれない。
「…なんでもない」
「妄想じゃないですよ。現実でしたから」
「……っ」
なんともないように、なんのことかわからないぐらいナチュラルに、蓮くんは私に、ちゃんと覚えてるよって、教えてくれる。
たった1回の、たった1回の幸せな日を、私はずっと、忘れることができない。
何度もこすって、何度も味わって、美化されていく記憶を、忘れたくないの。
蓮くん、お願い。
------振り向いて。
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