第58話「灰の残火、誓火の刃」
王都の空を焦がすような赤が差し込む――
まるで、何かが燃えはじめる予兆のように。
朝の工房は静かだった。
炉には火が灯っている。それは昨日の夜から、誰一人として絶やさずに守ってきた炎だ。
弟子たちはそれぞれ、自らの鍛造に集中している。
だが、その手つきには迷いがない。
「フェン、もう少し右の刃を締めろ。芯がまだ甘い」
「了解。――親方、これで最後の仕上げだ」
フェンの槌が火花を散らす。
金属の悲鳴が、朝の空気を震わせる。
ライラは盾に最後の刻印を刻んでいた。
火傷跡の残る腕を押さえながらも、その動きには迷いがなかった。
「……防ぐための盾。壊れても、何度でも直す。それが私の“火”」
グリトは、彼女の隣で補助魔導陣の調整を終えたところだった。
「刻印、安定。エネルギー流、正常。出力……100%超えた!」
「上出来だ。これで《火の牙》の準備は整った」
オリンは全員の顔を順に見渡した。
その視線の奥に、かつてない覚悟が宿っていた。
「灰狐商会は、今日の夜――動く。俺の読みが正しければ、あいつらは“表”じゃなく、“街”を狙ってくる」
「……街を?」
リィナが驚きの声を上げた。
「王都を火事に見せかけて、俺たちを“犯人”に仕立て上げるつもりだ。そうなれば、ギルド抹消どころか、全員牢行きだ」
「最低だな……!」
フェンが吐き捨てた。
「最低で十分だ。だからこそ、俺たちは“最高の火”で応える」
オリンは炉の火を強くした。
炎が青に変わり、金属のように鋭く光を放つ。
「――弟子たち。これが最後の鍛ちだ」
火花が散る音が、まるで誓いの拍動のように響いた。
◇ ◇ ◇
夕刻。王都北部。
灰狐商会の拠点「黒炭街」では、不気味な煙が上がっていた。
「準備は整ったな」
グレン・マイスターが笑う。
その手には、“炉制御術式”を盗み出したとされる偽物の刻印板。
《火の牙》の技術を模倣した“暴走炉”が、彼の背後で唸りを上げている。
「こいつを暴発させりゃ、あの無名工房の仕業ってわけだ。ギルドも黙って潰すしかない」
「本当に成功するんですか、親方……?」
部下の声に、グレンは不快そうに振り返った。
「俺を疑うな。火は制御するものだ。燃やされる側じゃねぇ」
その言葉を遮るように――
突然、夜風を裂く音が響いた。
「だったら、制御できるもんならやってみろ」
低く響く声。
闇を割って現れたのは、黒いコートに煤をまとった男――オリン・ハルド。
その背後には、フェン、ライラ、グリト、サーシャ、そしてリィナ。
それぞれの手には、自ら鍛った“信念の火”が宿っていた。
「お前ら……! どうやってここを――」
「火は煙を辿る。お前の焔は、臭ぇんだよ」
フェンの口調に、グレンの顔が歪む。
「よくも来やがったな、下賤の鍛冶くずが!」
「くずでもいい。けどな、俺たちの火は、お前の“灰”とは違う」
オリンが一歩前に出る。
「ここで、すべてを終わらせる」
グレンが叫び、暴走炉の制御盤を叩いた。
轟音と共に、黒い炎が吹き出す。
火花が空へと舞い、王都の夜を焦がした。
「やめろっ! こんな火……!」
リィナの叫びが響く。
だが、オリンは彼女に短く指示を飛ばした。
「リィナ、冷却炉を! ライラ、盾を展開! フェンとグリト、俺に合わせろ!」
弟子たちが一斉に動く。
ライラの盾が炎を防ぎ、グリトの魔導刻印が空気を安定させる。
フェンは風陣の双剣で熱を切り裂き、リィナは冷却魔法で暴走を抑えた。
だが、グレンの暴走炉は止まらない。
青白い閃光があたりを包み、鉄と瓦礫が吹き飛ぶ。
「はははっ! 火は俺のもんだ! 俺が世界を鍛ち直してやる!」
その狂気に、オリンの目が細くなった。
「火を奪うな。――火は、命だ」
彼は炉の中心に手をかざし、偏温制御を極限まで高める。
通常の鍛造では到底扱えない温度域。
周囲の空気が歪み、時間さえ止まったように見えた。
「この火は、お前なんかのためにあるんじゃねぇ」
炎が、応えた。
轟音と共に、青い火柱が暴走炉を呑み込む。
金属が砕け、赤と青の光が夜空を裂く。
グレンが叫んだ。
「俺は……俺は火に選ばれたはずだァァァ――!」
最後の爆発が、王都の空に散った。
◇ ◇ ◇
爆風が収まり、静寂が訪れる。
黒炭街の跡地に立つのは、《火の牙》の面々だけだった。
灰の中で、リィナがそっと膝をついた。
「……火、消えちゃいましたね」
「いや」
オリンはゆっくりと手を差し出した。
そこには、小さな青い火が揺れていた。
暴走炉の残火――だが、穏やかで、暖かい。
「燃え尽きる火もあれば、残る火もある。
この火は、“誓いの火”だ。
お前たちが継いだ証だ」
弟子たちは、その火を囲みながら静かに頷いた。
――戦いは終わった。
だが、彼らの旅はまだ、終わりではない。
その夜、王都の空には小さな青い光が灯り続けていた。
それはまるで、“火を継ぐ者たち”への祝福のようだった。
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