第57話「火を継ぐ誓い」

夜が明けきらぬ工房の炉に、再び静かな火が灯っていた。


だが、昨日までの火とは違う。

裏切りを乗り越え、仲間の絆を試された末に得た、強く穏やかな“炎”。


弟子たちはそれぞれ、眠らぬまま炉を見つめていた。

ライラは槌を抱え、グリトは刻印板の手入れを繰り返し、フェンは黙々と小刀を研ぎ続けている。


「……リィナ、少し休め」


サーシャが優しく声をかける。

だが、リィナは首を振った。


「大丈夫です。私……あの夜、怖かったけど、最後まで炉のそばにいたって胸張れるようにしたいから」


その瞳に宿る光に、サーシャは微笑んで頷いた。


そのとき――工房の扉が軋んで開いた。

姿を見せたのは、ギルド本部からの使者だった。


「ハルド・オリン殿、《火の牙》の職務執行に関する最終勧告を持参した」


オリンはゆっくりと立ち上がった。

その背中は、弟子たちにはひどく大きく、そして遠く見えた。


「勧告内容は?」


「“危険思想の蔓延”“秩序への反逆”“技術流出の懸念”――これらを理由に、貴殿のギルド登録は抹消。以後、公式な工房活動は全て禁止とする」


重苦しい空気が工房を覆った。

フェンが立ち上がり、抗議しようとしたが、オリンが片手で制した。


「……わかった。通達は受け取った。だが、俺たちの火は、ここに残る」


使者は眉をひそめたが、それ以上何も言わず立ち去った。


扉が閉まり、沈黙が落ちる。


「これって……」


「もう、“ギルド”の名は使えねぇってことだ」


フェンが唇を噛む。


「だったら、俺たちはどうなるんだよ……!」


「決まってるだろ」


オリンは静かに、炉の炎に手をかざした。


「工房は、“名前”じゃねぇ。“火”と“想い”がある限り、続いていく」


サーシャが、そっと弟子たちを見渡す。


「――問うわ。あなたたちは、この火を継ぐ覚悟がある?」


フェンが、最初に頷いた。


「ある。オレは、親方が教えてくれた“刃の意味”を忘れねぇ。あの火に誓ったから」


ライラも口を開く。


「私は、この工房で“守る術”を学んだ。今度は、火を守る番だと思ってる」


グリトも静かに、だが確かに言った。


「火は……人の心を灯すもの。だったら、僕はこの“灯し火”を次の人に渡したい」


最後に、リィナが一歩前に出た。


「私、まだ未熟で。うまく焼き加減も見抜けないけど――

でも、この火があったから、私たちが“家族”になれたんです。だから……火を、絶やしたくない」


オリンは一人ひとりの瞳を見つめ、そして、深く頷いた。


「――火継の儀をやる」


弟子たちは驚いたように顔を見合わせた。


「それって……鍛冶師としての、正式な“独り立ち”の儀式じゃ……?」


「ああ。お前たちを“職人”として認める証だ。ギルドは関係ねぇ。俺の“見極眼”が証になる」


静かな決意が工房に満ちていく。


その夜、工房の奥にある“継火炉”――オリンが若き日、師匠から継いだ古炉に再び火が入った。


赤々と燃える炎の前に、一人ずつ弟子たちが立ち、打つ。


フェンは、オリン譲りの斧。

ライラは、小さな守りの籠手。

グリトは、簡易式の補助刻印器具。

リィナは、小花のように繊細な焼き印付きの飾り皿。


それぞれが、それぞれの“道”を刻むように、槌を振るい、火と語らう。


最後に、サーシャが彼らの手を取り、火の中にかざす。


「この火は、あなたたち自身。その意志を、永遠に忘れぬように」


弟子たちの目に、涙がにじんだ。

だがそれは、悲しみではなかった。


――誇り。

――決意。

――“絆”の証明。


オリンは、かつての自分の姿と重ねながら、静かに呟いた。


「……これで、火は未来に継がれた」


そして、心の奥底で思う。


(あとは――俺の“火”が燃え尽きるまでに、やるべきことがある)


工房の火が、力強く揺らいだ。


それは、次なる戦いの予兆でもあり――

最後の鍛ちに向けた、序章の始まりだった。

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