第41話「牙の初陣、刻まれし契約」

王都からの使者がやってきたのは、工房に火が灯る少し前の朝だった。


「《火の牙ギルド》宛、王都防衛局より正式な契約依頼にございます」


無骨な甲冑に身を包んだ騎士が、重々しい口調でそう告げた。


「これが依頼書……」


オリンが巻物を受け取り、火の前で開く。そこに記されていたのは、国境沿いに建設中の“魔障壁”――対魔族用の防衛装置の中核部品となる「魔力律動炉」の試作依頼だった。


「納期は一ヶ月。要求される刻印精度はAランク、素材選定はギルドに一任。報酬は王都直轄ギルド待遇と……」


「“国営鍛造名鑑”への掲載だと?」


サーシャが驚きに声を上げた。

それはつまり、《火の牙》の名が王国中に広まるということだ。


オリンは静かに頷くと、巻物を火にかざした。


「……嘘がないか、見極める」


契約書の端が薄く焦げ、やがて文字が赤く光った。


「問題ない。受けるぞ」


弟子たちの顔が、一斉に輝いた。



数日後、工房は活気に満ちていた。


「親方、素材の《晶鋼石》、到着しました!」


「俺の研いだ刃で、グリトの刻印テスト済みだ。相性は上々!」


「紋章入りの封刻箱、今磨き直してるよ!」


フェン、グリト、ライラの三人は、息を合わせて動き回っていた。


そんななか、オリンはサーシャを呼び止めた。


「サーシャ。今回の刻印、お前に任せる」


「えっ……でも、これは王都案件。私なんかが……」


「“なんか”ではない。お前は、俺の弟子だ。

 “火を継ぐ者”として、胸を張れ」


サーシャは目を見開いた。だが、その瞳に宿った迷いは、ゆっくりと熱へと変わっていった。


「……はい。私がやります!」



作業は、文字通り“火と刻の戦い”だった。


素材の精製温度は1850度。

魔力制御範囲は0.01以下の誤差で統一。

刻印線は全48層、しかも三重構造。


サーシャの手は震えたが、心は揺れなかった。


(私は、親方の火で鍛えられた。私の“刻印”で、証明するんだ)


フェンは黙って刃を磨き続け、ライラは設計図のミスを黙って正した。

グリトはサーシャの魔力バランスを見て、補助回路を自作して差し出した。


「……ありがとう、みんな」


息を整え、サーシャは深く炉の光を見つめた。


そして――


カン……カン……カンッ!


響いたのは、確かに“火の牙”の一打一打だった。


その刃は誰よりもまっすぐで、迷いなく、ただ“未来”を見つめていた。



完成した「試作律動炉」は、使者を通して王都へと送られた。


その数日後。

再び訪れた使者は、驚きに満ちた報告を告げた。


「王都鍛冶評議会より正式な評定が下りました。貴工房の製作物は、……“Sランク”と認定されました」


工房中に、歓声が広がった。


「すごいぞ、サーシャ!」


「やったな、姐さん!」


「これで、“火の牙”も名実ともに認められたってことだね」


サーシャは言葉を失っていた。けれど、気づけば、涙が頬を伝っていた。


「……うれしい。すごく、うれしいよ」


オリンは静かにサムズアップし、そしてこう告げた。


「これが、“お前たちの火”だ」


そう。その炎は、確かに弟子たち自身の火であり、牙だった。

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