第40話「燃ゆる刻印、牙の誓い」
朝の光が工房の天窓から差し込む頃、サーシャはひとり静かに炉の前に立っていた。
淡い橙色の光が頬を照らし、その眼差しには強い決意が宿っている。
「……そろそろ、私も打たなきゃね。私だけの“火”を」
そう呟いたその声に応えるように、奥の扉が軋みを上げて開いた。
「もう起きてるのか、サーシャ」
オリンだった。彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく笑った。
「親方こそ、早いですね。今日は何か、予定が?」
「……王都からの正式な依頼が来ている。
“対魔障壁”に使う刻印式素材の試作を依頼したいとのことだ」
サーシャは目を見開いた。
「それって……かなり、大掛かりな案件じゃ……」
「だからこそ、受ける価値がある。
だが、これは“工房”としての挑戦だ。
弟子として、お前の刻印が必要になるかもしれん」
言葉の意味を、サーシャは静かに噛みしめた。
(私の……刻印が、世界を守る盾になるかもしれない――)
「はい。全力で臨みます、親方」
その答えに、オリンは静かに頷いた。
◆
その日の午後、グリトが懸命に机に向かっていた。
「新しい魔力伝導経路のパターン、やっぱりこっちの構成の方が……いや、でも負荷分散を考えると……」
横で見ていたフェンが肩越しに覗き込む。
「おい、また例の“刻印回路”いじってんのか? もう2日寝てないだろ」
「だって、オリンさんが“火の牙”に刻印士がいるのは強みになるって言ってくれて……それに、僕……役に立ちたいんだ」
フェンはしばらく無言だったが、ふっと鼻で笑った。
「ったく、真面目かよ。
でもな――その姿勢は嫌いじゃねえ」
「え?」
「だからさ、今日は特別に“俺の研いだ刃”をお前の刻印台に提供してやるよ。
相性良ければ、新しい伝導試験にも使えるだろ?」
「ほんとに!? ありがとうフェン!」
2人のやりとりを見ていたライラが、ふいに手を挙げる。
「じゃあ私は、“火の牙”の紋章をデザインする!
だってギルド名が決まったら、やっぱり“紋”もいるでしょ?」
フェンとグリトが同時に吹き出す。
「お前、そっちの才能あったのか?」
「実はね、小さい頃お兄ちゃんが日記に描いてたの、ずっと真似してたの。
剣と火のモチーフ……きっと似合うと思う」
そこへ、鍛錬を終えたオリンとサーシャが工房に戻ってきた。
オリンは静かに、全員を見渡す。
「お前たち。ひとつ、言っておきたいことがある」
弟子たちは自然と姿勢を正した。
「“火の牙”として、工房の名義で王都の防衛局と正式に契約する。
それはつまり、今後この名のもとに行う鍛造は、すべて“信義”を問われる」
その重みを、全員が感じ取った。
「だが、同時に――その名は、“お前たちの刃”でもある。
何を打ち、何を守るか。その火を、見誤るな」
弟子たちは静かにうなずいた。
そしてその夜、サーシャは一枚の金属板に、ゆっくりと刻印を走らせていた。
(火の牙――それは、燃えるような信念と、鋭い牙のような意志)
(私は、それを刻む。誰かを守るために。私自身の手で)
彼女の指先から走る刻印は、ほんのりと赤く輝いていた。
まるで、火そのものが祝福しているかのように。
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