第40話「燃ゆる刻印、牙の誓い」

朝の光が工房の天窓から差し込む頃、サーシャはひとり静かに炉の前に立っていた。

淡い橙色の光が頬を照らし、その眼差しには強い決意が宿っている。


「……そろそろ、私も打たなきゃね。私だけの“火”を」


そう呟いたその声に応えるように、奥の扉が軋みを上げて開いた。


「もう起きてるのか、サーシャ」


オリンだった。彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく笑った。


「親方こそ、早いですね。今日は何か、予定が?」


「……王都からの正式な依頼が来ている。

“対魔障壁”に使う刻印式素材の試作を依頼したいとのことだ」


サーシャは目を見開いた。


「それって……かなり、大掛かりな案件じゃ……」


「だからこそ、受ける価値がある。

 だが、これは“工房”としての挑戦だ。

 弟子として、お前の刻印が必要になるかもしれん」


言葉の意味を、サーシャは静かに噛みしめた。


(私の……刻印が、世界を守る盾になるかもしれない――)


「はい。全力で臨みます、親方」


その答えに、オリンは静かに頷いた。



その日の午後、グリトが懸命に机に向かっていた。


「新しい魔力伝導経路のパターン、やっぱりこっちの構成の方が……いや、でも負荷分散を考えると……」


横で見ていたフェンが肩越しに覗き込む。


「おい、また例の“刻印回路”いじってんのか? もう2日寝てないだろ」


「だって、オリンさんが“火の牙”に刻印士がいるのは強みになるって言ってくれて……それに、僕……役に立ちたいんだ」


フェンはしばらく無言だったが、ふっと鼻で笑った。


「ったく、真面目かよ。

 でもな――その姿勢は嫌いじゃねえ」


「え?」


「だからさ、今日は特別に“俺の研いだ刃”をお前の刻印台に提供してやるよ。

 相性良ければ、新しい伝導試験にも使えるだろ?」


「ほんとに!? ありがとうフェン!」


2人のやりとりを見ていたライラが、ふいに手を挙げる。


「じゃあ私は、“火の牙”の紋章をデザインする!

 だってギルド名が決まったら、やっぱり“紋”もいるでしょ?」


フェンとグリトが同時に吹き出す。


「お前、そっちの才能あったのか?」


「実はね、小さい頃お兄ちゃんが日記に描いてたの、ずっと真似してたの。

 剣と火のモチーフ……きっと似合うと思う」


そこへ、鍛錬を終えたオリンとサーシャが工房に戻ってきた。


オリンは静かに、全員を見渡す。


「お前たち。ひとつ、言っておきたいことがある」


弟子たちは自然と姿勢を正した。


「“火の牙”として、工房の名義で王都の防衛局と正式に契約する。

 それはつまり、今後この名のもとに行う鍛造は、すべて“信義”を問われる」


その重みを、全員が感じ取った。


「だが、同時に――その名は、“お前たちの刃”でもある。

 何を打ち、何を守るか。その火を、見誤るな」


弟子たちは静かにうなずいた。


そしてその夜、サーシャは一枚の金属板に、ゆっくりと刻印を走らせていた。


(火の牙――それは、燃えるような信念と、鋭い牙のような意志)


(私は、それを刻む。誰かを守るために。私自身の手で)


彼女の指先から走る刻印は、ほんのりと赤く輝いていた。


まるで、火そのものが祝福しているかのように。

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