第34話「真実の刃、交わる火」

鍛冶競演祭、最終戦――。


火床に立つのは、《工房ハルド》の長・オリン・ハルド。

対するは、王都鍛冶連盟を代表する熟練の技巧派・ヴェルク・ロザン。


テーマは「真実の刃」。


この言葉の重さを、オリンは誰より知っていた。

ただ鋼を打つのではなく、

心を、信念を、過去をも――

剥き出しにして“刃”に宿さねばならない。


「……いい火だな」


オリンが火床に薪をくべると、橙と青の揺らめきが生まれた。

炎は語る。鍛冶師の心を映す鏡だ。


「お前にしては派手な演出だ。ずいぶんと変わったな、オリン」


ヴェルクの言葉に、オリンは応えない。

火と対話する時間が、彼にとってはなによりも重要だった。


刃を鍛えるのは、鉄だけじゃない。

己の歩み、決意、仲間との絆――

それらすべてを“火”の中に投じてこそ、本物の刃が生まれる。



弟子たちの眼差しが注がれていた。


ライラは防具職人の目で師の動きを見つめ、

フェンは研ぎ澄まされた集中力に息を呑む。

グリトは手帳を握りしめ、師の一挙手一投足を記録しようとしていた。


「師匠……“本気”だ」


フェンの言葉に、誰もがうなずいた。

オリンの背中から伝わる気迫は、鍛冶師というより――まるで“戦士”だった。


「……火を見ろ」


彼が呟く。


火の温度を、局所的に、精密に調整していく。

偏温制御の能力が、冴え渡る。


用いた素材は、王都でも滅多に見ない《黒燐鉄(くろりんてつ)》。


重く、硬く、脆い――扱いが極めて困難なこの鉄を、オリンはあえて選んだ。


「刃に宿すべきものは、強さじゃない。真実だ」


槌が振るわれるたび、火花が舞う。


一方のヴェルクも黙々と作業を進めていた。


素材は、王都が誇る《神銀鋼》。

伝導性に優れ、扱いやすく、仕上がりも美しい。


審査員席がざわつく。


「黒燐鉄か……なぜあえて難しい方を……?」


「いや、見ろ……あの鍛え方は、尋常じゃない」


「火が、オリンの呼吸と同調している……?」



ついに、二本の剣が完成した。


オリンの刃は――重く、黒く、鋭い。

ただ美しいだけではない。

見る者の胸を抉るような“真実”が宿っていた。


審査が始まる。


一本ずつ手に取られ、振るわれ、試される。


そして――静かに評価が下された。


「第三試合、勝者――《工房ハルド》!」


その言葉が響いた瞬間、観客席から大きな歓声が上がった。


だが、オリンは微動だにしない。


彼はただ、火床の前に立ち尽くしていた。


「オリン……」


ヴェルクが、ゆっくりと口を開いた。


「お前の刃は、確かに“真実”を宿していた。俺には……それがなかった」


オリンは火床から視線を上げ、言葉を返した。


「俺は……もう、誰かに嘘をつくような鍛冶はしたくない。それだけだ」


その目に、怒りも誇りもなかった。


ただ、火と生きる者としての、静かな誓いがあった。


「弟子たちと作る刃で、俺は十分だ」


「……そうか。ならば、これ以上言うまい。あとは……任せたよ、《鍛冶の父》」


ヴェルクは笑って去っていった。


皮肉でも、敗北の弁でもない。

ただ、真に心からの敗北を認めた者の、清々しい笑みだった。



その夜。


工房ハルドの面々は、宿でささやかな祝勝会を開いた。


酒を片手に、ライラは笑った。


「師匠のあの顔、忘れられないね。なんか、こう……親って感じ?」


「うん。カッコよすぎて、逆に照れた」


フェンが苦笑し、グリトは感極まって泣いていた。


「これが……これが、俺たちの工房なんだなぁ……!」


オリンは、そんな弟子たちの姿を見て、ふと目を細めた。


「……火は、まだ続いていく」


彼は一人、杯を掲げた。


「――これからも、刃を鍛え続ける」


弟子たちが、声をそろえて叫ぶ。


「はい、師匠!!」


炎は、まだ尽きてはいなかった。

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