第34話「真実の刃、交わる火」
鍛冶競演祭、最終戦――。
火床に立つのは、《工房ハルド》の長・オリン・ハルド。
対するは、王都鍛冶連盟を代表する熟練の技巧派・ヴェルク・ロザン。
テーマは「真実の刃」。
この言葉の重さを、オリンは誰より知っていた。
ただ鋼を打つのではなく、
心を、信念を、過去をも――
剥き出しにして“刃”に宿さねばならない。
「……いい火だな」
オリンが火床に薪をくべると、橙と青の揺らめきが生まれた。
炎は語る。鍛冶師の心を映す鏡だ。
「お前にしては派手な演出だ。ずいぶんと変わったな、オリン」
ヴェルクの言葉に、オリンは応えない。
火と対話する時間が、彼にとってはなによりも重要だった。
刃を鍛えるのは、鉄だけじゃない。
己の歩み、決意、仲間との絆――
それらすべてを“火”の中に投じてこそ、本物の刃が生まれる。
◆
弟子たちの眼差しが注がれていた。
ライラは防具職人の目で師の動きを見つめ、
フェンは研ぎ澄まされた集中力に息を呑む。
グリトは手帳を握りしめ、師の一挙手一投足を記録しようとしていた。
「師匠……“本気”だ」
フェンの言葉に、誰もがうなずいた。
オリンの背中から伝わる気迫は、鍛冶師というより――まるで“戦士”だった。
「……火を見ろ」
彼が呟く。
火の温度を、局所的に、精密に調整していく。
偏温制御の能力が、冴え渡る。
用いた素材は、王都でも滅多に見ない《黒燐鉄(くろりんてつ)》。
重く、硬く、脆い――扱いが極めて困難なこの鉄を、オリンはあえて選んだ。
「刃に宿すべきものは、強さじゃない。真実だ」
槌が振るわれるたび、火花が舞う。
一方のヴェルクも黙々と作業を進めていた。
素材は、王都が誇る《神銀鋼》。
伝導性に優れ、扱いやすく、仕上がりも美しい。
審査員席がざわつく。
「黒燐鉄か……なぜあえて難しい方を……?」
「いや、見ろ……あの鍛え方は、尋常じゃない」
「火が、オリンの呼吸と同調している……?」
◆
ついに、二本の剣が完成した。
オリンの刃は――重く、黒く、鋭い。
ただ美しいだけではない。
見る者の胸を抉るような“真実”が宿っていた。
審査が始まる。
一本ずつ手に取られ、振るわれ、試される。
そして――静かに評価が下された。
「第三試合、勝者――《工房ハルド》!」
その言葉が響いた瞬間、観客席から大きな歓声が上がった。
だが、オリンは微動だにしない。
彼はただ、火床の前に立ち尽くしていた。
「オリン……」
ヴェルクが、ゆっくりと口を開いた。
「お前の刃は、確かに“真実”を宿していた。俺には……それがなかった」
オリンは火床から視線を上げ、言葉を返した。
「俺は……もう、誰かに嘘をつくような鍛冶はしたくない。それだけだ」
その目に、怒りも誇りもなかった。
ただ、火と生きる者としての、静かな誓いがあった。
「弟子たちと作る刃で、俺は十分だ」
「……そうか。ならば、これ以上言うまい。あとは……任せたよ、《鍛冶の父》」
ヴェルクは笑って去っていった。
皮肉でも、敗北の弁でもない。
ただ、真に心からの敗北を認めた者の、清々しい笑みだった。
◆
その夜。
工房ハルドの面々は、宿でささやかな祝勝会を開いた。
酒を片手に、ライラは笑った。
「師匠のあの顔、忘れられないね。なんか、こう……親って感じ?」
「うん。カッコよすぎて、逆に照れた」
フェンが苦笑し、グリトは感極まって泣いていた。
「これが……これが、俺たちの工房なんだなぁ……!」
オリンは、そんな弟子たちの姿を見て、ふと目を細めた。
「……火は、まだ続いていく」
彼は一人、杯を掲げた。
「――これからも、刃を鍛え続ける」
弟子たちが、声をそろえて叫ぶ。
「はい、師匠!!」
炎は、まだ尽きてはいなかった。
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