追放S級鍛冶師、孤児たちと最強ギルドを作る
東野あさひ
第1話「雨と炉と、三つの咳」
炉の火が、暗い工房をゆっくり照らしている。
赤い炎は揺れ、まるで迷いを見抜くように瞬いた。
昨日、工房を追い出された。
――「腕は一流、心は二流」
捨て台詞のような言葉だけが、煤の匂いみたいに胸に残っている。
「……一流も二流も、火は気にしない」
小さくつぶやく。
火は黙って、ただ燃えるだけだ。
それでいい。火は嘘をつかない。
屋根を打つ雨音が、規則をつくる。
そのリズムに混じって、かすかな咳が三つ、続けて響いた。
一つ、間を置いて、もう一つ。そして最後に小さな一つ。
遠慮がちな順番の取り方だった。
「……入っていい」
返事をすると、ぎい、と扉が開く。
濡れた外套の子どもが三人、こわごわ立っていた。
年上の少年。
肩まで髪を伸ばした少女。
小柄な少年。
三人とも、痩せていて、目だけが大きい。
「ここ、あったかいね」
一番上の少年が恐る恐る言う。
追い返す言葉は、喉の奥で消えた。
薪を一つ足すと、ぱち、と火がはぜる。
「名前は?」
「フェン。刃物が好き。……あと、ごめん。勝手に入った」
「ライラ。鎧が好き。寒いと動けなくなるの」
「グリト。道具が好き。壊れたの、直すのも好き」
好きなものから言うのか。
少し妙な自己紹介だ。
けれど、変に悪くない。
むしろ、こういう順番の方が好きかもしれない。
「三人とも、家は?」
一拍の沈黙。フェンが視線を落とした。
「……ない。村、魔獣に焼かれた」
「孤児院も潰れちゃって」ライラが小さな声で続ける。
「道具がいっぱいあるとこなら、生きてけるって……」グリトが工房を見回した。
言葉が喉にひっかかる。
追い返したら、こいつらはどこに行くんだろう。
「……飯は贅沢に出せないぞ」
「肉だけで十分!」フェンが即答した。
「火があるだけであったかい」ライラが小さく笑う。
「道具、触っていい?」グリトは工具棚から目を離さない。
「触るなら、火の前では嘘をつかないこと」
三人は同時にうなずいた。
……悪くない。こういう素直さは。
そのときだった。
「鍛冶師はいるか! 武器が死んだ、助けてくれ!」
怒鳴り声が雨を裂き、扉が弾けるように開いた。
斧を担いだ女冒険者が立っていた。
刃は欠け、柄にはひび。
血と濡れた土の匂いが、湿った空気に混じる。
「牙猪(ファングボア)の群れが出た! 止めで刃が折れた。替えがない。頼む!」
「見せろ」
刃を受け取り、目を細める。
見極眼が欠けの原因を線で浮かび上がらせる。
素材の偏り。焼き戻し不足。応力が溜まっていた角。
「斧はもうダメだ。槍に換える」
「槍なんてない」
「作る。十七分」
女の眉がぴくりと動く。「十七分で?」
「間に合う。――ライラ、作業台を安定。フェン、割り鋼を均一に。グリト、柄は節のない樫を」
三人は一瞬だけ顔を見合わせ、素早く散った。
――慣れてるな。
危ない場面で体が先に動くタイプ。
……ここで何度も、生き延びてきたんだろう。
霊炭をくべる。
赤の下に橙、橙の下に黄。温度の層を積む。
短い刻印を二つ。〈軽量〉と〈衝穿〉。
代償は“連続使用で肩が重くなる”。
一突き勝負なら十分だ。
「これ!」
グリトが樫を抱えてきた。
節のない、見事な選び方。
フェンが鋼を均し、ライラが台を押さえる。
小さな息遣いと火の音だけが重なる。
ふと、黒髪の研磨師が隣に立っていた。
「サーシャ・ベイル。雨宿りに来たら、面白そうなことしてるわね」
「最終研磨を頼む。面取りと刃返り止め」
「任せなさい」
金属が鳴る。火が低く唸る。
芯だけ急冷、外皮はじわり。偏温制御は、静かに確実に効かせる。
「柄、装着」
グリトが楔を打つ。小さい手なのに音がいい。
サーシャが鏡面の手前で砥ぎを止める。
最後に〈軽量〉の代償を刻む。
「十六分二十秒。ほんとにやったわね」サーシャが口角を上げた。
槍を女に渡す。
「刺して、抜け。二突き目は慎重に」
「任せて」
雨音が遠ざかる。
一突き。重さが消え、骨の抵抗が裂ける。
「抜け!」
刃が抜け、女の肩が跳ねた。
代償が働いた証拠だ。
群れがひるむ。二突き目を我慢するあたり、頭のいい冒険者だ。
仲間が合流し、残りを追い散らす。
戻ってきた女は泥まみれで笑っていた。
「助かった! 礼をさせて」
「普通の代金でいい。少し多めにな」
サーシャが肩をすくめる。「欲はあるのね」
「工房を続ける欲はな」
火のそばで、フェンがぽつりと言う。
「……俺たち、ここにいていい?」
ライラとグリトも、火を見つめたまま待っている。
焚き口を閉める。暗さが一段深まり、火の輪郭がくっきり浮かぶ。
「条件がある」
三人が一斉に息をのむ。
「火の前では嘘をつかない。大人も子どもも」
「できる!」フェンが食い気味に言い、耳まで赤くなる。
「もう一つ。好きなものは、最初に言う」
「得意」グリトが胸を張る。「道具が好き。ぜんぶ直す」
「なら、決まりだ」
三人の顔が、少しだけ和らぐ。
火の赤に照らされているせいだけじゃない。
俺の胸の奥も、わずかに温かくなっていた。
「ようこそ。俺の工房へ」
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