第9話 主役(1)
月曜日。
「あー、行きたくない……」
〈昨日の勢いは、どこに置いてきたんだ〉
重いカバンに、重い足。
体が学校に行くのを拒否してる……。
あぁ、行きたくない。
〈行かなきゃ何もできないだろ。ほら、さっさと歩く〉
「痛い! かわいいけど痛いよ、チェリーちゃん!」
重たい足に、チェリーちゃんの豪快なネコパンチが炸裂!
ううう、がんばらなきゃ……。
「今日から文化祭特別週間だ。みんなで心を一つにして、良い劇を作ろう」
担任の先生が、そう言った。
心を一つに……か。
わたしは、このクラスで劇ができるのかな。
それが本当に心配になってくる。
「よし、じゃあ準備だ!」
文化祭特別習慣は、授業時間と部活を削って、文化祭のために時間を使うんだ。
だから、今日も一時間目から劇の練習だ。
先生は、ものすごくやる気だ。
主役をやりたくないって、相談してみようかな。
でも、先生は生徒会の顧問だから忙しそうだし……。
迷惑になっちゃうかもしれない。
はぁ、気が乗らない……。
わたしは、カバンから台本を取り出してため息を吐いた。
と、そのとき。
「有栖」
「け、圭斗くん」
目の前に、委員長が立っていた。
他のみんなは、それぞれ作業を始めている。
その中で、圭斗くんがわたしに話しかけてきたんだ。
「主役は、奏にやってもらうことにした」
「え?」
「だから、有栖は好きな係に入っていいよ」
「うんうん、そうしなよ」
圭斗くんの後ろから顔を出したのは、美紅ちゃんだ。
美紅ちゃんは、劇で『三月ウサギ』の役をやる。
だから、その台本で顔を隠しながら話しかけてきた。
たまに、目だけちらっと見えた。
「有栖ちゃんは、どの係をやりたい? 遠慮しなくていいよ」
……はぁ?
前は、『他の係はもうできない』って言ってたのに。
今度は、『好きな係をやっていいよ』って言うんだ。
なんて身勝手なんだろう。
二人は、わたしの気持ちなんてどっちでもいいんだろうな。
「あの、」
言いたい。
自分の気持ちを言いたい。
今までは『これを言ったら傷つくかも』って考えすぎちゃって、自分の気持ちを言えなかった。
でも、今日は違う。
あの『夢サーカス』の舞台に立って、わたしは少しだけ自信がついたんだ。
だから、言えるはず。
「わたしは……」
「おいおい、二人とも。それはないだろ」
わたしが口を開いたのと、ある声が入ってきたのが同時だった。
ハッと見れば、二人の後ろからひょこっと先生が顔を出していたんだ。
「奏から聞いたぞ。有栖に主役をやらせてるんだってな」
先生の隣には、奏ちゃんがいた。
わたしの方を見てにこっと笑い、小さくピースをしてくれた。
か、奏ちゃん……!
先生に言ってくれたんだ!
「ただ、私も忙しいのを理由に、劇にまったく関われていなかったからな。すまなかった」
先生がぺこっと謝ってくれた。
うわ、先生がわたしに!?
なんだかくすぐったい気持ちだ。
でも。
「い、いや、わたしにも悪かったところはあるから……」
主役をやりたくないって言えなかったこと。
係決めのときに、手を挙げることができなかったこと。
だから、二人が全部悪いってことはないと思うんだ。
「ありがとうな、有栖。で、この状況を他のみんなは見てたんだよな」
先生が、クラスに目を向け始めた。
すると、クラスメイトたちは一気に目を逸らし始める。
分かるよ、クラスの意見に逆らえないこと。
逆らったら、変な目で見られちゃうもん。その目が、すごく怖いんだよね。
それを思っているのはきっと、わたしだけじゃないんだ。
「みんなは好きな係をやって、有栖はだれかに決められた役をやる。これって、不公平じゃないのか?」
シーン。
クラスが静まり返る。
だれもが、下を向いていた。
もちろん、わたしも。
「心を一つにして行う劇について、もう一回考えてみようか。ほら、みんな座って」
先生は、教壇に向かって歩いていく。
圭斗くんと美紅ちゃんは、わたしに向かって申し訳なさそうな顔をしながら、自分の席に戻っていく。
他のみんなも、奏ちゃんも。
たくさんの背中を見ているうちに、わたしはふと思った。
──みんなに、わたしを見てもらいたい。
教室の隅で、いつも一人でいたわたし。
自分の気持ちを言えなくて、ずっと黙っていたわたし。
変わりたくても、変わるための勇気がなかった。
でも、今は違う。
ラピスさんたちに背中を押してもらったから。
だから、やってみたい!
「主役、やります!」
気付けば、自分の口から言葉が飛び出していた。
先生もみんなも、びっくりしてわたしを見ている。
「無理するな、有栖。やりたくないことを無理してやるのは、よくない」
「そうだよ、有栖ちゃん」
奏ちゃんも、心配そうにわたしを見た。
ごめんね、奏ちゃん。せっかく先生に言ってくれたのに。
わたしは、主役をやってみたくなったんだ!
「な、名前が同じだからって押し付けられたのは、すごくいやだった。なんでって思った。でも、これをやったら変われるかな?」
顔を上げて、まっすぐ前を見る。
自分の言いたいこと。自分の気持ち。
それを言葉にするのは、こんなにも勇気が必要なんだね。
「わたしは、主役をやりたい。主役をやって、もっとみんなとお話ししたい!」
今回のことが起きたのは、きっとわたしがみんなと話せていなかったから。
もっと話せていたら、こんなことにはならなかったんじゃないかって。
だから、もっとみんなと仲良くなりたいって思ったんだ。
教室の隅じゃなくて、教室の真ん中で。
「ごめんね、有栖」
「有栖ちゃん、ごめんなさい」
わたしが勢いよく言ったあと、圭斗くんと美紅ちゃんが立ち上がった。
そして、わたしに近づいてきてぺこっと頭を下げる。
「ごめんなさい」
「え、いや、わたしの方こそ……」
「有栖。わたしたちもごめんね」
見れば、クラス全員がわたしのまわりに集まっていた。
ごめんね。ごめんなさい。
口々にそう言ってくれる。
「あ、ありがとう」
そう言った瞬間、急に涙がドバッと溢れてきた。
う、うわ!
みんなの前で涙が!
恥ずかしくて、慌てて制服の袖で拭う。
止めたいのに、止まらない。
気持ちを言えてほっとしたのか、涙はどんどん流れてくる。
「有栖ちゃん、泣きすぎ」
「ほら、これ使って」
肩をポンポンと撫でてくれる人、ハンカチを貸してくれる人。
あぁ、このクラスってこんなにも、あたたかだったんだね。
知らなかったなぁ。
知れてよかった。
「よし、じゃあ劇をがんばろう!」
「おー!」
「有栖、衣装合わせしよう! すごくかわいくできたんだよ!」
「トランプ兵たちもがんばったんだぞ!」
クラスがワイワイし始める。
わたしは、借りたハンカチで涙を拭いて「うん!」と頷いた。
みんなで、心を一つにした劇を作りたい。
そして、仲良くなりたい!
「……ねぇ、有栖ちゃん」
クラスの輪に入っていこうとすると、美紅ちゃんに呼び止められた。
隣には、圭斗くんもいる。
「この前、変な夢みたの。有栖ちゃんみたいな人が、サーカスをしてる夢」
「俺も見た。有栖みたいな人の話を聞いて、俺たちが有栖を傷つけたかもって思ったんだ。ごめんな」
「ごめんね」
「うん」
わたしは、二人に向かって笑った。
久しぶりに、大きな笑顔を作ることができた。
「不思議な夢だね。それ、教えて」
「もちろん!」
「劇の練習しながらだけどな」
よかった。
こんな風に話せるようになってよかった。
これもあれも、『夢サーカス』のおかげ。
あそこでラピスさんと出会えていなかったら、わたしはきっと壊れてたかもしれないから。
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