第8話 勇気
わあぁ!
曲を終えると、お客さんたちが盛大に拍手をしてくれた。
圭斗くんと美紅ちゃんも、わたしだとは知らずに大拍手。
な、なんとか成功した!
〈ほら、戻れ〉
チェリーちゃんの言葉の通り、キャンディを舐めて体をもとに戻す。
そして、すっとお辞儀をした。
ピアノの発表会みたいに。
「ありがとうございました!」
顔を上げれば、お客さんたちが盛り上がっているのが見える。
よかった。
ほっと一息ついたとき。
パッ。
舞台を華やかに照らしていたスポットライトが、一気に消えた。
そのあとすぐに、わたしにだけスポットライトが当たる。
あ、そうだ。
閉幕の言葉を言うんだった。
それを思い出したとたん、また心臓はバクバク!
また失敗したらどうしよう……!
すると。
〈ほら、マイク〉
チェリーちゃんが、マイクをくわえて持ってきてくれた。
白いマイクに、ネコらしいもふもふとした黒い体。
わたしは、マイクと一緒にチェリーちゃんを抱き上げた。
〈お、おい。私ではなくマイクを……〉
「一緒にいて。おねがい」
チェリーちゃんと一緒なら、きっと大丈夫。
そう思って抱きしめると、チェリーちゃんは〈しかたないな〉と腕の中におさまってくれた。
ありがとう、チェリーちゃん。
わたしは、マイクを握って口を開いた。
今、わたしが一番伝えたいこと。
それを伝える場所を、用意してもらった。
伝えたい相手も、ちゃんと目の前にいる。
わたしのための舞台を作ってくれた、ラピスさんに感謝を込めて。
「わたしは、人前に出ることが苦手です。自分の気持ちを伝えることも苦手です」
でも。
ここに来て、新しい世界を見つけた。
ずっといたいって思うくらい、優しくてあたたかい場所だった。
ここなら、主役をやってもいい。
そんなことを思えるようになったんだ。
「主役は輝いていて、キラキラしている存在です。そんな主役は、押し付けて決めるものじゃない。主役だって、だれかに支えられなきゃできないんです。だから、わたしはここでしか主役をやりません。団長もみんなも、わたしを支えてくれて、助けてくれたから」
だからね、美紅ちゃん。そして、圭斗くん。
わたしは、主役をやりたくないんだ。
主役は、やりたい人がやるのが一番。
確かに、この『夢サーカス』でも主役をやってと言われた。
本当にいやだった。
でも、『向こう』で押し付けられたときとは違ったんだ。
『有栖。主役、やってみたら?』
劇の主人公と同じ名前だから。
そんな理由ですすめられた、主役。
それが意味が分からなかったんだ。
なんで、その理由だけで主役を決めるのって。
ただ、『夢サーカス』は違う。
『アリスならできるよ』
わたしのことを見てくれていた。
わたしを『有栖』として見てくれて、応援してくれた。
それが嬉しかったんだ。
「もしかしたら、物語の主役は望んで立っていないのかもしれない。主役は、だれもがやりたい存在じゃないかもしれない。見方を変えるだけで、世界は広がります。それを、頭の片隅に入れておいてくださったら、嬉しいです」
これで、おしまい。
圭斗くんと美紅ちゃんは、下を向いていた。
何か思ってくれたかな。
これで何も変わってくれていたら嬉しいな。
「『夢サーカス』へご来場いただき、ありがとうございました!」
大きな声で、閉幕のあいさつをする。
勢いよく頭を下げると、わたしの上からたくさんの拍手が降ってきた。
〈よくやった、アリス〉
チェリーちゃんが、わたしのほっぺをペロっと舐めてくれた。
よかった、ちゃんとできた。
顔を上げれば、真っ赤なカーテンがスルスルと閉じていくところだった。
最後、目線を感じて客席を見る。
「……あ」
そこには、ライオンとトラの被り物の人。
圭斗くんと美紅ちゃんが、わたしの方を見ていた。
バレたかもしれない。
でも、大丈夫。
ラピスさんが大丈夫だって言ってくれたんだもん。
大丈夫だよね。
*
幕が全部下がり切った。
舞台が客席から見えなくなったことを確認して、わたしは舞台袖へ猛ダッシュ!
あぁ、緊張した!
大きな舞台は苦手だから、早くここから逃げたい!
勢いよく舞台袖に駆け込む。
すると、ぽすん!
「うわ!」
だれかに当たった。
「ご、ごめんなさい!」
「慌てんぼうさんだね」
慌てて顔を上げると、そこにはラピスさんが。
うわ、ラピスさんに突進しちゃったの!?
恥ずかしくて、顔がぼっと熱くなった。
「よかったよ、アリス」
ラピスさんは、にこっと笑ってくれた。
「主役、ちゃんとできたね」
「でも、キャンディを舐めるの失敗しちゃったし、すごく緊張しちゃったし……」
「そんなすぐに何でもできる人なんていないよ。僕だって、何回も失敗しながら、サーカスを続けてきたんだから」
え、ラピスさんが失敗?
そんなの考えられないよ。
だって、ラピスさんはいつもスマートに何でも熟すもん。
「アリスちゃん! すごくよかったよー!」
ラピスさんの話していると、隣からドンッと抱きつかれた。
え、え、だれ!?
「ちょっと、ミオ。もう少し静かにおいで」
聞いたことのあるセリフ。
あ、ミオさんだ!
見てみると、クジャクの仮面の下が、満面の笑みだ。
ミオさんは、わたしをぎゅっと抱きしめて言った。
「かわいかったよ! お疲れさま!」
「うんうん。よかったな」
「よくできてたわよ!」
他の団員さんたちも、たくさん近くにきてくれた。
そして、いっぱい「よかった」と言ってもらえた。
う、嬉しい……!
こんなにがんばったのは久しぶりだから、すごく嬉しい!
「どう? 向こうの『主役』もできそう?」
ミオさんたちとワイワイおしゃべりをしていると、ラピスさんがふと言った。
優しい笑顔で、でもどこか真剣な顔。
わたしのことを考えてくれてるんだって思うと、胸がぽわっとあたたかくなる。
「ま、まだ分かんないです。でも、自分の気持ちだけでも伝えたいです」
「よし、その勢いだよ」
ラピスさんは、わたしの頭にポンッと手を置いた。
「あの二人は、『昨日の夢の世界』から連れてきたんだ。だから、アリスが帰ったときには、『夢サーカス』を見たあとだよ」
「じゃあ、わたしの舞台を見たあとってことですか?」
「そうなるね。だから、行っておいで」
そう言って微笑んだラピスさんは、すごくかっこよかった。
その後ろでにこやかに頷いてくれている団員さんたちも、優しい笑顔でわたしを見てくれていたんだ。
「あれだけの舞台ができたんだ。アリスはもっと自信を持っていいんだよ。僕はここで待ってるから、がんばって行ってらっしゃい」
「……はい!」
ここで、わたしは背中を押してもらった。
叶えたい願いであり『夢』のために、手助けをしてもらった。
だから、わたしは胸を張って行きたい。
自分の気持ちを、みんなに伝えてきたい。
「行ってきます!」
わたしは、仮面に手を伸ばした。
そして、ゆっくりと外していく。
仮面を外す最後に見えたのは、ラピスさんの安心する笑顔だった。
パッ。
気が付くと、目の前には光が溢れていた。
「眩しい!」
うっすらと目を開けると、そこは市立図書館の裏側。
腕時計は、まだお昼前。
あれだけ長く向こうにいたのに、やっぱりこっちでは五分くらいしか経ってない。
本当に不思議。
〈アリス〉
腕で抱えたままだったチェリーちゃん。
黒いネコは、にゃおんと声を上げる。
〈お前ならできる。がんばれ〉
「うん! がんばる!」
明後日は、学校に行く日。
だから、まだ時間はある。
自分の言いたいことを、少しまとめてみようかな。
絶対に伝えたいことを見落とさないように。
「がんばるぞ!」
右手で拳を作って、空高く掲げる。
空は、柔らかな水色だった。
まるで、ラピスさんの優しさみたいに。
わたしは、仮面をポケットに入れると、家まで走って帰ったのだった。
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