第4話 曲芸(1)
ぽつんと取り残された、わたしとチェリーちゃん。
それと、グランドピアノ。
ど、どうしよう!
何をしたらいいの!?
〈んで、お前はどんなことをしようと思ってたんだ?〉
「はいぃ! あ、えっと、その……!」
色々なことが急に起こりすぎて、頭の中はパニック!
あれ、わたしは何を考えていたんだっけ?
それも忘れちゃったよー!
〈……ふん。まぁ、これでも食べて落ち着け〉
チェリーちゃんが、キャンディを出してきた。
ピンクと紫のストライブのキャンディ。ロリポップみたい。
え、ていうか、ネコってポケットあるの?
〈変なこと考えるな。早く食べろ〉
「あ、はい」
包み紙を開いて、中のキャンディを口に放り込む。
ピーチ味のような、グレープ味のような、不思議な味。
でも、おいしい。
こっちに来て、初めて何か食べたかも。
と、そのとき!
「え!?」
ぐらっと視界が揺れた。
気持ち悪い。
キャンディを吐き出そうとしたけど、キャンディはシュワッと口の中で消えちゃった。
〈会ってまだ間もない者からもらったものを食べちゃいけないって、習っていないのか?〉
そう言って、チェリーちゃんは笑った。
ニィ。
不自然なほどに大きな歯が並んだ口。
それが、三日月みたいにゆがんだ。
これ、見たことある。
あの『チェシャ猫』の笑い方だ……。
次の瞬間、わたしの目の前は真っ暗になった。
〈……おい、まだ寝てんのか? のんきなやつだな〉
なんか、失礼な声がする。
しかも、耳元でかなり大きな声。
だれ? こんな耳元で話す人は?
そこで気付いた。
あれ、わたし寝てる?
重たいまぶたを上げる。
目を開けると、前にはあのテントの天井と大きなネコ──。
……大きなネコ?
「うわぁ!」
そのネコがチェリーちゃんだと分かった瞬間、わたしは飛び上がった。
慌てて起き上がって、お尻を床に付けたまま後ずさりする。
手汗がすごい。
「チェ、チェリーちゃんが大きくなってる!?」
そう!
チェリーちゃんが大きくなっていたのだ!
あの赤い瞳は、わたしの顔と同じくらい大きい。
え、なんで!?
〈あのキャンディを食べると、体が小さくなるんだ。どうだ、おもしろいだろう?〉
「お、おもしろいも何も! びっくりするよ!」
すると、チェリーちゃんは口を開けた。
グパァ……。
「ひい!」
た、食べられる!
逃げようとしたけど、小さな体だとまったく前に進まない!
いやだ! 食べられちゃう!
がんばって逃げたけど、それはむなしく。
あっという間にチェリーちゃんの口が、わたしの後ろに迫ってきた。
そして、大きな口が上から降ってきた。
あぁ、終わった……。
〈ほれ〉
ガブッと食べられると思って、目を閉じる。
しかし。
チェリーちゃんがくわえたのは、わたしの襟だった。
「え?」
〈だれがお前なんて食べるんだ。まずそうじゃないか〉
「し、失礼!」
チェリーちゃんはわたしをくわえると、ひょいっと後ろへ投げた。
ひ、ひえぇ!
落ちる!
〈落ちねぇよ〉
ぽすん。
落ちたのは、柔らかくてフサフサとしたところ。
真っ黒な絨毯だった。
「こ、ここって?」
〈私の背中の上だ。まったく、なんでこの私がお前の手伝いなんか……〉
ブツブツ文句を言っているチェリーちゃん。
うぅ、ごめんね。
わたしだって、なんでこうなっているのか分からないんだよ……。
〈ま、ここに来たからには別の世界を楽しみな〉
「うわ!」
チェリーちゃんが言ったのと同時に、ぐいっと体が後ろに引っ張られた。
吹き飛ばされそうになって、慌ててチェリーちゃんの毛を掴む。
〈ほら、見てみな〉
言われた通り、おそるおそる顔を上げてみる。
そこは。
「す、すごい」
テントの中を、チェリーちゃんは走っていた。
ステージ、客席、空中ブランコの台。
大きな器具の上だって、すいすいと登っていたんだ。
〈どうだ。『アリス』っぽいことしてるだろ〉
「う、うん。自分が小さくなるのって、なんか不思議な感じ」
不思議。
自分が小さくなった世界は、どれもこれも大きくて、違和感ばかり。
きっと、幼稚園の子たちは、世界がこんな風に見えているんだろうな。
〈あと一周する。その間に、自分が何をするのか思い出せ〉
「あ、あと一周で!? 無理だよ!」
〈無理ばっか言うな。やれ〉
「ひどい!」
〈あー、うるさい〉
チェリーちゃんは、ぐんっとスピードアップした。
うわぁ、ぶつかる!
こんなに激しかったら、思い出すものも思い出せないよ!
チェリーちゃんがようやく止まってくれたのは、それから五分後。
わたしの息は、ずっとハァハァハァ。
床に崩れ落ちて、息を整える。
「あー、気持ち悪いぃ」
〈どうだ、思い出せたか?〉
「まったく!」
思い出せるわけないよ!
でも、ちょっとは思い出した。
だから、それと思いついたやつを組み合わせてみようかな。
「ねぇ。わたしをピアノの上まで運んで欲しい」
〈しかたないな〉
再びわたしを背中に乗せたチェリーちゃんは、ピアノに向かってジャンプ!
たった一蹴りで、ピアノの上に着地した。
すごい!
〈これでいいか?〉
「ありがとう!」
わたしは、鍵盤の縁に立った。
目の前には、白と黒の原っぱ。
小さくならないと見られない、レアな光景だ。
「すごく罪悪感あるけど、ここは『夢サーカス』だもんね」
自分に言い聞かせてから、わたしは足を伸ばした。
そして、一つの鍵盤の上に立つ。
ポン。
そしたら、次の鍵盤にポン! 次もポン!
足でピアノを弾いていく。
ちょっと疲れるけど、これはなかなか楽しい。
〈それで、私はどうするんだ?〉
チェリーちゃんは、譜面台に座って大あくび。
眠そうだね。
わたしも、自分のベッドで寝たいな。
「チェリーちゃんもこっち来て」
わたしが手招きすると、「しかたない」ともで言うようにチェリーちゃんはやってきた。
チェリーちゃんが華麗に降り立つと、ピアノはポロンと音を奏でる。
よし! いける!
「一緒にピアノを弾こうよ!」
〈……弾いたことないが?〉
「いいの、適当で! わたしが合わせるから」
今は、合唱の伴奏じゃない。
ピアノの発表会じゃない。
正式に弾かなくちゃならない場面じゃないなら、楽しく弾ければそれでいいの。
ポン ポロロン
チェリーちゃんが、高い音を奏でた。
それに合わせて、わたしはちょっと低めの音を出す。
ポーン。
どうせなら、二音で弾きたいな。
二音で弾くなら、両足を広げて……。
「痛い!」
だめだ、体が小さすぎる。
足を広げても、鍵盤を一つ越えたところまで届かなかった。
う、悔しい。
ドだけじゃなくてミも出せたら、キレイに弾けるのに。
〈……これを食べろ〉
そんなこんなで困っていると、チェリーちゃんが近づいてきた。
手には、さっきと同じようなキャンディ。
今度は、黄色と水色のロリポップ。手に待つ棒も付いていた。
「……変なものじゃない?」
〈はは、さっきのが活きてるな。これは『逆戻りのキャンディ』だ。舐めたら、今度は体が大きくなる〉
「全部舐めると?」
〈三メートルくらいになるんじゃないか?〉
そ、それはまずい!
三メートルになったら、ピアノが壊れちゃうよ!
〈だから、調節するんだ。少しずつ舐めて、ちょうどいい大きさになったらやめるんだ〉
な、なるほど。
それなら大丈夫そうだね。
透明な包み紙を開けて、キャンディを舐める。
今度は、パイナップル味とソーダ味だ。
けっこうおいしい。
すると。
「わ、大きくなった」
さっきより少し大きくなった。
でも、まだ鍵盤には届かない。
少しずつ舐めて、大きさを調整していく。
これがけっこう難しいんだ。
「これくらいかなぁ」
ちゃんと届く大きさになったところで、舐めるのをやめた。
大きさは、まだチェリーちゃんより小さい。でも、足を広げたら、ドからミまでちゃんと届く!
〈おぉ、音が増えたな〉
でしょ!?
やっぱり、単音だと寂しいからね。
〈これをずっとやり続けるのか?〉
「ううん。違う」
わたしが考えているシナリオは、次の通り。
①普通の大きさで、普通にピアノを弾く。チェリーちゃんは、ピアノの上で寝たフリ。
②起き上がったチェリーちゃんが、わたしにキャンディを渡す。それを舐めて、体を小さくする。
③そして、二人で連弾する。
「どう?」
〈いいんじゃないか、アリスにしては〉
「アリスにしてはって何よ」
失礼しちゃうよ、ほんと。
すると、チェリーちゃんがわたしに近づいてきた。
わたしのことをじっと見つめると、舌でほっぺをペロッ!
え、急にどうしたの?
〈気に入った。やってやる〉
「本当?」
〈ただし、逃げ出したらやらないからな〉
「う……」
すごい条件を付けられちゃった。
まだ逃げ出したいけど。
ここまで来ちゃったら、もう戻れないのかな。
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