第10話 ゼリガの勘違い

クスマとふゆこは宿屋に戻った。先ほどの従兄姉による張り詰めた空気は、滑稽なミカン風呂の一件ですっかり雲散霧消していた。ふゆこは笑いを堪えながら、崇拝と同情が入り混じった眼差しで「師匠」におやすみの挨拶を告げると、二人はそれぞれの部屋へと向かった。


誰もいない宿屋の廊下を歩きながら、クスマの心境は少し複雑だった。一方で、彼はふゆこを無事に慰め、「師匠」としての地位を確立したことに、わずかながら「師たる者」の達成感を感じていた。その一方で、空から降ってきて顔面で緊急停止した、あの勇姿を思い出すと、彼の頬は思わず微かに熱くなった。


クスマが物思いに耽っていると、清掃員のおばさんの愚痴が、廊下の角から幽かのように聞こえてきた。


「またバナナの皮だよ!あの若様が出て行ってくれて良かったよ。前は二階下の花棚を掃除するたびに、いっつもバナナの皮が山ほど出てきたんだから。ちゃんとゴミ箱に捨てられないのかねぇ」


(バナナの皮?)


クスマの足がぴたりと止まった。彼の脳裏に稲妻が走り、全ての糸が瞬時に繋がった——花棚、二階、バナナの皮!彼は一瞬で理解した。


あの驚天動地の大転倒は、単なる事故ではなく、あのドラ息子が食べ終えた後、窓から無造作に投げ捨てた「罠」を、正確に踏み抜いてしまったのだと。


クスマの顔色は、青くなったり白くなったりし、最終的には青ざめた。彼は自分の知能と尊厳が、あの小さなバナナの皮一本に、無残にも踏みつけられたように感じた。


─ (•ө•) ─


クスマは憤然とドアを押し開け、ベッドに身を投げ出して、その衝撃で満腔の怒りと羞恥を発散させようとした。


しかし、部屋の光景に、彼はその場で戸口に凍り付いた。


本来なら誰もいないはずの部屋に、ゼリガがふてぶてしく足を組み、彼のベッドに腰掛け、さらには「全部見てたぞ」と言わんばかりの神秘的な表情を浮かべていたのだ。


宿屋の静かな雰囲気は、瞬時にどこか不気味なものへと変わった。


クスマがゼリガになぜ勝手に部屋に入っているのかと問い質す前に、ゼリガは指で窓の外の花棚を指し、感心と不可解が入り混じった口調で、先に口を開いた。


「坊主、大したもんだな」ゼリガの口調には、意外にもいくらかの称賛が含まれていた。「お前さんが正直すぎて、王都で損をするんじゃないかと心配してたんだがな。まさかまさか、お前の忍術が、これほどまでに深遠な境地に達していたとはな」


クスマ:「???」


ゼリガはクスマのその呆然とした表情を見て、一人で笑い出し、分析を続けた。


「自分を正確にミカンの箱の中に落とし、ミカンの匂いと衝撃力で自分の気配と殺意を覆い隠すとは、見事な隠れ蓑だ。創意工夫に富んでるじゃないか!」


彼はそう言うと、最後に「ぷっ」と吹き出し、肩を震わせて、明らかに笑いを堪えていた。


─ (•ө•) ─


クスマが、あれは本当に、本当にただの悲惨な事故なのだと説明する前に、ゼリガはまるで新大陸でも発見したかのように、続けて言った。


「しかも、王都に来た初日で、あんなに一途な女の子をもう手下にしてるじゃないか。お前の親父は手紙で、お前が『ろくでなし』だって愚痴ってたが、俺から見れば、お前さん、とんでもなく有望じゃないか!」


そう言うと、ゼリガはさらにクスマに親指を立ててみせた。


彼はそこで話を変え、その遊び人めいた戯れの表情が少し収まり、どこか深遠なものになった。


「だがな」ゼリガは声を潜めた。「お前のあの弟子、ただ者じゃないぞ。あの子は星の山脈の、あの由緒正しくて厄介な一族の出身だ。まあ、爪弾きにされてるらしいが……」


ゼリガはクスマの肩を叩き、身を乗り出して、まるでとんでもない秘密でも共有するかのような口調で言った。


「よく聞け。ああいう心に愛が欠けてて、承認欲求が極度に強い女の子を相手にするのに、格好つけるだけじゃ駄目だ。お前は……」


彼はクスマの耳元に顔を寄せ、生涯の奥義でも伝授するかのような、極めて真剣な口調で、一言一言区切って言った。


「……甘いものを、たっぷり食わせろ!それも、とびきり甘いやつだ!」


クスマは完全に固まった。彼の脳は、目の前で「デザート攻略法」を伝授しているこのオッサンと、先ほどまでふゆこの「古い家族」の背景を分析し、彼女の素性が簡単ではないと注意していたオッサンとを、全く結びつけることができなかった。


ゼリガはクスマのその呆然とした様子を見て、得意げに胸を張り、まるで人の心を見透かす感情のマスターであるかのように言った。


「覚えとけ。人の心を買収する一番手っ取り早い方法はな、まずその胃袋を買収することだ!お前の親父がくれた小遣い、大事に、ここぞという時に使えよ!」


言い終わると、ゼリガはベッドからひらりと飛び降り、戸口へと向かった。ドアを閉める前、彼は振り返ることも忘れず、クスマに「孺子(じゅし)は教うべし」といった称賛の眼差しを投げかけた。


部屋には、頭の中が疑問符で一杯のクスマと、あの「甘いものを食わせろ!」という魔性のエコーだけが残された……

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