1-15:こちらは異世界放送局です

 エルズイム王国、王都ガリア3番街。

 4番街に隣接する区画は住宅街のように落ち着いた雰囲気となる。


 そんな住宅街の外れにその屋敷がある。

 大きくはないが、2階建てで綺麗な家だ。

 地下に酒蔵用に作られた部屋があるらしい。


 ここが俺の新たな拠点となる。

 こんな大層なものを用意したのは当然ギリオンだ。


『貴様。よもや我がギルドも巻き込んだ重要な放送を黒猫の廃墟や魔人族の小娘のボロ小屋でやるつもりか?』


『えーと……』


『ラジオ放送をするならば話者の声以外の音が聞こえぬよう防音設備がある場所でやるべきだろう』


 完璧だった。


 敵対キャラが味方になると弱体化するとかではない。

 ギリオンは味方になると頼もしいほどにギリオンだった。


 話の概要を聞いただけで、ラジオブースの概念を作らないといけない発想へと至っている。


 結果として、ギリオンは仕事場として、3番街の外れの屋敷を俺に譲渡した。

 この屋敷なら地下室があり、ブースとして扱うに最適だ。


 それにしても仕事場にしてはしっかりと屋敷だが、俺やシオンが住めるように地上階は家具を揃えてある。

 そんな家具を揃えてくれたのも当然ギリオンだ。


『貴様。ラジオの話者をやるのが魔人族の小娘だということも後出しで腹立たしいが、放送する貴様らは変わらず生活するつもりか?』


『えーと……』


『ふざけるなよ……黒猫は我らが所有する店を不法占拠している犯罪者だぞ。そんな場所に居候している奴が放送していると噂されればどうする』


 ごもっともだった。


 とはいえ、不法占拠しているのはロロさんだ。俺は悪くない。

 怒りを露わにしながら家具を準備させるギリオンの手腕はギリオンだった。


 当然ではあるが、シオンの術式が魔導具を通せば機能しないかの確認は要確認だ。

 加えて、シオンがパーソナリティをすることはギリオンが許可するまで秘匿を徹底することだ。


 ともかくとして、俺とシオンはこの屋敷で暮らすことになった。


「えっと……よ、よろしくお願いします!!」


「おう、服も似合ってるぞ、シオン」


「本当!? やった……っ!」


 シオンは緊張した様子で、屋敷での新生活を始める。

 服装もミスタさんと俺が選んだ新しい服だ。

 ふんわりとした白いシャツにハーフパンツ。

 屋外での活動も想定し、快活なイメージを与える自信あるコーデだ。


 屋外に出るときはまだフードは外せないが、それも小綺麗なもので新調している。


 それを用意したのも当然……まぁいいか。


「それよりもシオン、これから大事なことを決めないといけない」


「……お料理当番をどうするか。だね?」


「違う」


 相当自信があったのだろう、シオンはがっくりと項垂れている。

 もちろん今後、生活していくうえで家事の当番とかは大事なことだし、シェアハウスなんてものをやったことはないがトラブルが起きないようにルールを共有しておくことは大事だ。

 だが、今目下重要なのはそれではない。


「シオンは今度行われるテスト放送を成功させなければならない」


「ぅ……」


 シオンは考えないようにしていたのか、不意を突かれたように小さく呻いた。


「これで、失敗した場合どうなるか分かるか?」


「……怒られちゃう」


「違う」


 発想が可愛い。

 もちろん、怒られはするが恐らくそれよりも呆れられる。

 とはいえ、呆れられるのは主に醜態しか見せていない俺で、シオンは巻き込まれるだけだ。

 シオンにも関係がある内容で言えば。


「ここを追い出される」


「え!?」


「ここはギリオンが用意した仕事場だからな。あの人は容赦なく追い出してくる……」


「……ぅぅ、頑張らないと」


 俺たちは何としてもテスト放送を乗り越えなければならない。

 加えて、今回はスポンサーが増えたことで、試作機をいくつか揃え、関係者全員が聞くことになる。

 人数が増えれば増えるほどシオンの緊張は増加するだろう。


「ソ、ソウジが代わりにやるとか……?」


「そうしてあげたいのは山々なんだが、全く自信がない。初心者のシオンの方がまだ勝算がある」


 初めてのラジオ放送どころか人前で話すことさえ言霊魔術の所為で慣れていないであろうシオンに責任を負わすのは不本意だ。

 だが、情けない限りだが、いまだにラジオをやろうと考えると不安で身体が震えてしまう。

 完全に俺はラジオの前で話せる身体じゃなくなっているらしい。

 偉そうにラジオをやるとか言っておきながら、情けなくて嫌になる。


「シオンに負担をかけるようで申し訳ないんだが……」


「……ソウジ」


 シオンの不安そうに伏せられていた黄金の瞳がキリッと鋭くなる。


「ソウジに言われた時は私がパーソナリティなんて無理だって思ったけど、今はソウジが褒めてくれた私の声で挑戦してみたいの!

だから、謝らなくていいよ。私頑張るから! どんなことをすればいいの? 私なんでもやるから!」


「定番だと、フリートークとか……」


「無理! 無理無理!!」


「だよなぁ……」


 強く意気込んだシオンはその勢いのまま急ブレーキをかける。

 フリートークを要求するのは流石に酷だろう。


「シオン、得意なことはあるか?」


「得意なこと……?」


「素質はあるわけだし、まずは緊張せずに得意なことをやっていくのが一番だ」


「得意……得意……」


 シオンはしばらく考えて何か思いついたように顔を上げる。


「魔獣の森で採取!」


「すごい事だろうけど、ラジオに関係はないかなぁ……」


「難しいね……」


「例えばだが、シオンの好きな大英雄の詩を歌うとか」


「無理!」


「バーベリオン串食べてどんなにおいしいかを言葉巧みに伝えるとか」


「無理……」


「この際、前に酷い事言ってきた冒険者を言葉でぶった切り! みたいな」


「……」


 冗談はさておき、初ラジオでやるのに最適な方法が思いつかない。

 俺の時はチーフの無茶ぶりでフリートーク30分全力投球だった。


 シオンは少し悩んでいたが、恐る恐る手を上げる。

 あまり自信があるわけではなく頭に浮かんだことを口にするようにぽつりぽつりと答える。


「昔……ママに本読むのが上手って褒められた……」


「本……」


 朗読劇か?


 発想にはなかった。

 俺も朗読劇なんてのはやったことはないし、ただ、この世界においては朗読劇は向いているのでは?

 朗読劇であれば、シオンは本の内容を読み上げるだけでいい、その分、面白さの見え方は難しいかもしれない。

 しかし、この世界の識字率、本の普及を考え、そのうえでシオンの声質をしっかりアピールできる。


「シオン、好きな本はあるか?」


「ウォーゲルの冒険記!」


 シオンの顔が明るくなり、一択だったのだろう本の名を口にする。


「大英雄、千手の武人ウォーゲル・エルクが世界を旅しながら書いている本なの! 誰も見たこともない未知の世界を旅するの!


「……それで行こう!」」


 決め手は、シオンの中にその本に対する愛情が確かにあったことだ。

 ラジオ放送の第0回の内容はこうして決まった。


■ ◆ ■ ◆ ■


「ソウジ……き、ききき緊張してきた……」


「緊張したときは手のひらに人を書いて飲み込むんだ」


「なんでそんな酷い事!?」


 それから、朗読の猛特訓を経て、屋敷の地下室に俺とシオンは居た。

 屋敷の地下室は無機質で外界の音と完全に遮断されている。

 酒蔵用に用意された部屋は気温も含めて大きな不快感はなかった。

 手狭ではあるものの、ラジオブースとしては最善の空間である。


 とはいえ、薄暗い空間は緊張を促すようで、シオンの表情は暗い。

 緊張を解すために、「ロロ、ギリオン、ソウジ」などと名前を手のひらに書いて飲み込んでいる。

 大虐殺が起きている……


 机の上には送信機となる魔導具が置かれており、その横には白銀の聖剣が並べられている。

 いつ見てもその名に負けない神々しさを纏った一品に見える。


「こんなの、ラジオに使っていいのかな……」


 会ったこともない白銀の剣聖さんには心の中で感謝を述べておく。


「シオン、そろそろ時間だ」


「は、はい!」


 手のひらの人々を喰らう大虐殺をやめてシオンは椅子に座りなおす。


 俺は聖剣を抜いて、送信機の上に差し込む準備をする。

 ロロさんが言うには、聖剣を刺し込んだ瞬間に受信機へと声が送信されるらしい。


「ソウジ!」


「どうした?」


「本を読む前は何を言えばいい!?」


「あぁ……」


 今日は正式な放送ではないので、接続した瞬間朗読を始めようかと思っていたが、何か前置きは必要か。


 自己紹介?

 いや、ギリオンやロロを除いたスポンサーはシオンの事を知らない。

 魔人族だと気付かれるとギリオンが怒るかもしれない。


 フリートーク……は無理だな。


 じゃあ、これかな。と思ったセリフをシオンに教える。

 シオンは俺の教えた聞き馴染みのないセリフに首を傾げている。


「どういう意味?」


「こっちの世界じゃあまり意味がないかな、おまじないだと思ってくれ」


 ラジオ放送のタイトルは俺用に仮置きしたものだ。

 正直仮置きしているだけではあるし、センスも感じないがテスト放送故仕方がないだろう。


「シオン、俺も初回の放送は緊張したし、吐きそうな思いもした。そんな俺からのアドバイスだけど、落ち着くことだけに集中するんだ。

 外じゃ話せない分、ここで声を発散するつもりで行け。俺もついてる!」


「……うん!」


 シオンは力強く頷き、本を持って魔導具へと向かう。

 いつも俯いてばかりいるシオンはこの場においてはしっかりと前を向けているようだ。

 それが、彼女の環境を変えるための大きな変化だと願いたい。


 俺は聖剣を抜き取り、台座へと差し込んだ。

 台座が緑色に光る。

 魔導具が起動したことを確認し、シオンへと手で合図を出した。


 シオンは一瞬瞑目し、胸に手を当てて跳ねる鼓動をゆっくり宥める。

 この一声が俺とシオンの一歩だ。


「……マイクチェック、わんつーわんつー。こちらは異世界放送局です」


 俺たちのラジオ放送“異世界放送局”の幕が上がった。

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