第14章 人生で最高のエラウィックの日

 ウィストールとアウルは、ルパートと手をつないでヴィックスベルを歩んでいた。

 昔は集会所から帰宅する幼いティルダを連れて、こうして三人で歩いたこともあったものだ。幼いティルダの手は子どもならではの熱を持っていたが、ルパートの手はまるで冬の風をそのまま握っているかのように冷たい。


 辿り着いたのは、ダミアじいさんの家。

 ルパートは緊張しているようにすうっと大きく息を吸い、ドアを叩いた。

「ダミア! ぼくだよ! 一緒に集会所に行こう、コッカポッカを開ける約束をしただろー!」


 今年のルパートは、ニャンダフォウ・ワンダフォウのおかげで声が出る。無言でドアを叩いていたときの、目的のわからない恐ろしさはないだろう。


 家の中で物音がした。ダミアじいさんはルパートの声に気づいているはずだ。

 ダミアじいさんと仲の良いアウルが、ルパートに目線を合わせて屈み、優しい目で言った。

「きっと寝ているんだ。僕が先にダミアを起こしてくるよ。ちょっとだけ待っててね」

「そっか。せっかく楽しいエラウィックの夜に寝ちゃうなんて、仕方ないやつだなあ!」


 アウルはこちらに目配せすると、預かっている合鍵を使って先に入って行った。

「やあこんばんは、ダミア!」


 アウルの元気な挨拶だけは聞こえたが、その後の会話は聞こえない。だが今頃、ダミアじいさんを怖がらせないよう、事情を説明しているだろう。その間ルパートは、ずっとコッカポッカをじいっと見つめてそわそわしていた。


 程なくして、アウルが出てきた。

「起こしてきたよ。君に会いたいって」

「やったあ、ありがとう!」


 アウルはドアに手をかけながら、もう一度こちらを見つめた。二千年余りも共に暮らしてきたのだ、考えることは同じようだった。

「――じゃあ、やるよ?」

「うん、頼むよ。きみの力なら、きっとうまくいく」

 アウルは頷き、ドアを開くと同時に鳥が羽ばたくようにしなやかに腕を広げた。アウルを中心として、眩しく輝く金の陽射し色の空間が広がってゆく。


「わああっ……」

 ルパートは、金色に輝くドアの向こうへと飛び込んでいった。



❧ ❧ ❧ 



 今日は、エラウィックの日。

 おとなたちがぼくを見ても怒らない日。だって、今日だけはぼくは顔を隠すことができるから。


 今日は友だちもつくれる日。いつもは話してくれない子たちでも、カボチャを被れば仲間に入れてくれるようになるんだ。


 でも、カボチャは大事なものだったみたい。コッカポッカをもらいにいったとき、おじさんに怒られちゃった。友だちもみんな逃げちゃった。


 でも、正直にあやまったらおじさんは許してくれた。

「しょうがないな。許してやるのは今日だけだぞ」

「うん……」

「まったく。楽しんでこいよ」

「……うん! ありがとうおじさん!!」


 おじさんもコッカポッカを渡してくれた。おじさんに手を振って、ぼくは友だちを追いかける。


 少し離れた道の先で、友だちがひとりで困っておろおろしてた。たぶん、僕を待っててくれたんだ。ぼくは「おーい!」と手を振る。


「良かった、ルパート」

 ダミアがへにゃっと眉毛を下げて言った。

 ダミアはぼくとおんなじ歳の、ぼくよりちょっとだけ背が大きい子。家でニンジンを作ってるからって、大きなニンジンから手足が出たようなへんてこな格好をしている。ぼくと並ぶと『オレンジ野菜コンビだ』ってみんなが笑ってた。ぼくはニンジンはきらいだったけど、ダミアの格好がおもしろかったから、ちょっとだけ好きになった。


 ダミアはなんだか今にも泣きそうな顔で、ぼくの手を握った。

「ごめんな、ルパート。逃げちゃってごめん」


 別にそんなこと気にしていないのに、ダミアの手はぶるぶる震えていた。

「ずっと僕を恨んでドアを叩いているんだと思ってた。あの時、怖くて、つい置いて行っちゃったんだ。友だちを置いて逃げたりするんじゃなかった。だから、あんなことに……。……後悔してたんだ。ごめん。本当にごめん……」


 ダミアの言っていることは、ちょっとよくわからない。父ちゃんが言うように、ぼくが『せけんしらず』だからかも。

 でも父ちゃんはそれでいいって言っていたし、そんなに悪いことじゃないはずだ。


「……よく、わからないけど……そんな顔しないでよ、ダミア。今日は一年でいちばん楽しい日じゃないか!」

「うん……」

 ダミアはもう本当に泣いちゃってた。でも、泣きながらぺちゃって笑った。


 それからぼくらは、いろんな話をしながら集会所に向かった。

 ぼくは、新しくできた友だちの話もした。大きなマントを着た人と、魔女の女の子と、面白いお話をいっぱい知ってるアウルくん。それに、大きな大きな、こわくないらいおんさん!

 ダミアもみんなを知っているみたいで、「楽しい人たちだよね」ってくすくす笑ってた。


 集会所についた。でも、不思議なことに誰もいなかった。

 月の光だけが窓から差し込んでいて、青く切り取られた部屋は、まるで別の世界に来ちゃったみたい。


「待ちきれないや。ねえ、もう開けちゃおう」

 ぼくがオーバーオールのポケットからコッカポッカを取り出すと、ダミアも笑って「そうだね」と頷いた。


 コッカポッカは二人合わせて、十八個。毎年ひとつだけ当たりがあって、紙の王冠が入っているらしい。


 開けるのは初めてだ。ダミアは「開け方には作法があるんだ」と言って、ぼくの両手をとって教えてくれた。

 まずはぼくとダミアがひとつずつコッカポッカを差し出す。手をクロスさせて、ふたつのコッカポッカの包み紙の端っこを握る。それから、合図をして、ダミアと一緒に包み紙を引っ張るんだ。


 息を弾ませて、合図をする。

「ひとつめ。せーの!」


 同時に包み紙を引っ張ると、ポンとクラッカーが弾けてお菓子が飛び出してきた。それから、小さい木の馬も。

 ぼくは初めて見るそれを手に載せて、じっと見つめた。ぼくの父ちゃんも手が器用だから、木でいろいろ作ってくれるけど、こんなにいろんな色で塗られた馬は見たことがなかった。今度、父ちゃんにトムを塗ってとお願いしようかな。


「次も開けようか」

 ダミアが次の用意をしているけれど、ちょっと待ってもらった。カボチャを被ったままじゃ、見える世界が狭い。ぼくはコッカポッカに夢中で、いつもは顔を見られるとみんな話しかけてくれなくなるということをすっかり忘れて、カボチャをとった。


 ダミアが目を丸くしてこっちを見ていた。

 何かヘンかなと思って、窓にうつったぼくを見つめる。真っ赤なほっぺたのぼくがうつっていた。窓の中のぼくは、まんまるの目でぼくを見つめ返してくる。父ちゃんに『鳥の巣』ってからかわれる短いうねうねの髪を、あわてて撫でた。

「なにかヘン?」

「ううん。すごくきみらしい顔だ」

 ダミアは、なぜだかまた泣きそうになってる。こんなに泣き虫だったなんて、ぼくの友だちは面白いやつ!


 それからダミアと、いくつもコッカポッカを開けた。お菓子と一緒に、いろんなおもちゃが出てきた。チロチロ鳴る鈴や、木の鳥や、コインのペンダント。陶器のねこや犬。おしりを押すとピョンと飛ぶカエルが特に面白くて、お気に入りになった。


 八つ目のコッカポッカを開ける。

「せーの!」

 ポンと弾けると同時に、ぼくのコッカポッカから飛び出た何かがふわっと頭上を舞った。

 ダミアがそれをキャッチして、「あ!!」と大声を出す。


 それは黄色くて薄い紙だった。ダミアが広げるとぎざぎざの形の輪っかになっている。ダミアは目をきらきらさせながら、それを僕の頭に載せてくれた。


「王冠だ! 王冠だよ、ルパート!」

「え?」

「今夜はきみが王さまだ!」

「うわあ……っ」


 どきどきして、体があつくなった。口を大きく開けながら、胸いっぱいに息を吸って叫んだ。


「やったあ、僕が王さまだ! やった、やったあ!!」


 幸せな気持ちでいっぱいだ。ぼく、勇気をだして村にきてよかったぁ――。



❧ ❧ ❧ 



 アウルが黄金の昼下がりの霊域を解いた。

 ランプの灯りのみが寂しく照らすダミアじいさんの家の中に、ルパートの姿はもうない。ついさっきまで、彼の笑い声が響いていたのに。


 椅子に座っているダミアじいさんは、しわの刻まれた頬に涙を伝わせていた。そして、静かに佇んでいるアウルを見上げる。

「……ありがとう。ありがとうね。良い夢を見せてくれてありがとう」


 アウルは二人の魂を一時的に霊域内に閉じ込め、夢を見せてやっていた。

 しかしアウルは、永遠の幸福をこそ史上とする存在だ。本当なら、二人にずっと夢を見せたまま、永遠に閉じ込めてしまいたかっただろう。僕との約束のために、その本能をぐっと堪えてくれたのだ。


 アウルは寂しげに微笑み、首を振った。

「夢だけれど、君たちの心は本物だったよ。二人で一緒にみた夢なら、幻ではないんだ。わかるだろ」

 ダミアじいさんはゆっくりと頷いた。

「心残りだったんだ。話せてよかった……」


 そう言ったきり、じいさんは余韻に浸るように目を閉じて黙ってしまった。一人にしてやった方がいいだろう。

「……行こうか」

「うん。……またね、ダミア」

 アウルを連れて、ダミアじいさんの家を出た。


 もう外はすっかり真っ暗闇が訪れている。白い息を吐きながら家路についた。

「ルパートは、もう来年は会えないよ」

と、アウルが寂しそうに言った。

「霊域を解いたとたん、彼の魂は僕の掌の上からこぼれてどこかに行っちゃった」

「それでいいんだ。アウル、きみは最高の仕事をした」


 きっと、来年以降のエラウィックには祭壇を出したところで、亡霊だって現れないだろう。彼がこの地から去ったことを裏付けるように、アウルの首もいつのまにかくっついていたから。亡霊――ガスフには怖い思いもさせられたが、今はただ彼の魂が安らかであって欲しいと願っていた。


 やがて自宅近くの通りで、ティルダとカミーユの後ろ姿を見つけた。

「やあ、二人とも〜」

 手を振ると、ティルダははっと振り向き、笑顔を見せて走り寄ってきた。そして思い切り飛びついてきたので、よろけて転けかけてしまった。


 ティルダは何も言わないまま、強い力で抱きしめてくる。こんなことはしばらくなかったので、思わずアウルと、後ろで肩を竦めているカミーユと目を見合わせた。

「……どうしたの?」

 ティルダは胸に顔を擦り付けてきながら、「んーん」と首を振った。

「なんでもないー、別にいいでしょ」


 ティルダは徐に体を離して歩き始めた。よく見るとせっかくの服は泥で汚れているし、なんだかとても疲れているようだ。泥だらけの服を見てアウルは悲しむかと思ったが、「戦士みたいでかっこいいね」とやたらと神妙な顔をした。ティルダは満更でもなさそうに「でしょ」と唇を尖らせている。


 何があったのか聞こうか聞くまいか迷っているうち、家に着いた。

 帰宅して人心地つくと、四人揃って「ハア~~」と重く息をつく。今日は長い夜だった。


 アウルはふと思いついたように手を叩き、ポケットを漁った。

「せっかくだ、今日が終わってしまう前に、僕らもエラウィックらしいことをしようよ!」

 ソファに体を投げ出していたティルダが、変な声をあげた。

「エラウィックらしいこと? もう充分すぎるほどにしたと思うけど!」


 アウルはポケットから「ジャアアアーン!」とコッカポッカを取り出した。

「これはルパートの置き土産さ。どうせ開けるなら、今日じゃないと!」

 それはごもっとも。最高の提案だった。


 三人で居間の真ん中に立ち、一人だけ我関せずという顔をしていたカミーユを引っ掴んで輪に入れる。

「はあっ? なんで俺も」 

 困惑するカミーユに、アウルが「いいからいいから」とコッカポッカを握らせる。


 ひとつずつコッカポッカが行き渡ったので、四人で開けるために円陣を組む。本来二人組で開けるものだから、四人同時に開けようとすると、腕をごちゃごちゃにクロスさせねばならなかった。その時点でアウルとティルダは、おかしくて仕方がないと言うように笑っていた。


「じゃあ、いくよ?」

 合図をすると、アウルとティルダは笑いを堪えて頬を膨らませながら頷いた。


「せーのっ!!」


 包み紙を引くと同時に、クラッカーの弾ける軽快な音が四つ重なって響く。


 その瞬間のみんなの驚きと期待に満ちた笑顔を、一秒たりとも見逃さない。

 我が家を震わす歓声を、一秒でも聞き逃さない。


 ずっと覚えておきたかったから。


 長い生涯の中でもとびきり輝く、星のような宝物だと思ったから。





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