第13章 ティルダとカミーユの奮闘

「……コンテストの結果を見るんじゃないの?」

 つい意地悪く聞いたわたしに、カミーユは「はっ」と得意げに笑う。

「見なくたって俺が優勝に決まってる。最高傑作に仕上がったからな」

「定時は?」

「とっくに過ぎてる、ここからは残業代を申請するからな」

 そうしてカミーユは、わたしに「乗れ」と言うように背を屈めてくれた。思っていた以上に背中は広く、温かかった。


 わたしたちは寒空の下、夜のヴィックスベルを駆けた。ビュンビュンと風をきる頬が冷たく、息は白く曇る。けれど体がいつもより凍えづらいのを感じていた――パパとアウルくんが、最低限の守りをかけてくれたのだ、とわかっていた。

 二人が溺愛してくれているのも、心配でたまらないのを我慢して送り出してくれたのもわかっていた。いつからか口に出すのが恥ずかしくなってしまったけれど、そんな二人が大好きだ。


 ――だからこそ、今日はわたしが戦わないといけない。


 向かったのはカボチャ畑。確信があったわけではないが、ここしかないと思っていた予感は当たっていた。


 カボチャ畑の隅に、奇妙にくねった老木が一本植わっている。その根本で、黒い影が微かに蠢いていた。カミーユの背から降りて愛用の杖を構え、足音を消して近づく。


「……呪い返しの対処法を慌てて勉強中?」

 杖を突きつけたまま、静かに問いかけた。

 分厚い本をめくるのに集中していたらしい彼女は、初めてティルダに気づき体を震わせた。


「ティルダちゃん!? ど、どうしてここに!?」

 ラディアンの整った顔は真っ白に血の気が引き、いつもはきっちりと結われている髪は乱れていた。


 わたしが物心ついた頃から、薄化粧でおんなじ髪型でいたラディアン。その真面目そうな印象は昔から変わらない――わたしは勉強も事務もさっさとこなすしっかり者のラディアンを尊敬していたし、それはパパもアウルくんも同じはずだ。だから店の事務を誰かに任せようという話になったとき、真っ先にラディアンの名前があがった。

 快諾してもらえたあと、念のために魔術の基礎講座を開いたらしい。他の二人は義務的にこなした中、ラディアンだけは真面目にノートをとって、わからなかったところは質問していたと知っている。だって、パパが嬉しそうに話すんだもの。

「すごく興味を持ってくれたみたいで、本まで買ってきて勉強してくれたんだ。ラディアンも魔術を便利に使ってくれるといいねえ」……なんて、呑気に言って。その後もたびたび時間を割いて教えていたのを知っている。魔術学校の先生たちが揃って嫉妬してしまうほど、良い先生だったはずだ。

 だからわたしはきっと、悲しい顔をしていただろう。


「ねえ、どうして亡霊を操る呪いなんかに手を出したの? しかも、パパを殺させようとするなんて。……そんなにアウルくんのことが好きだった?」

「な、何の話か……」

「普通はね、。しかもパパのだけ」

 パパは人を疑うことを知らないし、誰も気に留めていないようだったけれど、魔女として勉強中のわたしには引っかかった行動だった。あれは初歩的な、人を陥れる黒魔術だ。


 ラディアンは黙っていた。必死になって言い訳を考えているようだった。言い逃れさせないよう、さらに畳みかける。

「あなたはきっと、カボチャ畑のどこかでルパートの頭を見つけたんだ。驚いて調べたでしょう。そうして、わたしたちと同じように七十年前の事件とその真相に気付いた。そこで思いついちゃったんだ。ルパートの頭を呪いの依代にして、強い呪いの亡霊を遠隔で操り、パパを殺す方法を」


 ラディアンは後ろ手に何か丸みを帯びたものを隠した。きっとルパートの頭蓋骨だろう。

「隠したってわたしにはわかる。組んだ呪いの術式は、だいたいこんな感じ。『これは息子の魂の依代だ。息子を苦しめたくなければ、目印を付けた敵を殺せ』。そして、パパに敵としての目印をつけた。これを」

 ポケットの中に入れていた、砕けた青いガラス片を取り出す。

「パパの使っていたコップ。これを『敵の目印』として定義し、亡霊への命令に組み込んだ。始めに壊されたアデリーやあなたの家のカボチャの破片の中に、同じ青いガラスが混じっていたのも見つけたわ。最初の晩はカボチャに仕込んで、亡霊を操るための実験をしたんでしょ。うかつよ、『魔女は痕跡を残してはならない、それを呪いに利用されるから』は基礎の基礎なのに! ……ついさっき、目印が破壊され、呪い返しが発動したのを察知して、焦ったでしょうね。亡霊が自分の元へ辿り着いてしまうもの。どうするつもりだったの?」


 ラディアンはそこまで暴露されては、もう隠しようがないようだった。人が変わったように目を血走らせ、上擦った声で叫ぶ。

「こ、こ、この頭蓋骨を見せつけてやるわ! それでまた、言うことを聞く……!」

「呆れた。呪いの術式が破綻したら、必ず術者に反動が返ってくるものよ。それは絶対のことで、あなたの口頭での命令よりも優先されるものだわ。人を呪うって、そういうものだから」

「う、ううっ」

 ラディアンは過呼吸になって泣きながら、再び手元の本をめくり出す。まだまだ魔術への勉強が浅くて、いざというときの応用方法がわからないのだろう。けれどその本には対処法が載っていないことを知っていた。六年前にとっくに読了した本だったから。


「これだから人間は醜いんだ」

 カミーユが吐き捨てるように呟いた。カミーユには、あまり見せたくなかった。


 そうこうしているうちに、あの音が聞こえてきた――重たい金属を引きずる、耳障りな音が。


 それまで黙っていたカミーユが、人間の姿をとり低く忠告してくる。

「……おい、お嬢。まずいぜ」

「うん」


 音を聞いて、ラディアンのパニックは絶頂に達する。

「どうしよう、どうしよう……」

 ラディアンは十代の少女のように泣きじゃくっていた。尊敬していた女性のそんな姿を見せられて胸が痛い。


 ラディアンに合わせて、膝をついて屈んだ。

「わたしなら、対処できるけど?」

「あっ……、ほ、本当なの!?」

 縋り付いてくるラディアンを冷たく振り払い、「ただし」と条件を突きつける。

「こんなことをした理由を洗いざらい吐いて。そしてこの町を出て行って二度と顔を見せないのなら」

「町を……!? そんなのできっこない……っ」

「じゃあ、首をちょん切られて死んじゃえば? パパにそうするつもりだったみたいにね!」


 本当なら、親を殺そうとしたラディアンを助けたくなんかなかった。自業自得で死んでしまえばいいとすら思っている。

 けれど、優しいパパもアウルくんもそんなことは望まないと知っていた。優しい二人に育てられたはずなのに、わたしは同じことを思えなかった。あんな世界一優しい二人に仇を為そうとしたのが許せなくて、今だって頭が火山みたいに噴火寸前なのを必死に押さえつけて、冷静なように見せかけている。


 せめて、二人には事情を知らないままでいてほしい。ラディアンは挨拶も何もしないまま、二人の前から姿を消してほしい。


 耳障りな金属音は勢いを早めて近づいてきている。周囲の空気が呪いで蝕まれ、肺が凍ったように冷たくなり息がしづらくなってゆく。

 怒りで震える手でラディアンに杖を突きつけ直す。さあ、と促すと、ラディアンはついに音を上げた。

「は、話します! 出ていくわ! だから助けて!」

「……そ。わかった」


 ついに金属音が止まった。すぐ眼前で首なしの大男が土を踏みしめている。

 亡霊の頑強な腕が、斧を振りかぶった。


「お嬢!」

 カミーユが逼迫した声で叫びながら、指揮棒を振りかざす。


 同時にわたしは、近くの老木に杖を向ける。

「戒めの枷となれ!」

 亡霊が振り下ろしかけた斧に、老木の枝が絡みつく。武器を封じられた亡霊は、苛立ったように枝を殴りつけると、手当たり次第に枝を千切りながら力づくで斧をもぎとろうとしている。


 その隙に、ラディアンから頭蓋骨を奪い取る。

 杖で触れて術式を解析すると魔力が伝わり薄緑に光った。魔術は数学や方程式のように、理詰めで組み上げる部分も多い。その逆も然り、解析には暗算が必要となる。

 その間は無防備になるが、カミーユが守ってくれると信じている。


 必死になって暗算している間、カミーユの叫びと、奇妙なピアノの音が響きまくっている。どうやら自分へのダメージを最小限に抑えるように、短く音への変換を続けているらしい。

「勘弁しろよ! 俺はアウルちゃんや蛇野郎とは違って、! それでなあ、んだぜ!?」

 当たり前のことを喚きながら、ヒイヒイ叫んでいる。

 あ、ありがたいけど気が散る!


 亡霊はカミーユの攻撃を受けて動きを鈍らせながらも、ついに自分の斧を取り戻し、邪魔な枝を叩き落とした。

 刃はそのまま、大振りに薙いでくる。


 悲鳴をあげつつカミーユが突き飛ばしてくれたので、首を切られずにすんだ。せっかくもらったワンピースは、畑の土ですっかりどろどろだ。


「――業火よ!」

 再び素早く杖を振り枝をバリケードのように築くと、炎の魔術を放った。乾いた老木の枝はあっという間に燃え盛り、亡霊の行手を阻む。亡霊は怒り狂ったように、燃え盛る枝を斧で叩き壊し始める。


 ひい、ひいと呼吸を乱しながら、やっとのことで、震える手で頭蓋骨の術式の一部を弄る。

 パン、と空気の弾けるような音とともに、ラディアンが短い悲鳴を上げた――ラディアンの掌が切れ、血が出ていた。

 呪い返しの軌道を弄り、あえてラディアンを傷つけることで『すでに呪い返しは発動した』という結果を導き出したのだ。呪い返しは首をはねられる結果よりもずっと小さく済み、これで終わったこととなる。

 これで、亡霊が強制的にラディアンを狙うことなない。


 問題はここからだ。


 亡霊は、マリオネットの糸がぶつりと切れたように、一度は力を抜いて項垂れた。しかし徐に斧に手をかけ、先ほどよりも力の込めて握り直した。彼から溢れた凄まじい殺意が肌をひりつかせる。


 息子の魂を盾にして自らを操った者を、果たして彼はどうするだろうか? 何しろ彼は、いざとなれば自衛のために役人たちをも惨殺した男だ。


 悲鳴を上げるラディアンを狙って、亡霊が重々しく斧を振り上げた。


 こうなっては、とるべき行動は自分の防衛だろう。実際カミーユは、わたしの首根っこを掴んで逃げの姿勢になっている。


 それを振り払って、亡霊の前に割り込んだ。


「待って!」


 背後でカミーユが「ばか、やめろおぉ」と絞り出すのに構わず、手を広げてゆっくりと進み出る。

「わたしは、ティルダレッテ。ルパートと、小さなトムのお友だちよ。友だちになったばかりだけど、彼のことをよく知っているわ」


 アウルくんは、彼の魂がぐちゃぐちゃに千切れていると評していた。だから黄金の昼下がりの霊域へ誘い込みきれなかったと。そうなった原因はおそらく、亡霊として長く彷徨ったことと、今回ラディアンによって無茶な術式に組み込まれてしまったことだ。彼の意識はきっと、生前の意識を辿ったり、亡霊としての復讐心に支配されたり、あるいは術式に縛られて意識すら乗っ取られていたりと酷く混乱していたはず。


 けれど、荒屋でルパートを愛おしそうに撫で、わたしたちに礼を尽くしてくれたのを見た。だからきっと言葉は通じると信じている。


 信じてはいても、心臓は喉から飛び出そうなほどに暴れている。一つでも間違った行動を取れば、わたしの首は胴体とオサラバだ。


 亡霊は動きを止めかけたが、殺意は消えていなかった。まるで「邪魔だ」と言うように片腕でどかそうとしてきたが、足を踏ん張る。


 囁くように、願うように話しかけ続けた。

「ルパートのパパ。ガスフさん。聞いたわ、ワインを作っているロアッチ農園のおばあちゃんから――あなたは礼儀正しくて、敬虔な人だったって。だからあなたはこれ以上、不必要な罪で魂を汚すことはない。こいつはどうせ報いを受けるもの。あなたは本来、高潔な魂をお持ちでしょう?」


 わたしは、荒屋で亡霊が見せた祈りの仕草を真似た。

 亡霊は躊躇ためらうように震え、何度か斧を握り直した。自分のためにも彼のためにも「お願い」と必死に願っていたその数秒を、とても長く感じた。痛いほどの沈黙のすえ、亡霊はゆっくりと斧を地に下ろした。


「――ありがとう」

 心底安堵して、ほっと息をつきながら礼を言う。

「本当に、あなたが理性的な人で良かった」


 亡霊はまるで、そこにはないはずの瞳でわたしをじっと見つめるようにしばらく動かなかった。やがて徐に、わたしが持っているルパートの頭蓋骨を指差したので、慌てて手渡した。

「ごめんなさい、また利用されたら大変だもんね。……そうだ、ルパートは今、わたしのパパたちと一緒に楽しくエラウィックを過ごしているはずなの。良かったら……」

 見守っていて、と言う前に亡霊は背を向けた。しかし数歩歩いてふと振り返ると、丁寧な仕草で祈りの文字を切ってくれた。彼は冬の風に溶けるように、黒いもやとなってかき消えた。

 気配は完全に消えているように思えた。わたしたちの前に現れることはもうないだろう。


 緊迫した沈黙の後、カミーユが耐え兼ねたように煩いため息をついた。

「た、助かった! 俺、首くっついてるよな!? お嬢も無事だな?」

「元気元気。ありがとねカミーユ」

 てっきり笑ってくれるかと思っていたのに、カミーユは急に冷えた表情をした。

「――永遠の命もなけりゃ、蘇りもしない人間の子ども風情が無茶をするな」

 近頃ではほとんど聞かない、本気の怒りがこもった声音。思わず身を震わせ、カミーユを見つめた。瞳孔が開ききった人ではないものの目が、こちらを射抜くように見つめ返してくる。

 怒りを感じると同時に、わかったことがある。

 そっか。カミーユ、けっこうわたしのこと好きなんだ。だからこうして怒ってくれるんだ。

「ごめん。次に無茶するときは、もっと作戦を立てるね」

「だから無茶をするなってーの。ったく、しょうがない雇用主だな」

 カミーユは調子を崩したように目を逸らし、羽毛のような頭をぽりぽり掻いた。


 一息ついて、隅で縮こまっているラディアンに向き直る。

「……で?」

「え……」

「約束は果たしてもらわないと。こんなことをした理由は?」


 ラディアンは初めは話すことを渋ったが、やがて自分がいかに哀れでひどい生活を送っていたかを止めどなくアピールし始めた。


 子どもの頃から家庭で虐げられていたことや、必死になって勉強しても認めてもらえず、結局は行きたかった上の学校にも行けなかったこと。こんな田舎町を出て行きたいという願望が強いのに、それが叶いそうもない現実に、少女時代の彼女は絶望していたということ……。


 そんな彼女が十四のときに町に現れた『ウィズとアウルのなんでも魔術店』は、田舎町の空気をぶち壊すような新しさがあった――固くて重苦しい田舎町から、夢の世界へ連れて行ってくれるような場所となった。


 そして『魔物』というものに、初めて出会った。本で読んで知ってはいたが、言葉を話す魔物なんて滅多にいないのだから。


 いつも笑顔で、変身や、魔法のようなことをなんでもできて、誰にでも親切なアウル。まさに夢を見せてくれる、憧れの存在。たとえ買い物できないときでも、店主もアウルも歓迎してくれ、そのうちアウルはお茶会に誘ってくれるようになった。

 お茶会ではなんでも話した。恋の話もした。だからアウルが人間とは違う価値観を持っていることも、主人のことが大好きであることもよく知ってはいた。


 十七の頃に、一人で町を出ようとして荷物をまとめたことがあった。それが父親にばれ、ひどく殴られているところをアウルが助けに来てくれた。

 そのとき、衝動的にアウルに告白した。ダメ元だった。


 アウルはきょとんと首を傾げて言った。

「それは、僕が『いちばん』ということ?」

「……そう。だから、私をアウルちゃんのパートナーにしてくれないかしら……」

「そうかあ。うーん。それは、朝起きたときや、夜眠る前や、綺麗な景色を見たときにはじめに思い浮かべる人にするということだね。それににんげんだと、いちばんの証として、口をくっつけたり、体をくっつけたりするわけだ。……僕にとってのいちばんは、ずっとウィズだからなあ。ウィズにとっては、きっと違うけど……。うん。だから、ごめんね。僕にとってのいちばんは、変えられそうにないや」


 アウルが断るのはわかりきっていた。結果のわかりきっていることをするんじゃなかったと後悔した。


 アウルはそんな出来事を全く気にしないので今も友人として付き合えているが、彼のような存在が隣にいてくれたらどんなにいいだろうと夢みることは絶えなかった。


 やがて親により強引に結婚させられ、もう完全に地元から離れられなくなった。


 ウィストールのもとで働くことになったとき、安全対策として魔術の基礎を学んだ。ウィストールの教え方はわかりやすく、おかげで専門的な魔術書も読み解けるようにはなった。勉強は面白く、日々のストレスのハケ口でもあった。ウィストールは質問すれば時間を割いて、よく教えてくれた。


 あるとき、実家のカボチャ畑を拡大するために敷地内の調査や整理を行なった。隅にあった老木をひいじいさんはいじるなと遺言していたが、もう時効だろうと。


 ラディアンはそこで、小さな頭蓋骨を発見した。見つけた瞬間、幼い頃にひいじいさんにぶたれたときのことを思い出した。昔から暴力的ですぐに怒る人だったと聞く。ひいじいさんは昔なにかやらかしたのではないかと勘付いた。

 とっさに頭蓋骨を回収して隠し持った。役場で昔のことを調べれば、すぐに七十年前の事件にいきあたった。


 直感的にわかった。ひいじいさんが、何かの拍子に子どもを殺してしまったのだろう。そしてきっと――首を切って、首切り役人に罪を着せたのだ。

 知りたくもないことだった。知ったところで、一族の恥だ。誰にも言えるはずがない。


 しかしラディアンは、読んでいた本に載っていた魂を使役する術の存在を思い出す――亡霊を操れたら何ができる? アウルの『いちばん』がいなくなれば、もしかすると私とも契約してくれるチャンスができるのではないか?


 ――そういった醜い心情を、ラディアンはぼかしながら話したのでこれは要約だ。聞いた限りの印象では、アウルへの恋愛感情というより、魔術や魔物という非日常への憧れや、代わり映えしない日々を変えたくて行なったことだ。


「わたしは一生許さないからね」

と、わたしは釘を刺した。

「仮にもお世話になったパパを邪魔者扱いして殺そうとまでするなんて」

「ごめんなさい。本当にごめんなさい、ティルダちゃん。私、どうかしていたわ」


 ラディアンは、エラウィックが始まる前とは別人のように見る影もなくやつれていた。すっかり萎れて泣くさまは、弱々しい少女のようだった。


 脳裏に、優しいお姉さんだったラディアンとの思い出がめぐった。彼女が苦労人だったということを今初めて知ったほど、外ではそんな態度を見せていなかった。いくらでも勉強させてくれる自分の環境は特別恵まれていたのだということを悟り、彼女に見当違いな憐憫を抱きそうになったが、首を振ってそれを振り払う。

「――とにかく。あなたにはすぐにでも町を出て行ってもらう」

「……わかったわ」

 もうラディアンは口答えもしなかった。わたしは、ラディアンのすっかり冷たくなった細い手を握った。

「わたしが言うのも変だけど、あなたならなんとかやっていけるよ。ここから離れられるのよ。きっとなるようになるって」

「……そうね……」

「正直許せないけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけは、応援する気持ちもあるからね」

 ラディアンは涙をふき、こくりと頷いた。

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