2026年1月18日 06:54
第1夢 奇跡の果てへの応援コメント
更にコメント、失礼します、オオオカ先生!本当に『私』のご苦労、お察しします。家族は一番身近な他人な為、愛憎を抱きやすいんですよね。恐らく『私』のお父様が赤の他人なら、『私』もこうまで感情を乱されなかったと思っております。家族だから、身近な人だから、色々期待してしまう。自分の感情や言い分を分かって欲しいと、望みを抱いてしまう。でも家族と言っても、やはり他人である事は確かだから、決して完全に分かり合う事は出来ない。けど、こうやって自分達の意見を戦わせる家族の方が、真っ当だと思うんですよ。私の家族関係は、それこそ死んでいましたから。多分、私が家族と話した時間は一年間で、三十分に満たない筈です。殆ど、何も喋らないですよ。不満があっても、口を噤む。父も母も、非の打ち所の無い人達なのですが、それでも「身近な人間」というだけで不満は出てくる。これだけの人格者が相手でも不満を感じる時があるのだから、どんな家族でもやはり不満は尽きないのだと思います。ただ私の場合は『私』と違って、自分の意見を口にしない。その結果、ガスがたまって、ある日、遂に父に怒鳴った事もあります。齢〇十歳の老父に対して、怒鳴る。この時、私は自分の正気を疑った訳ですが、これも真面なコミュニケーションをとっていなかったツケだと思いました。普段からもっと話し合っていれば、私の方から人間関係を壊す様な真似をせずに済んだだろうから。その点『私』は家族に期待する事を、諦めていない。何かを期待するから、自分の想いをしっかり口にして、形にしようとする。そういう事を放棄しない限り、家族でいられるのだと思います。と、〝私〟は良いご縁があって、本当に何よりでした!様々な縁と偶然が積み重なって、良縁に恵まれた〝私〟。正直、どこまでフィクションかノンフィクションか判断に迷うのですが、とにかく〝私〟に対しては、おめでとうございますという思いが尽きません!みっくんも、おめでとうございます!〝私〟は間違いなく、いい奥さんになりますよ!と、実情は何も知らない私ですが、敢えてそう断言させていただきます!と、「奇跡の果て」の半分はノロケで出来ているとニマニマしながら、筆をおこうとおもいます。いえ。これは断じて、セクハラ的な発言ではありませんよ?
作者からの返信
マカロニサラダさん、お読み頂き★等ありがとうございます。いや、読み返すとちょっと恥ずかしい作品です。この私と『私』は、拙作『白昼夢』の時に出来て、以降『夢』シリーズの登場人物として使ってきました。(前回読んでいただいた『卵』は別)この回は、ちょっとイヤなことがあってストレス発散で書き散らしたヤツをこの主人公に当てはめてみたももも、出すタイミングを逸していものに『祝』のテーマに併せる為にIF部分のシアワセ話をぶっこんだというのがバレバレですね(笑)ストレスは溜め込む前に吐き出すことにしており、文字を描くのも出力手段の一つだったりします。我ながら酷い(^^ゞ仰る通り、ちょっと自分も出しすぎてしまいました。もちろん、どことは言いませんwご想像にお任せします。家族は、親子である限り、誰もが抱える愛であり痛みですね。近すぎるゆえに揉める。その匙加減如何では崩壊もありうる危うい均衡でもある。諦めたくないから、口にする言葉。たしかにありますね。コメントありがとうございます。セクハラ要素なんてあります?
2026年1月6日 08:01
最初主人公の激しい感情にハラハラしながら読みましたが、最後ほっこりしました。人生って針の穴を通すような偶然を積み重ねて作っていくものかもしれませんね。
不二原光菓さん、お寄り頂き★とコメントとありがとうございます。小さな選択の連続が積み重なって選んだ『現在』。きっと、もう一度同じ事をとはきっと難しいほど果てしない偶然と可能性の道筋の果てなのだと思います。共感頂き、嬉しいです。ありがとうございます!
2026年1月4日 13:42
分岐点はたしかに考えさせられます。もし、この時何もしなかったら、もしこの時その選択をしなかったら……面白かったです。
アリステリアさんお寄り頂き、コメントに★とありがとうございます。人生の分岐点は、大きな決断だけでなく、普段の小さな積み重ねと思います。分岐点に注目して頂き、嬉しいです。
2026年1月2日 00:06
夢と人生の道の選択肢、分岐点。そんな人生で今がある。それは自分にとって幸せなのか?それとも不幸せなのか?でも自分にとってのそれはきっとここまで来た道なのでしょう。色々考えさせられる素晴らしいお話でした°・*:.。.☆
黒羽さん、こちらにもお寄り頂きありがとうございます!あのとき、ああしていたら?誰もが考える分岐点。その先に何があるのか。自分の選んだ道が最適なのか最良なのかは、誰にも分かりませんが今ある自分を、シアワセだと言えたら素敵ですよね!コメントと、★もありがとうございます(^^)
第1夢 奇跡の果てへの応援コメント
更にコメント、失礼します、オオオカ先生!
本当に『私』のご苦労、お察しします。
家族は一番身近な他人な為、愛憎を抱きやすいんですよね。
恐らく『私』のお父様が赤の他人なら、『私』もこうまで感情を乱されなかったと思っております。
家族だから、身近な人だから、色々期待してしまう。
自分の感情や言い分を分かって欲しいと、望みを抱いてしまう。
でも家族と言っても、やはり他人である事は確かだから、決して完全に分かり合う事は出来ない。
けど、こうやって自分達の意見を戦わせる家族の方が、真っ当だと思うんですよ。
私の家族関係は、それこそ死んでいましたから。
多分、私が家族と話した時間は一年間で、三十分に満たない筈です。
殆ど、何も喋らないですよ。
不満があっても、口を噤む。
父も母も、非の打ち所の無い人達なのですが、それでも「身近な人間」というだけで不満は出てくる。
これだけの人格者が相手でも不満を感じる時があるのだから、どんな家族でもやはり不満は尽きないのだと思います。
ただ私の場合は『私』と違って、自分の意見を口にしない。
その結果、ガスがたまって、ある日、遂に父に怒鳴った事もあります。
齢〇十歳の老父に対して、怒鳴る。
この時、私は自分の正気を疑った訳ですが、これも真面なコミュニケーションをとっていなかったツケだと思いました。
普段からもっと話し合っていれば、私の方から人間関係を壊す様な真似をせずに済んだだろうから。
その点『私』は家族に期待する事を、諦めていない。
何かを期待するから、自分の想いをしっかり口にして、形にしようとする。
そういう事を放棄しない限り、家族でいられるのだと思います。
と、〝私〟は良いご縁があって、本当に何よりでした!
様々な縁と偶然が積み重なって、良縁に恵まれた〝私〟。
正直、どこまでフィクションかノンフィクションか判断に迷うのですが、とにかく〝私〟に対しては、おめでとうございますという思いが尽きません!
みっくんも、おめでとうございます!
〝私〟は間違いなく、いい奥さんになりますよ!
と、実情は何も知らない私ですが、敢えてそう断言させていただきます!
と、「奇跡の果て」の半分はノロケで出来ているとニマニマしながら、筆をおこうとおもいます。
いえ。
これは断じて、セクハラ的な発言ではありませんよ?
作者からの返信
マカロニサラダさん、お読み頂き★等ありがとうございます。
いや、読み返すとちょっと恥ずかしい作品です。
この私と『私』は、拙作『白昼夢』の時に出来て、以降『夢』シリーズの登場人物として使ってきました。(前回読んでいただいた『卵』は別)
この回は、ちょっとイヤなことがあってストレス発散で書き散らしたヤツをこの主人公に当てはめてみたももも、出すタイミングを逸していものに
『祝』のテーマに併せる為にIF部分のシアワセ話をぶっこんだというのがバレバレですね(笑)
ストレスは溜め込む前に吐き出すことにしており、
文字を描くのも出力手段の一つだったりします。
我ながら酷い(^^ゞ
仰る通り、ちょっと自分も出しすぎてしまいました。もちろん、どことは言いませんw
ご想像にお任せします。
家族は、親子である限り、誰もが抱える愛であり痛みですね。
近すぎるゆえに揉める。
その匙加減如何では崩壊もありうる危うい均衡でもある。
諦めたくないから、口にする言葉。
たしかにありますね。
コメントありがとうございます。
セクハラ要素なんてあります?