断片資料|焼失村落

【地方新聞記事(昭和25年8月17日付・朝刊)】


「山あいの集落で大規模火災 住民全員行方不明」


 十五日夜、△△県△△郡の山間部にある△△村で火災が発生。

 電気も電話も届かない閉鎖的な集落で、全戸二十七棟が全焼した。


 消防団による消火活動は夜明け前に完了したが、

 現場からは遺体がほとんど確認されず、

 住民約三十名が消息を絶っている。


 地元関係者によれば、当夜は「夏祭りの準備」が行われていたとのこと。

 焼け跡一帯に甘い花のような香りが漂っており、

 専門家が原因を調査中である。


 警察は失火の可能性を示唆しているが、

 近隣では「祭りの夜に神火が降った」との噂が広がっている。


 ◇


【月刊誌『現代民俗』1951年9月号 特集記事抜粋】


「笑う村──封鎖された祭祀共同体の末路」


 取材班が現地に向かったが、

 県警および防衛隊による通行止めが続いており、

 村への立ち入りは許可されなかった。


 行政発表では「山火事による天然ガス爆発」とされている。

 しかし、地形図にそのようなガス層の記録はなく、

 住民の存在も戸籍上から削除されている。


 古老の話では、あの谷には「にくゑさま」という

 “生きた神”が祀られていたという。

 人々はそれを“母”と呼び、

 毎年八月十五日、火を囲んで笑う習わしがあった。


 取材ノートには次の一文が残されている。


 > 「焼け跡に声があった。

 >  風が笑っていた。」


 本誌が入手したテープ音声は県庁保安課に押収され、

 以後の取材は中止となった。


 ◇


【政府内部資料(極秘指定 第S-274号)】


「△△郡山中地区(旧△△村)調査報告書抜粋」

 ――内閣情報局/禁域対策班(閲覧等級:甲壱)


 一、発生経緯

 本件地域は江戸期より「入らずの山」として記録あり。

 元禄六年、幕府巡見使が当地にて失踪、以後「供御田封地」として地図より削除。

 明治政府成立後も実測対象外。

 第二次大戦中、陸軍生物研究班が一度立入り、全員帰還不能(資料欠)。

 戦後、技術官および大学合同調査団が踏査(昭和二十年九月)。

 翌日未明に撤収、報告書冒頭に「音が降る」「笑い声の雨」との記述を残すのみ。


 二、今回の発生

 昭和二十五年八月十五日、同地にて大規模火災。

 村落全域焼失、居住者三十余名消息不明。

 現場には灰化物および黒色凝固物のみ残留。


 三、観測結果

 焼失後の地表において心拍様の微振動を確認。

 放射線・有機反応ともに異常なし。

 ただし録音機器が高温を呈し、全データが笑声様ノイズにより破損。


 四、対応方針

 本件地域を「禁域指定地 第弐号」とし、永久封鎖。

 地図および行政記録より村名を削除。

 県道改修計画より該当地を除外し、山林扱いとする。

 地元住民への聞き取りは完了、関係者は全員転居済み。


 五、備考

 古文書「虚木家記録帳」に『御身、にくゑを撫でてはならず。撫づれば村、嗤ふ』との文言あり。

 原本は焼失。写しを本庁に保管。


 六、結語

 当該現象は宗教的伝承に由来するものと推定され、

 再調査の必要なし。

 封鎖線の維持を継続すること。


 ――内閣情報局 禁域対策班

  班長 □□□□

  (添付資料:江戸幕府巡見記/明治陸地測量局旧図/昭和二十年調査報告)


【記録者後書き】


 政府資料の原本を閲覧するのに一月かかった。

 担当官に鼻薬を嗅がせ、何とか入手した資料である。

 許可が下りた翌週、担当官が急に退職していた。


 コピーを取ろうとしたが、機械が三度止まった。

 そのたびに、録音機のイヤホンから“笑い声”のようなノイズが混じった。


 封筒に入っていたノート片と、この報告の語句が一致する箇所がいくつもある。

“笑い声の雨”“黒い凝固物”“撫でてはならぬ”──。

 それが偶然なのか、

 あるいは誰かが意図的に私に“読ませた”のかは分からない。


 ただひとつ言えるのは、

 これらの資料が、あの村が「存在していた」証拠だということだ。


 そして、

 地図から消された場所は、

 まだ消えていない。


(記録者署名:未公開)

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