第37話 断罪の始まり

応接間の空気が、急に冷えた。

西園寺沙耶が「また笑うわ」と言い放った瞬間から、空気の質が変わったのだ。


窓ガラスがビリ、と震える。

壁に掛けられた鏡に、泣き笑いの顔が浮かんだ。

天井のシャンデリアがギシギシ鳴り、埃が雪みたいに落ちてくる。


梓が悲鳴をあげて立ち上がる。

「やっぱり来てる! 静香さんが!」

里奈は椅子にしがみつきながら震える。

結衣は……やっぱり笑っていた。

「ふふ……やっと“本番”だね」



沙耶は余裕の笑みを崩さず、窓の顔たちを眺めていた。

「……ずっと待ってたんでしょう? 静香」


耳元に、いつもの冷たい囁き。


【わらってた】

【いちばん】


俺は思わず叫んだ。

「おい沙耶! その態度なんとかならんのか!

“反省してます”の演技くらいしてくれ!

このままじゃ100対0でお前が悪役じゃねーか!」


沙耶は俺を一瞥して、薄く笑った。

「悪役? 舞台には必要な役でしょう?」


……いや開き直り方がプロすぎる。ラスボス面接一発合格だわ。



黒板なんてないのに、壁一面に赤い文字が浮かび上がった。


【ここで また わらう?】


沙耶の口角がわずかに上がった。

「ええ、笑うわ」


次の瞬間、応接間の窓ガラスが一斉に割れた。

泣き笑いの顔が雪崩れ込むように部屋を埋め尽くす。


梓が悲鳴を上げ、里奈は泣きながら祈るように手を組む。

結衣だけが、冷静にその光景を見つめていた。

「ふふ……きれい」


……いや“きれい”じゃないだろ!これは完全にバイオハザードだ!



背中の冷気が凍りつくように強まった。

耳元に、鋭い囁き。


【ゆうま みてろ】


心臓が跳ねる。

今回は「助けろ」じゃない。

「見てろ」ときた。


つまり——これは静香が“直接やる”という宣言だ。



沙耶の足首に、黒い影が巻きついた。

ぐい、と強く引っ張られ、椅子ごと倒れる。


「っ……!」

さすがの沙耶も驚きの顔を見せた。

でもすぐに笑う。

「……ようやく来たのね、静香」


影がさらに絡みつき、沙耶を床へと引きずっていく。

その姿は、十年前とまったく逆——今度は沙耶が“真ん中”に立たされる番だった。



「悠真!」

梓が俺の腕を掴む。

「助けなきゃ!」


「でも……!」

里奈は涙で顔を濡らしながら叫ぶ。

「もし沙耶さんを助けたら、静香が……!」


結衣は笑ったまま俺を見る。

「ふふ……今回は見てるだけ、って言われたんでしょ?」



俺は歯を食いしばった。

黒い影に絡め取られる沙耶。

泣き笑いの声で埋め尽くされる部屋。

背中の冷気は、俺に「見ること」を強いている。


——これは、断罪の始まり。

けど、ここでただ見ているだけでいいのか?


心臓が爆音を立てる中、俺は決断を迫られていた。

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