第37話 断罪の始まり
応接間の空気が、急に冷えた。
西園寺沙耶が「また笑うわ」と言い放った瞬間から、空気の質が変わったのだ。
窓ガラスがビリ、と震える。
壁に掛けられた鏡に、泣き笑いの顔が浮かんだ。
天井のシャンデリアがギシギシ鳴り、埃が雪みたいに落ちてくる。
梓が悲鳴をあげて立ち上がる。
「やっぱり来てる! 静香さんが!」
里奈は椅子にしがみつきながら震える。
結衣は……やっぱり笑っていた。
「ふふ……やっと“本番”だね」
◇
沙耶は余裕の笑みを崩さず、窓の顔たちを眺めていた。
「……ずっと待ってたんでしょう? 静香」
耳元に、いつもの冷たい囁き。
【わらってた】
【いちばん】
俺は思わず叫んだ。
「おい沙耶! その態度なんとかならんのか!
“反省してます”の演技くらいしてくれ!
このままじゃ100対0でお前が悪役じゃねーか!」
沙耶は俺を一瞥して、薄く笑った。
「悪役? 舞台には必要な役でしょう?」
……いや開き直り方がプロすぎる。ラスボス面接一発合格だわ。
◇
黒板なんてないのに、壁一面に赤い文字が浮かび上がった。
【ここで また わらう?】
沙耶の口角がわずかに上がった。
「ええ、笑うわ」
次の瞬間、応接間の窓ガラスが一斉に割れた。
泣き笑いの顔が雪崩れ込むように部屋を埋め尽くす。
梓が悲鳴を上げ、里奈は泣きながら祈るように手を組む。
結衣だけが、冷静にその光景を見つめていた。
「ふふ……きれい」
……いや“きれい”じゃないだろ!これは完全にバイオハザードだ!
◇
背中の冷気が凍りつくように強まった。
耳元に、鋭い囁き。
【ゆうま みてろ】
心臓が跳ねる。
今回は「助けろ」じゃない。
「見てろ」ときた。
つまり——これは静香が“直接やる”という宣言だ。
◇
沙耶の足首に、黒い影が巻きついた。
ぐい、と強く引っ張られ、椅子ごと倒れる。
「っ……!」
さすがの沙耶も驚きの顔を見せた。
でもすぐに笑う。
「……ようやく来たのね、静香」
影がさらに絡みつき、沙耶を床へと引きずっていく。
その姿は、十年前とまったく逆——今度は沙耶が“真ん中”に立たされる番だった。
◇
「悠真!」
梓が俺の腕を掴む。
「助けなきゃ!」
「でも……!」
里奈は涙で顔を濡らしながら叫ぶ。
「もし沙耶さんを助けたら、静香が……!」
結衣は笑ったまま俺を見る。
「ふふ……今回は見てるだけ、って言われたんでしょ?」
◇
俺は歯を食いしばった。
黒い影に絡め取られる沙耶。
泣き笑いの声で埋め尽くされる部屋。
背中の冷気は、俺に「見ること」を強いている。
——これは、断罪の始まり。
けど、ここでただ見ているだけでいいのか?
心臓が爆音を立てる中、俺は決断を迫られていた。
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