第3話 黒板が勝手にしゃべるんですけど

午後の授業。

国語の先生が詩を読み上げている。

「水は光をうけて──」とかなんとか。

眠気を誘うやつだ。


でも俺は眠れなかった。

理由は単純。


──背後に、まだいるからだ。


窓ガラスに映ったあの女。

黒髪、無表情、目だけギラギラ。

授業が始まってからもずっと、俺の背中に張り付いている気がする。


「……やばくね?」

小声でつぶやいたのは友人の太田だ。

彼も、ガラスをチラチラ見て青ざめていた。


先生は気づかない。

クラスのほとんども気づかない。

けど──あの三人だけは、ガッツリ固まってた。


姫野梓は、教科書を持つ手を震わせながら、声を裏返らせて読んでいた。

佐伯里奈は顔色が死人みたいに白い。

橘結衣は……笑ってる。なぜか笑ってる。怖すぎる。


俺は思った。

──いやこれ、俺じゃなく“背後”を見てる説、マジで確定じゃん。


そう確信しかけたときだった。


「……ガリッ」


耳障りな音が教室に響いた。

チョークが黒板を引っかく音。

でも先生は、今は字を書いていない。

誰も黒板に近づいていない。


「……?」

教室中がざわつく。

先生まで「おい、誰だイタズラしてるのは」と眉をひそめた。


俺は見た。

黒板の端。

チョークが一本、勝手に動いていた。


ギィ……ギィ……と、下手くそな字で書かれていく。

クラス全員が凍りついた。


【みないで】


……おい。

またそれかよ。


さらに文字は続いた。

ガタガタ震えるような字で、白い粉を撒き散らしながら。


【でも みつけて】


「ひぃっ!」

里奈が短く悲鳴を上げた。

先生は顔を真っ赤にして「だれだ!」と叫んだが、犯人なんているわけがない。

黒板に近づく人間は一人もいなかった。


クラスは完全にパニック寸前。


俺は心の中で叫んでいた。


──なにこれ、怖いけど……どう見ても俺の人生史上最大のざまぁチャンスなんだが!?


俺を笑ってた女子達が青ざめて、震えて、声も出せずにいる。

なのに俺は、背中に“女”を抱えながら、なぜか一番冷静。

いや冷静じゃないけど!

冷静っぽく見えるだけだけど!


「……」

俺は思わず、黒板に視線を向けてしまった。


“女”の視線と重なった気がした。

背筋が冷える。

でも、心臓の奥は、奇妙に熱かった。


──これからどうなる。

俺は、笑われていた頃の俺じゃない。

「手遅れです」と笑える側に、立っているんだ。


……たぶん。

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