新しい日常

朝、目を覚ましてリビングに行くとレオンがいる。

この光景に慣れる日は来るのだろうか。

「おはようございます、ノア」

机の上にコーヒーが置いてあり、見慣れない光景だった。

「朝から小説片手にコーヒーって…さすがだ」

母と目を合わせて頷いた。

小説の中身を覗くとぎっしりと英語が並んでいた。

「何の話?」

冷蔵庫からヨーグルトを出しながら聞いた。

「ミステリー小説です。どうやって殺したかを考えます。面白いです」

レオンぽいと思った。

しかし優雅な朝には程遠い話を読んでいるようだ。

「レオンが殺人をするなら完全犯罪できそう」

母がクスッと笑うとレオンが不思議そうに私を見つめた。

「完全犯罪?」

「パーフェクトな犯罪?誰にも犯人ってバレないように行うって感じ」

理解してくれたようでレオンは静かに笑った。

「犯罪はしないです」

真面目に返すレオンの頭を撫でながら椅子に座ってヨーグルトを食べ始めた。

一生懸命読むレオンを横目に食べ終えると、母に声をかけられた。

「飲み会って今日だった?迎えいる?」

「そう!今日はどうだろ。オールかもしれないからまた連絡するわ」

『はいはい』と言いながら母は二階へ上がって行った。

ゼミのメンバーとは仲が良く、カラオケでオールすることもある。

そのため今日中に帰って来るかどうかはその日次第だった。

「ノアの迎え行きます?」

本から視線を外し、私を見つめた。

「レオンが来てくれるの?…けど夜危ないし、今日帰って来るか分からないから大丈夫だよ」

断りを入れるとレオンは本を閉じた。

「夜危ないはノアです。店まで行きます」

本気で心配してくれていることが分かるので今回は飲んだら帰ろうと決めた。

「じゃあ9:30にこのお店に来てもらえる?」

その回答に満足したのか一気に笑顔になったレオン。

「レオンって彼女いないの?」

「いません。…ノアはいますか?」

じっと見つめられながら首を横に振ると少し安心した顔をしていた。

過保護の兄のような存在になって行く未来が一瞬見えた。

「ノアにボーイフレンドがいたらその人を消してしまうかもしれないです」

「え?」

その表情と言葉に思わず持っていたスプーンを落としてしまった。

「小説に書いてありました」

「なるほど。びっくりした。本のセリフか」

スプーンを拾って流し台に置いた。

恋愛系の話も読むのだと感心しながらレオンの横に座った。

「今日、本当に迎えに来てくれるの?」

「オフコース。ノアを夜、一人にしたくないです」

レオンの優しさにまた甘えてしまうことになる。

どうしても申し訳ない気持ちになってしまう。

「…私…僕?がやりたいです。ノアが悲しくなる必要はありません」

私に気持ちを察したのか優しい言葉をかけてくれた。

「ありがとう。レオン」

レオンは私を笑顔にする天才だ。

「ところで、私、僕、俺、どれが一番使いますか?」

「あー、悩むよね。どれを使っても変じゃないよ。けどレオンに似合うのは僕か私だと思う。私はどちらかというとフォーマルな感じで、僕の方がカジュアルだよ」

難しそうな顔をするレオンに私も同感だ。

「無難に僕でいいよ」

他の言語を学ぶとき、母国語にない言葉があるとどうしても悩む。

英語には主語が『I』という一つしかないのに対して日本語は複数ある。

頭を抱えて当然だ。

「僕…僕がノアを迎えに行きたいです」

ぎこちない言葉でも精一杯相手に伝えようとする姿勢が、昔の私と重なった。

「ありがとう。お願いします」

家から店に向かう時も、わざわざ最寄り駅まで送ってくれた。

「また連絡するね」

軽く手を振るレオンを置いて、私は店に向かった。

「遅いよ!」

「ごめん、電車が遅延してて。お待たせー」

店に入ると私が最後だったようで、みんな待ちくたびれていた。

乾杯をすると一気にみんなのテンションが上がり、お酒の減るスピードも速くなっていく。

「春休み終わったら3年生。将来どーするー?」

「まずそれよりも授業の単位が心配でしょ」

朝が弱い友達にそう言うと大きな溜息が聞こえた。

「蓮さん!」

メンバーの一人がその名前を呼ぶと視線は一気に蓮さんへと向かった。

「何でいるの?」

友達にこそっと聞くと過去問を渡しに来てくれたらしい。

「トイレ行ってくる」

飲み放題もあと数分で終わる。

そうすれば帰る口実にもなるし、飲み放題終了の時間までトイレで過ごした。

席に戻ると完全に出来上がった人が何人かいたがカバンを持って帰ろうとした。

「カラオケ行かないの?」

「ごめん、今日はパス」

少しふらつきながら断りを入れて廊下に向かった。

「のんちゃん。大丈夫?」

「れ、蓮さん…」

店の出入り口で捕まった私は視線を地面に落とした。

「俺にそんな態度で話すのはのんちゃだけだ」

蓮さんはゼミの先輩で何度か告白を断っている。

そのため一対一で会うのは気が引ける人物だった。

「送るよ」

「大丈夫です。迎え来てるんで」

そう言って扉を開けて外に出たが、腕を掴まれてしまった。

「結構飲んだでしょ。送ってくよ」

「ほんと大丈夫…」

「ノア?」

声のする方を見るとレオンが立っていた。

「おかえりなさい。…あっていますか?」

そう言って優しく私を包み込んでくれた。

「あってるけど!日本だから!」

そう言うとゆっくりと私から離れた。

「誰?」

蓮さんの表情が一気に険しくなった。

何と説明すればいいか迷っているとレオンが私の手を引いて歩き始めた。

「おい、無視すんなよ」

「僕の大切な人に触らないで欲しいです」

その言葉が効いたのか蓮さんがこれ以上追ってくることは無かった。

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