ex3 番外編 アルゴンの直剣

「なんか人が死んでます〜〜〜〜〜っ!!」

「ちっ」


 倒れている銀髪の神官。ロアが駆け寄った。


「……死んでないじゃない」

 ロアの丸い獣の耳が動く。

「はぇ? そうですか? 私てっきり」

「これくらい聞けばわかるでしょ」

「待ってくださいよぉ、私はロアちゃんほど耳が良くないんですよぉ。心音なんて耳くっつけないと聞こえませんって!」


 獣人族の剣士のロアと、大仰な格好で眼鏡の神官のクォンが話している。倒れている神官はグウェンだ。


「こんな町中の神殿で人死にが出るわけない」

「や……で、でもぉ。変な噂もありましたしぃ」


 農業が盛んなのどかな里。だが、ここに来てすぐに聞いた噂は、旅の神官とその護衛の剣士が神殿で暴れたというものだった。


「だってその神官と剣士が魔族が化けた姿だったとしたら……」

「そんなんじゃないわよ」

「なんで断言できるんですかぁ! ていうかじゃあていうかぁ! どうするんでぃすかぁ!! この霊体のヒトはぁ!」

「……なんなのかしらね、これ」

「えーっと……“アルゴンの直剣”のヒト?」


 倒れ伏したグウェンを覆うように、白い霞のような霊体が浮かんでいる。中性的な容姿。細身の直剣を構えて。

 その眼は瞋恚しんいに燃えているが、ロアとクォンに剣を向ける気配はなかった。

 ただそこにいて佇んでいるだけだ。


「何が目的なの、こいつは」

「さ、さあ……? 私に聞かれましても?」

 ロアはため息をつく。

 酷い言葉が出そうになるのをなんとかして抑えて、簡潔に言った。

「この神官を起こしなさい」


 クォンがきつけの奇跡で起こし、グウェンは意識を取り戻した。お互いに名乗る。

 ロアとクォンのほうは、自分たちが冒険者ギルドの依頼で訪れたことを説明した。


「そうですか……。この短剣は“アルゴンの直剣”というのですね」

「みたいね。聞いてた話と随分違うけど。簡単な回収だと思ってたわ」

「簡単な回収、というわけにはいかないでしょうね。こちらでも封印具を取り寄せていて――」


 話すロアとグウェン。その後ろにはまだ、霊体の剣士が控えていた。

「あのぉ! 悠長に話してる場合じゃないんですけどぉ!! こいつ、私の祝福も吸ってます〜〜〜〜っ!!」

「うるさい。話す時間が伸びるでしょ」

「いやでもあのこれ……きっつ……。うぇ……、グウェンさんこんなのひとりで……死んじゃいますよぉ〜〜!」


 椅子に座っているグウェンだが、ぐったりとしていて姿勢をまっすぐに保てていない。クォンのほうも顔色が悪くなっている。

「なんなんですかぁこいつ……この霊体! ほんと、このままじゃ……」

「このままだと、ほとんど仮死状態になるまで祝福を吸われます」

「え――え!? ひいぃぃいいい!? 仮死状態!?」


「そこまでされるほど強力な魔法具なのね」

「えっ、ちょっ、仮死状態!? それって死ぬのとどう違うんですか!? 死にたくないですぅ〜〜〜〜!!」

「うるさい。話が早く終わらないと本当に死ぬわよ」

「はぁっ、はぁっ……うう……。黙ります」


「依頼は冒険者ギルドと、クォンさんの太陽神の神殿からですね。由来はわからないものの、効果はわかったと思います。私が見たものと合わせて」

「ふぅん。簡単に言って」


「呪い斬りです」

「なるほどね」


「ちょっと! なるほどねじゃないですよぉ! ロアちゃん絶対わかってないでしょ!?」

「うるさい。もういい。好きなだけ喋って祝福全部吸われといたら?」

「そ、そんなぁ……。あ……でもめちゃくちゃ気分悪くなってきました……。いやそれが逆に気持ちい――くない! おええぇぇぇええ……」

 ふん、と軽く鼻を鳴らしてからロアがファルシオンを抜く。

 霊体の剣士に向かって軽く払うが、剣筋はただ素通りするだけだった。

「やっぱりね。私は呪われてないから」

「…………」


 剣を収めるロア。グウェンが眼を伏せる。

 霊体はロアの行動に何ら反応していない。この場にいる者に敵意を持つことは全く無かった。


「巡礼の神官と呪われた剣士……」

「多分、そいつらのこと知ってるわ。マノリアとリベラでしょ」

「え――、ええ」

「あ、あの……。マノさんって誰なんですかぁ?」


「クォンさんにはあとで説明します。あの神官の方、リベラさんも剣士のマノリアさんも何かの形で呪いを受け取っているのかも。それで影響が少なく……。昨日は彼女に短剣を持っていてもらったのですが、これほどの症状は出ていなかった――」

「ふーん、そう。で、どうするの?」


 グウェンがこめかみを押さえながらぶつぶつとつぶやく。

 ――アルゴンの直剣は呪いに反応して起きた。

「ただ、リベラさんとマノリアさんのそばにある時は混乱して回路がうまく働いていなかったのかも――」

 起きはしたが、呪いと祝福が同時にある状態で抑制されていた。


 しかしグウェンに預けられて、あるいはこの里の祝福で機能が目覚める。回路が通ってしまう。

 そして顕現したが呪いによって返り討ちにあった。一度敗北してより強力になろうと祝福を集める。それが今。


「もう祝福を集めすぎている……。外に持っていくのは危険すぎる。封印具にも収まるかどうか」

「ふん……。じゃあ祝福を吐き出させればいいんでしょ」

「……? それは、そうですが……」


 どうやって、とグウェンが言う前にロアはグウェンの体に触れた。


「来なさい。そんな姿じゃ勝てない」

「……?」

 ぽかんと口を開けるグウェンとクォン。

 見上げて――ロアが話しかけているのは直剣の霊体だ。


「神官なんかに憑依して力を出せるわけない」

「ロアさん、何を――」

「ロアちゃああん、無茶ですってぇ!」


 霊体の剣士がロアを見下ろす。無表情だが眼だけは相変わらず瞋恚しんいに燃えている。

 呪いを。恨みを晴らそうとして。

 あるいは、役に立とうとして。この世界のために。穢れを祓うために。

「……ふん。悪くないわね。憑くなら剣士の私でしょ」


 霊体はグウェンの背から離れ、ロアに近づいていく。


「グウェン、マノリアを呼んできて」

「――! わかりました」


 グウェンが立ち上がり、歩き出す。もう霊体はグウェンの後を追うことはなかった。分離して、かわりにロアに向き直る。


「祝福の剣ってこんなものなのね」

 ファルシオンは納めたまま。だが、ロアの右手に白銀の直剣が輝いて伸びる。

 霊体が徐々にロアの体に収まっていく。


「ろ、ロアちゃん……? あの……あてくしはどうすれば……」

「うるさい。もし怪我したら治して。もう吸われてないんでしょ」

「え……? あ! あ、ほんとだ! だだ、大丈夫です、ひとりくらいの治癒なら!」


「じゃあ――」

 ロアが何か言いかけたところで、霊体の力が増す。

 標的の接近を感じ取ったのかもしれない。


 ロアの口よりも先に霊体の口が動く。憑依を強めながら。

『ならば――修祓しゅばつのときだ』


「ロアちゃあああん!! 乗り移られてますよおお!!」


 ロアの少女らしい顔立ちに中性的な靄が混ざり、いつもと違う表情が形作られる。

「え、クソかっこよ」

「うる、さい……っ」


 剣を払う仕草。ロアの右手に白銀の直剣。

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