蝋の司祭編

09 癖っ毛

 村の人と神官団にはいくらかの路銀をもらった。口止め料みたいなものかもしれない。冒険者として派遣されたわけでもない私たちにとって、それなりに大きな額だった。


 村を発って何度目かの分かれ道。

 私たちは街道と呼べるような状態が良くて広い道をたどり始める。


「こっちって大きな街がある方向じゃない?」

「そうですね」


 あの不死の騎士の呪いの元をたどってみたいとリベラに言った。

 それでこの方向で合ってるのかな。


 リベラと目が合った、と思う。ヴェール越しでよくわからないけれど。


「……わたくしも不思議に思ってはいるのですが」

「うん」

「ままあることです」

「そうなんだ」


 間違いだったら間違いでいいし。間違いじゃなかったら大きな街になにかがあるということだけれど、何にしろ確かめてみないとわからない。


 リベラの隣に並ぶ。

「マノリア様」

「うん」

「そもそも命も呪いなのです」

「そうなんだ」

「ええ。ですから呪いの元、その元、さらにその元とずっと遡っていけばやがては――」


 ふんふんと真剣に聞く。

 二十秒くらい経ってから、リベラがごまかしていることに気付いた。


「自信ないの?」

「…………」

 大丈夫。この呪いの探知方向が間違っているほうが私にも、他の皆にもきっと安心だ。


「神の奇跡も万能ではありませんから」

 珍しく少し不満げだった。ヴェール越しでもだんだん感情がわかるようになってきた。


「いいよ。私の探し物にも手がかりはないし。もともとあてがある旅じゃないから」

「……はい」

「目的なんて何でもいいんだ」


 二人分の足音がする。

 今日のリベラはちゃんと地に足をついて歩いている。

 そのほうがいい。力を使いすぎてないはずだから。眠るときも大丈夫。


「無理しないほうがいいよ」

「? しておりません」

「わかった。じゃあそのまま。街まではまだ二日はかかるだろうし。それまでに何かあるかもしれないよね」


 はい、とリベラは頷く。

 微妙に納得してないみたいだけど。

「ゆっくり行こう。そろそろ暗くなる。離れないでね」

「……はい」


 夕方には街道は林にさしかかって林道になる。少し外れた場所に誰かが野営した痕跡があり、それを再利用させてもらうことにした。


 リベラには切り株に座っていてもらう。その間に焚き火で煮炊きの準備をする。


 ぱちぱちと音がし始める。


「慣れていらっしゃいますね」

「うん。私もリベラの役に立つよ」

 冗談めかして言うと首を傾げられた。


「リベラは慣れてない?」

「ふたりの旅は初めてです。いつもは……そうですね、一座といえるほどの人数の旅でした」

「そっか。神官ならそうだよね」


 治療も解毒も解呪も旅には欠かせない。引く手あまただ。きっと神官に雑用なんてさせないだろう。


「マノリア様はいつもひとりで?」

「……うん。旅はひとり」


 月明かりと焚き火はあるとはいえ林の夜の暗がりのなか。ヴェール越しだとリベラの表情は全然見えない。

 単純に危ないと思う。リベラ自身も足元がよく見えないはずだ。


「頭の――外したほうがいいと思う」

「ええ」

 言って、返事をされて、なぜか少しどきりとした。

「あ……ほら。飲み物で汚れたりするかもしれないから」

 少し言い訳がましいかもしれない。けれど我ながらまあまあの理由だと思う。


 ちょうどお湯ができたから、カモミールで淹れてリベラに渡す。

「ありがとう存じます」

 木のコップをリベラが両手で受け取った。


「あの。マノリア様」

「?」

「手が塞がってしまいましたので……」


 切り株に座って、焚き火に照らされているリベラ。両手でコップを抱えて、確かに塞がっている。

「あ――うん」

 私は膝立ちでリベラの隣に歩み寄った。


 すると彼女は少しだけ頭を傾ける。

「脱がせてください」

 ぱちぱちと焚き火の音が妙に大きく聞こえる。

「わかった」


 形を崩さないほうがいいんだろうか。

 頭全体を一度胸に抱くようにしてから、両手でリベラのヴェールを持ち上げていく。


 このままでいいのか――わからないまま単純に上へ。


 しばらくすると髪の毛が空気を含む音がした。ふわりと癖っ毛が下りる。リベラの髪の毛がこういう色と形とうねりなのは知っているけれど、間近で改めて見ると新鮮に感じた。


「――これでいいのかな」

「ありがとう存じます」


 ヴェールを軽く抱いているとリベラを抱いているみたいだ。形を崩さないようにと思っていたけれど、あっさりと腕のなかでひしゃげた。一瞬の甘い香り。


「荷物の上に」

「わかった」


 脇に置いてあるリベラの荷物ケースの上に安置する。


 それから振り向くと素顔のリベラがいた。


「いい香りですね。カモミール」

「そう、だね。私の分も淹れなきゃ」

「そのくらいならわたくしが」


 リベラが立ち上がり、私の分のカモミールティーを淹れてくれる。

 切り株のすぐ隣に座った。

 甘い香りが待ち遠しくて。焚き火を見ながら頭を寄せる。

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