07 それは罪だろうか
ベッドに寝転がって。ぼんやりと目を開けるとリベラが浮いている。
どうしたのあぶないよと思って手を伸ばす。リベラと手をつなぐ。ぎゅっと握ってゆっくり引き寄せる。片手だから力を入れすぎたら痛いかもしれない。
少し引き寄せてもう片手も繋いで。指を互い違いに組んで。離さないように――。
「……んん」
目を開けていたはずなのにもう一度目を開けた。
ベッドの上。私ひとりだ。
天井に手を伸ばしても誰もいない。
どうやら夢を見ていたみたいだった。
リベラを離さないようにと思って抱いた感触だけは妙に現実味があったから、夢なのかそういうことが本当にあったのかよくわからない――。
「リベラ?」
体を起こす。
この二日で見慣れた村はずれの空き家の光景。部屋には私しかいない。
外に出て、ヴェール姿を探す。
すぐに見つかった。
「リベラ」
遠くの木陰の下に佇んで何かを見ている。私に気付いて少し顔を上げた。
最初は歩いて。
でもなんとなく早歩きになって、最後は小走りになってリベラのそばに行って、同じように木陰にしゃがみ込んだ。
「何してるの?」
「何ということはないのですが」
視線の先には不自然な枯れ草と、黒くなった幹と根。振りまかれた呪いのせいかもしれない。
ただその痕を覆うように編み笠のキノコが生えている。
「大地の力ですね」
「……うん」
リベラがキノコに指先で触れる。編み笠のなかに小さな蟻も何匹かいた。
二人でなんとなく眺める。
「……こういうの見てるの、好き?」
「そうですね。好き、と存じます」
「うん」
リベラは今のところ浮いてないみたいだ。私に預けていた力が回復したのだろうか。
彼女のブーツの上に付いている草の切れ端を軽く手で払う。
それから頭を寄せた。
「……? どうかいたしましたか?」
「なにが?」
「いえ」
額が痒い気がしてリベラの肩に擦り付ける。
しばらくそうやってぼんやりとした時間を過ごしてから、私たちは村を見て回った。
呪いの主を倒したのだから、神官団と村に振りまかれた悪しきものは消えている。
村の人たちも私たちがしたことに気付いてはいるけれど、表立っては言わない。私たちも何も言わない。街の神官の顔を立てていたほうが都合がいいから。
ただ、あの
「リベラって、すごい神官だったんだね」
「……はい。ありがとう存じます」
謙遜しないのを心地よく思う。
神官団がのろのろと帰還の準備をしているのを眺めた。この調子だと彼らの出発は早くて明日だ。
「わたくしも、マノリア様ほどの剣士に出会ったことはありませんでした」
「うーん……。うん。ありがとう」
左の腰に差している長剣と短剣になんとなく触れる。昨晩のような祝福の力は感じない。邪を祓う力。
押し黙って考えるともなく考える。
結論なんて本当は最初から出ているのだけれど。
私は、私の目的のためにリベラの力が欲しいと思った。
「リベラ……いっしょに行かない?」
「――はい」
その返事は肯定のような間を置いただけのような、曖昧なものだった。
改めて考えてみるとどう言えば良いんだろう。
「どこか行きたいところがあるの?」
「そうですね。風の赴くまま」
「…………」
それってどういうことなんだろう。難しい言葉な気がする。リベラの奉じる旅と風の神様がそういう風に言うんだろうか。
私にはわからない。
「あのね。私にだって裏表はあるんだよ」
「? はい」
リベラはきょとんとしている。私はひとりで余計なことだけ言ってしまっているような。
裏表がある。自分のためにリベラのことが欲しいと思っている。それは罪だろうか。
「……リベラがいっしょに来てくれたら、私がうれしい」
「ええ。ではそのように」
「え? あ……うん」
勇気を出して言ったつもりだった。今までみたいになんとなく連れ立っているだけじゃなくて。
確かな何かが要るような……。約束とか。
「…………」
心が落ち着かない。何か、リベラにもっと何か、違う何かをわかってほしいと思ってしまう。だけどうまく説明する言葉を私は持たない。
「いっしょに、来てくれるんだ」
「はい。マノリア様がお望みならば」
むずがゆい。
リベラは本当にすごい神官だと思う。私以外の人なら、もっとその力を役立てることができるのかもしれない。私なんてたまたまここにいるだけで。
「――私が守る」
「……ありがとう存じます」
結局それしか言えなかった。
前衛で剣士だから当たり前のことなのに。
「あれ……ちょっと浮いてない?」
「ええ。少し。神の奇跡は気まぐれですから」
「大丈夫。これなら私も役に立てる」
リベラと手を繋いだ。
夢で見たのと同じように、指を互い違いに深く組んで。
良かった。
今まで心細かったんだ。
それは言って良いことなのかわからなかったので、私はただリベラの瞳を見つめた。
今朝の朝陽と反対の方向。夕陽が瞳を照らす。
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