第10話「なんで僕より長生きなの」
帰りの会が終わり、長かった一週間も休息を迎える。
あれから一時間もしないうちに、桃はケロッといつも通りの態度に戻ったが、乱火は授業が終わっても笑顔を見せず俯いたままだった。
さて、これから俺はどうしようか。今朝の三人はそれぞれに友人がいるし、部活もあるだろうから俺みたいに暇ではないだろう。
帰宅の準備をする者もいれば、部活に向けて急いで教室を出ていく者もいる。
その中で、目の前の席にいるさほど急いでいなさそうな男子に声をかけた。
「
「おお真偽、どうした?」
彼の名前は
それに彼と話しやすい理由の一つに、彼自身の趣味嗜好にある。
何より修也は心霊現象を一切信じていないのか、七不思議の話になったときも話題に加わらず、黙々と勉強していたのを目にしている。
「誰かとバスケやりたくてさ、近くの
できるだけ自然体で遊びに誘ってみたが、何やら修也の反応はいまいち乗り気じゃなさそうだった。
訳を尋ねると、修也は誰かに視線を送る。
視線の先に立っているのは
授業中であろうとイヤホンを常に着用しており、マイペースな雰囲気を纏っている少女。一人で本を読んでいるイメージが強かったため、こことの繋がりがあったことは少し意外だった。
沙織は俺の顔を見るや否や、事情を何となく察したのか俺に話しかけてくる。
「真偽だっけ。実は沙織たちで
「あーそっか。ごめんね修也。また今度」
「なんでね? 真偽も来なよー、のぞみーの家広いから全然気にしないって!」
そう言うと沙織は俺の手を取り、他の友人たちを呼んだ。とんとん拍子で話が進んでいく様子に沖縄らしいコミュ強っぷりを感じる。
……何だか嫌な予感がする。まるで誰かに見られているような、感覚。
「ところで、みんなは何して遊ぶの?」
それが杞憂であれば良いなと願いながら、修也に予定を聞く。
「あー、もしかして真偽は知らないんだっけ? 沙織さ、動画投稿頑張ってるんだよねー。今日は、最近噂になってる都市伝説の調査をしようと思ってさー」
「都市伝説?」
「そう、俺も正直信じてないけどさ。沙織がやるって言うならやるしかないからね」
ああ、やはり呪いは例外なく憑いてくる。俺がいくら逃げようとも、行く先々に現れて不幸を振りまく。
だとしても、俺は逃げない。元を辿れば俺のせいで招いた呪いだ。だったら俺も同行して――
「あら、鞠井君。どうしたんですか? すごい汗かいていますけど」
「ええっ、本当じゃん! 環境が変わって疲労が溜まってるのよー、今日は遊ばないで、家で寝なさいねー!」
さっきまで姿を消していた紫鏡が唐突に現れて、俺の顔色が悪いことを指摘してきた。
たしかに、転校してきてから毎日のように走り続けてきたからか、いつもより身体が火照っているような気もしてくる。
素直に従って、今日は休んで来週頑張ろう。
「また後でねー」
「明日部活が終わったら遊びに行こうぜ。連絡するから見てくれよなー」
そう言って沙織たちは列をなして教室の外に消えていった。残っている生徒も少ない。俺もさっさと帰宅して身体を休めるべきか。
鞄を背負い、教室を後にしようとすると、扉の前に紫鏡が立ちはだかった。
「紫鏡さん、そこどいて。俺もう帰りたいから」
「帰る? はて、何故でしょう?」
「何故って……体調が優れないんだよ。だから早く――」
「――
殺気を帯びたおぞましい眼光で睨まれ、思わず全身の筋肉が硬直する。
体調は良好、身体に疲労感も残っていない。まるで操り人形のように身体が動き、気付くと俺は自分の席に戻っていた。
「今日はここで話そうね」
背筋を伸ばしながら紫鏡が左隣の席から囁いた。
俺は無心で時が経つのを待ち続けた。
帰りの会は十六時半だったから、大体三十分は経過しただろうか。
横でゴソゴソと音が聞こえたかと思えば、紫鏡はスマートフォンを横にしてある映像を見せてきた。
「ちょっと、鞠井君。何ぼーっとしてるんですか? ほら、画面を見てくださいって」
「これって……沙織さんと修也?」
画面には沙織と修也を含む五人の姿が映っていた。どうやら動画投稿をすると言っていたが、今回は生配信を行うようだ。
「はいたーい! 『ウエサリチャンネル』でーす! みなさんは『なんで僕より長生きなの』という都市伝説を知っていますか?」
こなれた口調で話す沙織。それを周囲の四人は黙ってその光景を眺めている。
一番隅で辺りをキョロキョロしている
「あら、壊れてしまったわ」
「紫鏡さん音量ボタン押してるよ」
紫鏡が慣れない手つきで触りまくるものだから、まともに彼らの配信を視聴することができない。
そっと彼女の手からスマートフォンを取り上げて、背後に付いているスマホリングを半開きにして固定した。
「で、この都市伝説はどんなもんなの」
単刀直入に修也が沙織に尋ねる。配信内だと彼が質問役を担っていそうだ。
「まずはこれをご覧くださいー!」
「……スマホアプリ?」
「そう、『ミャオウセンス』っていうアプリ知ってる? 海外だと今すごく人気ねー!」
聞いたこともないアプリを片手に沙織は解説を始めた。
「このアプリは動物の鳴き声を翻訳してくれるアプリ! 犬でも猫でも蛇でも亀でも、どんな鳴き声でも翻訳できるアプリなんだよー」
アプリの作りはかなりシンプルなものとなっており、良くも悪くも有名どころが出したものではないことがわかる。
「だけどね、これには怖い噂があるさー。年を取ったペットに使うと、『なんで僕より長生きなの』って翻訳される……って噂」
沙織がそう言うと、画面端から小さな悲鳴が上がった。悲鳴を上げたのは、この部屋の持ち主である
彼女には強い印象を抱いたことはなかったが、ただ一つ俺にも印象に残った部分がある。
それは、彼女が授業の合間に必ずと言っていいほど机に突っ伏して眠っているところだ。
普段から眠たそうな目をしているが、今回ばかりは不安に満ちた表情で沙織の顔を見つめていた。
「のぞみー大丈夫よ。どうせ嘘だから」
「なんでねー? 絶対ほんとさー」
「びびらさんけー。のぞみーの顔色しに悪くなっとるよ」
涼介と修也に宥められ、望は渋々画面の外に出ていく。
そしてすぐに二匹のペットを連れて彼女は部屋に戻ってきた。
「犬二匹も飼ってんの? でーじ可愛いさー」
「トイプードルだあー名前は何ねー?」
「こっちの白い方がマシュで、そっちの小さい方がマロ」
ペタペタと地面を歩く二匹の犬を見て、思わず俺も見入る。ペットを飼ったことはないが、小動物は結構好きだ。
ただ、俺の隣で見ている紫鏡はさほど興味が湧かないようで、無表情のまま沙織のスマートフォンに映っているアプリを凝視していた。
「ねえ、鞠井君。あなたはこういう得体の知れない都市伝説を信じたりするの? 私には誰かが考えた作り話にしか思えないのだけれど」
「え? そりゃあ……昔からあるお話は何となく信じちゃうけど、最近できた噂話は嘘の方が多いかなって思ってる」
今回の都市伝説は所詮スマホアプリ。機械側の故障かもしれないし、製作者に意図的に仕組まれたものかもしれない。
仮に実際に起きたエピソードがあったとしても、それは偶然でしかないと思うし、何か実害があるとは思わない。
だから俺も、何となくクラスメイトの会話を盗み聞きする感覚で配信を見ていたのだ。
「じゃあまず、若い方から試そうねー。マロちゃーん」
沙織は自由に歩き回っているマロを捕まえ、口元にスマートフォンを近づけた。
マロのか細い声が配信に載る。きゅっ、とかみゅっ、とかそんな感じの鳴き声。
「あ、翻訳されたねー。見て、『楽しい!』だってー」
「おーしに上等やし」
「これてーげーじゃないか?」
最初は何の変哲もない答えが機械音声と画面に表示された文字で返ってくる。続いて、マロを手放すと沙織はよたよたと歩くマシュを捕まえて、再び口元にスマートフォンを押し付けた。
「……人懐っこいねー、無反応だ」
「マシュ! 声出してー」
どんな体勢で抱きかかえようとも、マシュはうめき声の一つすら上げない。
このままでは放送事故になってしまう――沙織はそう考えたのか、少々乱暴に持ち上げてどうにかリアクションさせようと色々と試し始めた。
飼い主の望や、無言で見つめているだけの恵流なんかも心配そうに傍観している。
やがて、修也が横暴を止めようとした瞬間に、マシュがワンワンと吠えた。
沙織はすかさず翻訳アプリを停止し、これがどうやって翻訳されるのかに釘付けになっている。都市伝説にのめり込むあまり、配信していることを忘れてしまっているのかもしれない。
が、彼女はいきなり肩を落とし、落胆した表情を見せた。
「……なんだ、失敗か。今鳴いてたよね? 読み取ってくれなかったかー」
「さ、沙織! マシュが怯えてるから、ゆっくり降ろして?」
「え? あーごめんね」
はっとした顔をして、沙織は正気を取り戻した様子で座り込む。その後、マシュにアプリを何度も試していたが、一度も反応しないまま配信は終わりを迎えようとしていた。
「あ、ちょっと待ってて!
締めに入ろうとしていたときに、望はドタドタ足音を立てながら部屋から飛び出した。
配信の音量を上げると、映像には映ってない遠くの泣き声が小さく聞こえる。
そういえば、望には去年生まれたばかりの妹がいると聞いたぞ。いわゆる黄昏泣きというやつだろうか。
望が赤ん坊を抱きかかえながら近寄ってくる。泣き声と彼女の足音が少しずつ大きくなっていく。
「うわああああああああっ!」
「ちょ、やばいって!」
「きゃあああああ!」
いきなりの出来事だった。画面に映されている三人が大声を上げて喚きだした。
「ちょっとうるさいですね」
躊躇なく紫鏡はスマートフォンの音量ボタンを押して音量を下げる。
「何が起きたの、これ……紫鏡さんは何かわかる?」
「そうね、沙織さんを見たら何かわかるかもしれませんよ?」
そう言われて、俺はじっくりと彼女を見つめて……すぐに理解した。
しかし沙織自身は何が起きているのか理解できていないようだ。というのも、彼女はイヤホンを装着しているため、音が一切聞き取れていないのだ。
声がスマートフォンの中で響き渡る。無機質な音声が阿鼻叫喚とする映像の中で、延々と流れ続けた。
「なんで僕より長生きなのなんで僕より長生きなのなんで僕より長生きなのなんで僕より長生きなのなんで僕より長生きなのなんで僕より長生きなの……」
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