第4話 しゅわしゅわ

 間接照明で薄暗い空間に、想い乱れる男女三人がテーブルに座っている。

 テーブルの上にある小さいキャンドルライトの近くにメニューを寄せて、目を細めながら

「いつものところで良かったのに。個室じゃないと落ち着かん。」

 と、気だるそうに言い放つかい

「え~?いつもの店の個室でもいいけどさ、男二人に囲まれたら世羅せいらちゃん怖がるだろ?」

「ハッ。こいつが怖がるタマかよ。あ、俺ハイボールね。」

「「じゃあ俺も同じで。」

「メニュー見なくていいん?」

「二杯目から見るわ。」

「お前変なところでズボラだよな。…ホラ、20秒以内に決めろ。」

 海は広げて持っていたメニューを畳み、向かいのソファーにひとり座っている世羅へ向けて思いっきりスライドさせた。

「わっ!っととと。ちょっと海、ちゃんと渡してよ!」

「ケッ。腑抜け顔でボーッとしてるからだろ。」

「………。」

 数種類のソフトドリンクメニューに目を落とす。

「せいら、ジンジャエー…」

 言い終わる前に、海がテーブルの上にあるベルのボタンを勢いよく押した。世羅はその挙動をジッと見て、なんでこの人はいちいちセカセカしてるんだろう。乱暴だし。と、不満げに海を睨むが、そのまま言い返す気力はなく、再びテーブルへ虚無の視線を戻した。

「そういえば世羅ちゃんさっきから元気ないね?なにか悩み事?」

 優しい視線を世羅に向ける浄士じょうじだが、世羅の胸中は彼のように穏やかではいられない。

 悩み事?…それはあなたなのに。

 言葉に詰まり、無意味にテーブルの表面に向かって視線を左右に滑らせる世羅。

「クソガキの悩みなんて宿題終わらんくらいだろ。」

「うるっさいな!そんなんだから海に彼女いないんだよ。」

「彼女いないんじゃない、作らないの間違い。」

「はーんどうだか。」

「俺と並んで耐えうるビジュアルの女なんかそうそうおらんだろ。そういうことだよ。」

「うわ、最低。」

 海のぶっきらぼうな会話のキャッチボールのおかげで、なんとか弾みがついた世羅。

「あ、あの!浄士さんって…どうして彼女いらないんですか…。」

 この流れで聞いてしまえ!と思い切った世羅だが、段々と弱々しい声になっていく。

「え、俺?…うーん。この歳になるとさ、一から恋愛するってしんどいんだよな〜。それにさ、彼女になるとボーダーラインを超えられる理由になるのが嫌っていうかさ…。まぁ、俺みたいなのは特殊だから気にすることないよ世羅ちゃん。」

 おそるおそる想い人に向けた世羅の視線は、少しばかり目を見開いたまま止まってしまった。

「こちらハイボール2つとジンジャエールでーす!」

 ドンドンとジョッキがテーブルに置かれていく。ジョッキが横並びになっていく様は、まるで浄士と世羅の隔たりを作っているようで。

 世羅は勢いよくジョッキを奪い、ぐびぐびと一気に飲み出した。

 海と浄士も飲み物を口にする。

「うっっす!全然アルコールの味せん!ケチって薄めとるんか?」

「えー?俺のは別に味普通だけど。」

「どれ貸してみ。……ホントだ。」

 そういえばさっき飲んだやつの味…と、海が思い返すと同時に世羅がスッと立ち上がった。

「はへひへほひらら。」

「…!?」

「世羅ちゃん?」

「ひひへらられにゃ。」

 世羅、浄士のジョッキも奪い、またしても飲み干す。

「おい、待て!お前まさか…!」

 海による阻止は届かず、浄士のジョッキを飲み干した瞬間、ドタッと上半身を机に突っ伏して力尽きた世羅。

「世羅ちゃん!?世羅ちゃん!!」

 焦る男二人をよそに、ふわふわと夢心地の中、世羅の頭の中で浄士の言葉が虚しく響いている。

 ぷつぷつ消えゆく泡のように、せいらの恋心も無くなっちゃえばいいのに。

 それでも、お揃いのココナッツの香りに包まれると安心して目を閉じてしまうのだ。



 なんとか落ち着いたが、まだフラフラの世羅。

 保護者の千陰ちかげに頼れないなか、近辺のホテルに泊まらせようと、3人でホテルに向かう。浄士は世羅をおんぶしている。


 世羅、だだっ広いスイートルームのフカフカなベッドに横たわる。

 すーっと全身を包み込むように沈んでいく感触が心地よい。

「世羅ちゃん、気分どう?水飲める?」

「…んー。」

 眠気が勝っており、意識はあまりない。

 浄士は世羅の横たわるベッドの傍に立ったまま、彼女の様子を心配そうに見つめる。

「1人にさせるのもなー…。どうする?舞子まいこでも呼ぶか?」

 浄士が右手に持って操作しているスマホをグッと押さえつける海。

「なんでそんなめんどくさいことすんだよ。いい、俺が残る。」

 そう言うと、静かにベッドに腰掛けた。

「は!?」

「俺がこいつといるって言ってんだよ。浄士は帰れば。」

「…いや、でもさ」

「酔っ払いの看病なんて慣れてるし。なに?それともおまえが残りたいわけ?」

「別にそういう訳じゃないけど…。なに怒ってんだ?」

「怒ってない。」

「はぁ…。わかった、俺も一緒に泊まって様子見るよ。それならいいだろ?」

 海、思わず本音を突き出しそうになるのを堪えて、

「あっそ。好きにすれば。」

 と、浄士を突き放すように返事を投げた。

 よくねーわ、ボケ。


 それから世羅はスヤスヤと夢の中へ落ちていった。

 世羅の様子も落ち着いたので、ホテルの部屋にある風呂場でシャワーを浴びている浄士。

 一方、海はベッドに座って世羅の寝顔を見つめている。

 世羅が投げやりのような態度で、自分たちが注文した酒を一気飲みした心情はおおかた察しがついていた。クリッとした目を力強く閉じながら、初めて喉に流す味で全てをかき消したい想いがこの男にだけいたく伝わっていた。

「……俺のこと見ろや、世羅。」

 そう力なく呟く海だった。聞いている者は誰もいない。

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