EP 3
規格外の愛情
クラウディア家の長男、アルマとして生を受けてから数日が経った。
俺の生活は、もはや完全に赤ん坊のそれだった。母マリアの美味しいおっぱいを飲み、眠くなったら眠り、そして最強の両親に代わる代わる溺愛される。その繰り返しだ。
(羞恥心は……初日で捨てた)
30歳外科医のプライドなど、この規格外の愛情の前では塵に等しかった。
そして今日、俺は新たなカルチャーショックを受けることになる。
「さぁ、アルマちゃん。世界樹の雫のお風呂ですよぉ」
マリアが俺を優しく抱き上げ、木製の大きな盥(たらい)へと運んでいく。盥の中には、湯気の立つお湯が張られていたが、ただのお湯ではない。淡い翠色に輝き、生命力に満ちた森のような、清々しい香りを放っていた。
(世界樹の雫……? なんだそれは。樹液か何かを混ぜた薬湯の一種か?)
前世の知識では解析不能なファンタジーワードに戸惑っていると、マリアはにこやかに続けた。
「これでぐんぐん成長してね、アルマちゃん」
そう言って、彼女は俺をそっとその輝くお湯の中に入れる。
その瞬間、衝撃が走った。
(なっ……!?)
温かい、というだけではない。まるで全身の細胞一つ一つに、凝縮された生命エネルギーが直接注ぎ込まれていくような感覚。体の芯から力がみなぎり、まだ未発達な赤子の肉体が内側から活性化していくのが、外科医だった俺にははっきりと分かった。
(気持ちいい……! 身体中に力が湧いてくるようだ。なんだこれは、ただの風呂じゃない。一種のエンチャントか、あるいは高度な細胞賦活治療か……)
あまりの心地よさにうっとりしていると、部屋の扉が豪快に開き、父リドガーが顔を覗かせた。
「おっ、アルマ、いい湯だな! 俺も昔よく入ったもんだ!」
彼はガハハと笑いながら、とんでもないことを口にする。
「これで金貨100枚は失ったが、アルマのためだ! 心配するな、可愛い息子のために毎日用意してやるからな! アルマ!」
(……きんか、ひゃくまい?)
俺の思考が、今度こそ完全に停止した。
この世界の通貨価値はまだ正確には知らない。だが、金貨という響きからして、それがとんでもない大金であることは想像に難くない。それを、赤子の沐浴のために、毎日……?
マリアはそんなリドガーの言葉に、当たり前のように微笑んで頷く。
「ええ、もちろんよ。アルマのためなら、何でもしてあげるわぁ」
夫婦は二人、幸せそうに俺を見つめている。
その笑顔は一点の曇りもなく、ただ純粋な愛情だけで満ちていた。
(……よく分からんが、ありがたい)
金銭感覚はまったく理解できないが、両親の途方もない愛情だけは、ひしひしと伝わってくる。
どうやら俺は、とんでもない家に生まれてしまったらしい。
前世では考えられなかった奇跡のような湯に浸かりながら、アルマは自身の規格外な第二の人生を、改めて実感するのだった。
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