見上げる空は何色か

見上げる空は何色か

―――二〇二三年、十二月二十一日―――

「面とれ!」号令がかかると同時、俺私が先だと皆一斉に慣れた素早い手つきで、面紐をほどき始めた。


横一列に並んだ部員の口々から、疲労をいとう声が聞こえてくる。


少し遅れて、自分も外した面の中へ汗で湿った手拭いを放り込んだ。


黙想を挟み、最後は『不撓』と刻まれた深緑色の部旗に礼をして、その日の稽古を終えた。


防具をつけての稽古に参加し始めて数ヶ月。


技術はまだまだ足りないが、体力面では大分ついていけるようなったのを嬉しく思う。


「ありがとうございました!!」


先輩に挨拶をして、クッッソ冷たいコンクリートの地面を素足で走り抜ける。


部室に飛び込み、畳の上に脱ぎ散らかした「|晴山せいざん高校剣道部 鳴島 涼なるしま りょう」と刺繍の入った袴は、力押しにトートバックへ詰め込んだ。


スマホを開いて、今さっき古文の補修を終えたであろうあいつに、

「玄関で待っててくれ」と連絡を入れて

今度はポケットにイヤホンとスマホを捻じ込んだ。


荷物を確認した後、無駄に重く錆ついた鉄扉を開いて外に出る。


屈んで履くことを面倒がったせいで、入学祝いに貰ったスニーカーの踵は随分黒ずみ、ボロついてしまった。


狭隘的な剣道面から解放され、澄んだ空気を取り入れようと夜空を見上げつつ深呼吸。


鼻腔を冷えた感覚が通り抜け、そのまま吐き出した息が白く色づく、当たり前だ。


冬至まっさかりのここ滋賀県は、「試される大地」とか言ってPRされていた地元には勝てないが、比べてもかなり寒い。


こんな環境でストーブも付けずに運動とか、

本当どうなってんだこの部活は。


今住んでいる地域は比較的マシだと聞いたが、北の方は凄まじい量の降雪に毎年頭を悩ませられているらしい。


「今年はもう降らないのかなぁ、俺としてはどさっと積もってくれたらテンション上がるんだけど」


見上げたその目線をもっと奥に向けてみる


「…なんか空赤っぽい…?」


よく見えるわけではない。なんとなく自分の記憶にある冬空よりそんなふうに見えたと感じて少し考えたが、

「まっ元からこんなだったか。ささ、キレられる前に向かいますか」


武道場からやっと出てきた先輩達が、駄弁りながら着替えているのを横目に、玄関へと向かった。


その途中で、ひらひらと袋口からはみ出た帯が雪で濡れた地面をっていた。


気にせず突っ込み直して先へ歩く。


「待たせたな」


「それ言って許されんのスネークだけな、はい部活乙」


缶コーヒーを投げられ、瞬間にキャッチする。


校舎の自販機で買ったばかりなのだろう。

まだとても温かく、熱いと感じるぐらいだったが、冷えた手先には丁度よかった。


倉本 平くらもと ひら

中学からの仲で俺が帯広から越してきて、

多分初めにつるんだヤツ。


部活は校内新聞部、手先が器用なやつで口も立ってバシバシ仕事をこなすから、部内での評価も高いらしい。(本人談)


同じ死にゲー「Vendead」の民として意気投合したのがきっかけで、

今でもオンラインボス攻略したり

お互い徹夜の限界状態の中タイマン殺し合い

する友人である。


「そっちも補習乙、待たせた挙句土産までもらって悪いな」


「前に奢ってくれた時の貸しな、別にそんな待ってねえし、寒いから早く駅行こーぜ」


カシュ、っとプルタブを起こし貰ったコーヒーを飲みながら横並びで歩き始める。


中学生も利用する通学路なのにも関わらず

街灯は少なく、道沿いのコンビニや通りかかる車のヘッドライトが、代わりに道を照らしていた。


クリスマスを控えた今の時期では、イルミネーションで煌々と外壁を飾っている家のおかげもあって、暗いとは思わない。


お互い疲労していたからか、無意識にいつもは弾む会話も今日に限っては静かだった。


その微妙な空気感に耐えかねた自分が口を開く。


「補習で何教えてもらってたん?」


「教えてもらったっつーか、

中間範囲のワークから適当に問題刷った

プリントをほぼ自習みたいな状態で解いて、

終わったもんから解放って感じよ」


「なるほど、俺の部活終わりとタイミングが被ったっつーことは結構手こずった感じね」


「まぁな、意外と時間食ったけどそれだけだって、これで学期末は余裕だね」


「それ前にも聞いた気がするなぁ!ほんっっとうに大丈夫なんすかぁ、倉本さん?」


「うっさ、そう言ってるけどぉ、鳴島さん。今回“も“数I 赤点ギリギリの淵でもがいてるんじゃなかったですっけぇ?放課後補習部入りも近いっすね」


ニタニタと皮肉を込めた笑みでこっちを見ている事が、夜でもさっきの空と違いはっきりと分かった。


この日本言語文化に埋められし亡者が。

そこを突かれたら何も言い返せないんだよ。


「数学なんて将来使わないから必要ないんだよ。そうそう、俺は一生“数が苦“で生きていくって中二ん時に決意したんだ」


「ワロタ、俺は“数楽“の世界を生きてるから

お前みたいな重症数学アンチの考えは

わかんねーわ、だっはっは」


コイツはいつか、打ち込み台に括り付けて俺の成功率2パーの胴の練習台にしてやるぜぇ…

二年ぶりの決意を胸に決めた。


気掛かりだったのか、隣のへらず口にも部室前で感じたことを問いかける。


「そういやさ、なんか最近空若干赤くない?」


少し間をおいて返答が返ってきた


「それ、俺も気になってたんだよね。

うちの部活でも話題に出てたから、記事のおまけ程度に使えればラッキーだと思って、

個人的にネットで調べたんだけど…」


この感じた違和感は、自分だけのものではなかった。


思い返してみると、剣道部の先輩や、HRのクラスメイトも似たようなことを口にしていたような気がする。


ここ数年、急にとんでもない雨が急に降ったと思ったらパタっと止んだり、バカみたいに暑かったりで、何か異常気象的なものが関係しているのかもしれない。


でも、そういったもので『空=青』なんて常識が変わるものだろうか。


「…おい、続き話してもいいか?自分から振ってきた癖にぼうっとして」


「悪い、続けてくれ」


「ん、それであの空、マジに月を重ねるごとに少しずつ赤くなってってるぽいわ。」


「……マジで?」


「大マジ。ほれ、ここ二ヶ月間の天気予報で映った空を俺の魔法(ただの携帯編集アプリ)で繋げた動画」


動画スタートの十月上旬から十二月までで、ぱっと見はわからない程度に、青い空がろくに開いていない単語帳の、赤シートをかざしていくよう、早送りの映像に合わせて段々赤くなっている。


「実はお前が作ったフェイク映像でした〜的なオチだよな?」


「残念ながら、そんな地震の時にライオンが檻から抜け出した〜とかってホラ吹くオオカミ少年的展開ではないんだよぁ」


「いっそオオカミ少年でいてくれた方がマシだったな。」


「間違いない。」


続けて質問を投げかける。


「そっか...あ〜じゃあさ。

なんか、あの空のせいで病気になった〜

みたいな健康被害と、原因の目星ってついてたりする?」


「見た感じは両方スカだったかなぁ。まぁ、空が赤っぽいだけで実害なくてもな感じはするけど」

 

 違いない。


「……………」 「………………」


「謎いな」  「そうだな」


「ということは、アイツが言ってたことは眉唾じゃなかったんだなぁ。やべぇ、またキレられる」


「あいつ……?あぁ真田さなださんか、あの人キレたりするんだ」


「外ヅラだけならそう思うかもな、ありゃ鬼だ鬼」



 話は数週間前に遡る



「_あっぶねぇぇぇぇ!!乗り遅れるとこだったぁぁぁ!」

 

朝には強い方だからと言って無闇に徹夜はするもんじゃない。


提出物が完成しても、提出できずポシャったら意味ナシだからな。油断禁物・・・


そうして全力ダッシュで切れた息を整え、視界を前にやると、小説を読みながら眼鏡のレンズ越しに、自分をずっと低レベルの存在と言いたげな目で見下す存在に気づいた。


 「ふっ…朝から元気だね。」


「これはこれは、どうもおはようございます真田永奈さなだえなさん〜今日はいい天気でございますわね〜」


「きも」


うっ、会話選択ミスったか。気を取り直して


「うるせい、隣座ってもいいか?」


「どうぞ」


ため息をつきながらどかっと電車の座席に腰を

下ろすと、横から何か差し出された。


「食べる?」


見るとそれは「しるこ飴」と記された、包み紙の両側が捻じって閉じられているタイプの飴菓子だった。


「さんきゅ」と返事を返してそれを手に取り包みを解いて口に放り込む。


「お前昔からこの飴好きよな、よく飽きないもんだ」


目線は文章を追ったまま、返事が返ってきた。


「美味しいものをどれだけ食べようが、私の勝手でしょ」

少しキレ気味に、目を細めながら真田は鳴島に視線をやった。


「別に悪いなんて一言も言ってねぇよ、これうまいし」 


「箱単位でストックしてるんだっけ?おかげで俺も実質食い放題だな」


「ストックの事、学校の誰かに話したら殺すから」

 

ほ〜らおっかねぇ、あと一歩踏み込んだら薙刀が飛んでくるな、これは。


そうしているといつの間にか、隣の物騒な女は視界を本から車窓の景色に移している。


「…なんかさ」


「若干、血みたいな赤色が混ざったように見えない?空の色」


「あぁ? んー……」じっと空を見つめてみたが、そのようには見えなかった。


「見えん!!勉強しすぎなんじゃねーの?」


「…貴方の疲労感ゼロの目が言ってるんだったらそうなのかもね、私の勘違いだったわ 忘れて。」


「おい、お前今サラッと失礼なこと言ったよな!?昨日は徹夜で_」


そんなことを言っていると車内スピーカーから『間も無く河瀬、河瀬です。お出口は右側に……』と目的地を告げる言葉が聞こえてきた。


例のなぎなたブン学系眼鏡との会話はこんなものだったと思う。


話していると時間の流れは早く感じる。

自分たちはいつの間にかもう駅に着き、

改札を通ってお互い反対側のプラットホームに向かって行った。


「んじゃ、また明日な〜」


「おう、じゃあな」


 一駅分の電車に揺られ、平と別れてからは一人で音楽を聴きながら歩いて帰った。


風呂に入り、飯をかき込んで、適当に明日の予習を済ませたら眠くなったのでその日はいつもより早い時間に床に着いた。


布団の中で話題の赤い空について勘繰っていたが「赤い空ってvendeadの特殊ステみたいだな、敵とか出てきたらどう戦おう」っていうクソみたいな妄想しか出てこず、「自分が考えたところで無駄」と結論づけて直ぐに目を閉じた。

 


―――「世界の交差」まで後四ヶ月―――


 

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