第18話 逃げ出しました

  ◇◆◇



 ……少し前。


「もう仕掛けるの? ウルフ君」

「ああ。……気は乗らないが、やらない訳にもいかないからな」

 魔王の配下ウルフとダークは、交易都市サンライ南門の前にいた。このまま門を潜ればサンライに入る。

「手筈は?」

「門を潜ったら、目についた奴を片っ端からぶっ殺す。都市の中央に着いたら都市を消し飛ばす。これでいいだろ」

 物騒な会話をしながら、二人は門を潜る。都市の中に入ると、二人は雑踏に紛れてしまう。

「さて、やるか」

 ウルフが呟くと、彼の姿が変容する。体中から大量の毛が生えて、筋肉が膨れ上がった。頭の形も変わり、耳は頭頂部へ動いて、鼻と口が前方に迫り出す。彼の名前通り、狼のような姿に変わった。二足歩行しているので、人狼と呼ぶ方が適切か。

「うん。お仕事お仕事」

 すると今度は、ダークの両手に刀が出現した。鞘に収められた二振りの刀が抜き放たれ、宙に浮かぶ。

「何だ、こいつら?」

「こんな往来のど真ん中で武器抜いて、どういうつもりだ?」

「ねえ、あれってもしかして魔物?」

 そんな彼らに、周囲の通行人が注目する。交通量の多い大通りで武器を抜いたり人狼化したら当然である。

「おらよ」

 ウルフが右腕を振るうと、近くにいた少年の首が両断され、頭が地面に落ちた。残った胴体から血が吹き出し、周囲を紅に染める。

「な、な……!」

「きゃあぁぁぁーーー!」

 彼の凶行に、足が竦んで動けない者、悲鳴を上げる者、逃げ出す者など、辺りの人間が様々な行動を取る。

「何しやがるてめぇ……!」

 そんな中、片手剣を抜いた少年がいた。恰好から推測するに、冒険者だろう。

「はーい、大人しくしようねー」

 しかし、果敢にも立ち向かおうとした彼は、ダークの操る刀によって、体を縦に両断されてしまう。断末魔の声すら上げることは叶わなかった。

「逃げる奴は深追いしなくていい。立ち向かってくる奴を最優先だ」

「了解ー」

 そうして、惨劇が始まった。



  ◇◆◇



「どうする?」

「逃げ一択だが……反対側に逃げるのは悪手だな」

 人狼が出現して、俺は刀に手を掛けながら対応を思案していた。……都市の中央に向かって逃げる予定だったが、逃げ惑う群衆がそちらへ行ってしまったのでその選択肢は取れない。将棋倒しになって圧し潰されるか、あの魔物に背後を襲われて終わりだろう。

「裏路地に入って南門から出るのがベスト。けれど、土地勘がないからな……最悪強行突破するか。いや、いっそ隠れてた方がいいか?」

 となれば必然、南門を目指すしかない。裏路地に入って隠れながら移動したいところだが、袋小路に入って身動きが取れなくなるリスクを考えると微妙ではある。とはいえ、隠れている間に騒ぎが収まるだろうから、とりあえず裏路地に入るのも選択肢ではある。

「何だ、あの魔物……? とにかく行くぞ、お前ら!」

「「「おう!」」」

 すると、群衆の流れに逆らうように、人狼に向かって行く冒険者の姿が。あいつらが倒してくれれば話は早くなるな。

「なっ……!」

 だが、その期待は一瞬で裏切られた。武器を構えていた冒険者パーティが、人狼に近づいた瞬間にやられたからだ。しかも、首を刎ねられたり、胴体が真っ二つになったりと、かなりのオーバーキルである。

「あれって……」

「まずいな……隠れて対処できる奴らじゃないぞ」

 普通の冒険者は俺たちより明らかに強い。そんな奴らがなす術もなく瞬殺されたのだ。事態が収拾される見込みがなくなった以上、隠れていても根本的な解決にならない。奴らに見つかったらその時点で終わりだ。見た目通りの狼なら嗅覚も優れているだろうし、残党狩りをされない保証はないし。

「じゃあ、強行突破するって言うの?」

「それが一番現実的な気がしてきたな」

 隠れていても緩やかに死を待つだけになりかねない。となれば、死ぬ確率は高くても助かる確率もまた高い選択肢―――強行突破を選んだ方がマシだ。何より、分かっている破滅に甘んじるのは、俺の性に合わない。

「行くぞ、アスモ。攻撃はしなくていい。お前の能力で隙を作って、その間に脇を抜けて門から外に出る」

「了解」

 群衆は減ってきた。今なら、走って人狼の傍を抜けられるはずだ。

魅惑幻影アリュールイリュージョン

 アスモの能力で幻影が生まれ、人狼の前に現れる。人狼が腕を振るうと幻影は消えたが、これで奴の注意が逸れた。

「走るぞ……!」

 その間に、俺とアスモは通りの反対側から南門を目指す。こちらに気づきそうになったらまた幻影で意識を逸らし続ければいい。

「えーい」

「っ……!」

 しかし、攻撃の気配を感じて俺は立ち止まり、右手で刀を少しだけ抜いて刀身で受け止める。攻撃の正体はこちらも刀だったが、使い手の姿がない。

「あれ? 受け止められちゃった……冒険者だと思ったんだけどなぁ」

「お前は……」

 しかし、使い手らしき人物はすぐに見つかった。人狼から少し離れた場所に立つ、金髪の少女。彼女には見覚えがあった。

「あ、さっきの人たちだー。また会ったね」

 そう、この少女は先程宿場町で昼食を共にした人物だった。ということはまさか、この人狼は―――

「よう、お二人さん。まさか本当にまた会うとはな」

「マジかよ……」

 人狼が野太い声で馴れ馴れしく話し掛けてくる。声は変質しているが、やはりあの時の男か。魔物かと思っていたんだが。

「ここで会っちまったかぁ……残念だな。あんたらは嫌いじゃなかったんだが」

 気さくに話し掛けてくる人狼の男。その周囲に広がるのは、冒険者のものと思われる死体。この惨状を作り出した本人が、ここまで気軽に出来るのか。俺だって倫理観がまともじゃない自覚はあるけど、ここまでじゃないぞ。

「い、痛いよぉ……」

「うぅ……」

 いや、この惨状の中、生き残っている者がいた。青髪の少女や、茶髪で顔の彫が深いおっさんなど、冒険者ではなさそうな人間だ。体のあちこちから血を流しているが、致命傷には至っていないようだった。

「やっぱ、NPCは殺しにくいな……」

「だねー」

「ぎゃっ……!」

「ぐはっ……!」

 だが、そんな彼らの命も潰える。人狼が青髪少女の背中を踏みつけて背骨をへし折り、金髪少女が手を振るともう一本の刀がおっさんの首を貫いた。

「……?」

 そんな彼らの行動に、不快感よりも違和感を覚えた。だが、その正体を探っている余裕はなかった。

「そっちもさっさと片付けろ」

「そうしたいんだけど……この子、NPCにしては戦えるんだよね」

 何せ、俺の方にも刀が迫っていた。宙に浮いてる刀が、俺の刀と鍔迫り合いを繰り広げている。

「仕方ねぇな……」

「っ……!」

「おっと……!」

 頭の後ろを掻きながら人狼が動こうとするが、アスモの銃撃が足元を穿ったために途中で止まる。とはいえ、あんまり銃弾にビビってる様子がないし、まともにやり合うのは得策じゃないだろう。

「アスモ……!」

「ええ……!」

 俺は相手の刀を押し返して、自分の刀を抜きながら門へと向かう。アスモも銃弾をばら撒きながら俺に続いた。

「逃がさないよ」

「ちっ……!」

 金髪少女が操る二振りの刀が俺たちに迫る。幸い、人が握った時のような膂力はないので、押し返すのは困難って程じゃない。とはいえ、攻撃を防ぐたびに足を止められるのは厄介すぎた。

「このっ……!」

「きゃっ……! 危ないよ! 人に向けて銃を撃つなんて!」

「どの口が……!」

 アスモが銃で金髪少女を牽制し、刀の制御が鈍った瞬間に弾き飛ばして再度走る。

「見逃してやってもいいんだが……あんたらは逃がすと後々面倒なことになりそうだからな」

 だが、そんな俺たちに人狼が迫ろうとしていた。ここで追撃されるとさすがに詰むぞ……。

魅惑幻影アリュールイリュージョン……!」

「おっと……!」

 だが、アスモが幻影を作り出して人狼の行く手を阻む。さすがに二回目なのですぐに破壊されたが、一手分の時間を稼ぐことは出来た。そのまま二人で門へと駆け込む。

「ちっ……仕方ない。見逃してやるか」

 それで人狼は諦めたらしく、それ以上追撃して来なかった。……こいつらは恐らく本気を出してない、というかやる気がないように思えた。そうでなければ、とっくに二人纏めてやられていただろうな。

「またどこかの町で会ったら、その時はよろしくな」

「うるせぇバーカ……!」

 そんな捨て台詞を残しながら、俺たちはどうにか都市の外まで逃げ延びるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る