第7話 逢瀬

 それからアシュレイは毎日のようにステリアに会うためサーカスの敷地へ忍び込むようになった。

 ステリアは必ず車両小屋に閉じ込められているわけではなくて、夜公演のある日はサーカスに出演しているらしく、小屋の中にはいなかった。

 とはいえ、公演がない日の夕方には、前回と同じく市長や、そうでなくとも金持ち風の男がやってくることがあるのでゆっくりとは話せない。

 だからアシュレイは学校が終わったあと急いでサーカスへ忍び込むようになった。

 短い逢瀬の間、他愛のない会話をして、持参したいくつかの花を渡す。

 最初は顔を見せるたびに帰れと言われたが、ステリアが怒ってもなだめても無視しても、アシュレイが全然気にせず通ってくるので、最近は諦めたようで、ある程度はアシュレイを受け入れてくれるようになった。

 アシュレイは、ステリアが見せる笑みが心から大好きだった。

 完璧すぎる美貌や、淡い金を含む透き通る髪が冷たい印象に見えるステリアだったが、笑うと途端に少年のような柔らかい表情になる。

 ステリアはいつもアシュレイを心配してくれて、何度もしつこく、絶対にサーカスの団員に見つかってはいけない、だからもうここに来てはいけないと言うのだけれど、それでも今ではアシュレイが顔を見せるとホッとしたように嬉しそうな顔をしてくれた。

 日常の学校や家族の話を、ステリアはいつでも興味深そうに聞いてくれる。

 眩しいものを見るようにアシュレイを見つめるのだ。

 ステリアは特に歴史に興味があるようだった。

 ずっと閉じ込められているから、世界がどう変わったのか知りたいのだと。

 いったいいつからここに閉じ込められているのか聞いてみたけれど、ステリアは、自分でもわからない、と苦笑するだけだ。

 ただそれだけだったけれど、アシュレイは鎖に繋がれ檻に閉じ込められたステリアを、いつかここから助け出せたらと、以前よりも強く、真剣に考えるようになっていた。


 花を持って行くと、ステリアは花の送り主アシュレイよりも、詳しくその花について教えてくれた。

 咲く季節、原産地、花言葉やその花にまつわる小さな物語まで。


「ステリアはなぜそんなに花に詳しいのですか?」


「母が教えてくれたんだ。それから徐々に花が好きになって、本を読んで調べるようになった」


 それからアシュレイをじっと見る。


「おまえはいつも、花の香りがする」


「わたしの家の庭に花がたくさん咲いているからかもしれません」


 アシュレイはためしに自分の腕の匂いを嗅いでみたけれど、自分ではさっぱり花の香りなどわからなかった。


「おまえの瞳が金色なのは、太陽の女神メリディスから加護アモルを得ているからだ。植物とは相性がいい。家からここに来るまで、花を内ポケットに入れておいても萎れないだろう」


「加護? ですがわたしの瞳は、もっと幼かった頃のほうが金色でした」


 アシュレイが成長するにつれて、今はほとんど茶色の瞳に変わっている。

神の加護なんて聞いたことがなかったし、自分にそんなものがあるという自覚もなかった。

「いまの時代の人間は、神々が加護を与えてくれていることを忘れてしまっていて感謝しないので、最近では神のほうもめったに加護を与えてくれなくなった。人も動物も、生まれた時に加護を持っている場合があるが、加護に感謝を捧げなければ徐々に消えていく。成長するに従って、加護の証である色を失って、本来の色へ戻っていくんだ。お前の場合は金の瞳が茶色へ……。だがおまえは庭の植物たちを大事に思っているから、神も今のところはまだおまえを見捨てず助けてくれている」


「太陽の神と植物は関係あるのですか?」


「ああ、太陽の神は昼の神の眷属ヴィリで、この世界が温かく明るいのは太陽神と昼神の力のおかげだ。熱と光がなければ植物は育たない。彼らは植物たちを愛し大切に育ててくれる」


 確かにアシュレイも花や木が好きだったけれど、そんな加護が自分にあったなど、まったく気づいていなかった。


「加護をくださった感謝を神様に捧げる必要があるのですね? どうすればよいのですか」


 アシュレイと同じぐらいの年齢の子どもの中には、生まれつきだった髪や瞳の色が、成長するに従って変化することが稀にある。

 それはせっかく与えられた神々からの加護を失ったせいだったのかと、アシュレイは自分を含めていくつか思い当たる人物を思い起こした。


「大げさな儀式は必要ない、加護を自覚し、そのまま口に出して感謝を述べたらいい。大人になったら太陽神メリディスを祀る神殿にでもお参りにいけば、神も喜んでくれる」


 ステリアがそう教えてくれたので、アシュレイは頷いた。


「太陽の神メリディス、わたしに加護をくださって感謝いたします。これからもわたしとステリアをお守りください」


「きっと聞いてくれた」


 そう言って微笑むステリアは、こんな小さな部屋に鎖で繋がれ檻に閉じ込められていても、輝くように美しい。

 ステリアには芸術神か美神の加護があるに違いないと思って聞いたのだけれど、答えは違っていた。


「おれには夜神の眷属である月神と、それとは真逆の昼神、二人の相反する神の加護がある。冬の夜空を照らしてくれる月と、あたたかな昼の光を愛している」


 たしかに、ステリアの新雪に黄金を溶かしたような輝く髪は、神々しい月の光を思わせた。

 高い空の蒼に金の光が散る瞳は昼の神の影響だろうか。


「ステリアは吸血鬼ヴァンパイアなのに太陽の光が好きなのですか?」


「本来ならおれは、夜でしか生きられない化け物になってしまっているはずなのに、実際には太陽の光を浴びても傷つくことはない。それは昼神の加護のおかげだ」 


 確かにそういう吸血鬼が存在するらしいという話は、以前コルトスから聞いて知ってはいたけれど、おとぎ話のようなもので、実在するとは信じていなかったアシュレイは驚いた。

 吸血鬼はみんな、太陽の光を浴びると灰になって死んでしまうと思い込んでいたのだ。


「サーカスの連中には知られていないから、このことは秘密だぞ。あいつらはおれに太陽があたらないよう気をつけている。だが実際には太陽を見たって普通の人間と同じように少し眩しく感じるぐらいだ」


サーカスの人々を馬鹿にしたように少し笑い、アシュレイの金の瞳をじっと見つめた。


「太陽神と昼神は眷属で、とても仲がいい。お前と縁ができたのも、神々の図らいかもしれないな」


 それから少し困ったように息をつく。


「おれがどれだけここに来るなと言ってもおまえはやってくる。だがサーカスはずっとここに滞在するわけではない。会えなくなっても縁が消えるわけじゃないから、その時が来てもアシュレイは気に病むな」


 ステリアは、会えなくなる日のことをアシュレイに納得させたくて、こんな話をしてくれたのだろう。

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