第6話 アシュレイという少年

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性表現ありのため非公開の5話あらすじ

ステリアは市長フリッツを拒むが、ベッドに拘束されているため逃げられず、犯されてしまう。

フリッツはステリアの名前をまだ知らされておらず、教えて欲しいと訴えるが、ステリアは無言を貫いた。

ステリアはサーカスに捕まってから団員はもちろん他の誰にも、一度も自分の名前を教えたことがなかった。

ステリアという呼び名も、魂につながる本当の〝名前〟も――

☆☆☆


 ステリアは、サーカスに囚われてから、幾度となく望まない行為を強要されてきた。

けっして慣れることはない。

【このからだ】に変化する前は十八才の普通の青年だったから、勃起することも、自分を慰めた経験もあったが、誰かに触れられて性的な快感を覚えたことは一度もなかった。

 このサーカス小屋でステリアを買った相手は、殺さなければ何をしてもいいという契約を最大限に楽しみ、吸血鬼ヴァンパイアの魔力ですぐに傷が癒えるとはいえ、ナイフでステリアの体を傷つけたり、鞭を使って真っ白な肌から血が流れる様を楽しんだりする変態もいたから、それを思えば市長フリッツは、ただステリアの体を恋人にするように撫で回して味わい、与えられた時間の間、好き放題に犯すだけだったから、まだマシな方といえる。

 どれだけ激痛を伴う傷も、望んでもいないのに朝までには跡形もなく治癒してしまう。

 連日傷つけられればやがて衰弱して回復が間に合わなくなるが、ステリアが弱って来たときだけ、団長のトマスは、飼育している動物から血を抜いて、抜いた数時間後に無理やりステリアの口へ流し込んだ。

 新鮮な血液を与えると、吸血鬼の魔力を回復させすぎてしまうので、時間を置いた血しか与えない。

 様子を確認しながら、ステリアの傷が回復できるだけのほんのわずかの量を与えていた。

 力が回復しすぎれば、儚く見えるこの美しい化け物が、恐ろしい力を振るい復讐してくると信じて恐れているのだ。

 日の出までの短い時間、客が帰れば世話係のミゲルが外の柱へ鎖を繋ぐので、ステリアは水桶を使って体を洗う。

その間にミゲルがシーツを交換して室内を掃除した。

人間の汗や体液はステリアがその気になれば、血液と同じように唇から自らに取り込むこともできる。

だが自分を犯した汚らわしい人間の体液など、絶対に唇で触れたくない。

だからステリアは、石鹸を使って、相手の男の体臭や汗を丁寧に洗って落とした。



 翌日、アシュレイは庭先の花をいくつか内ポケットへ入れてから学校へ向かった。

授業が終わったあと、本来なら馬術部の活動をしている時間だったのだが、はじめて部活をさぼり、吸血鬼だという青年の閉じ込められているサーカスの車両を再びこっそり訪れる。

 アシュレイはあの美しい青年にもう一度会ってみたかった。

 昨晩のことは夢の中の出来事のように思えて、どうしても現実だったとは信じられない。

 もしあの淡金色の髪をした青年が、夜公演で見世物にされているという噂の吸血鬼ヴァンパイアなのだとしても、怪物だなどとはとても思えなかったのだ。

 あんなに儚げな人を閉じ込めておくなんて、許されないと憤ってもいた。

 夢などではなく本当にあの人が存在するなら、もう一度でいいから、会いたいという気持ちが抑えられなかった。

 できることなら事情を聞いて、助けて……自由にしてあげられたらと、しっかりしているとはいえまだ十三才の少年らしい英雄的な甘い考えもあった。


 再びやってきたアシュレイを見た青年は、驚いた顔をしてベッドから身を起こす。


「なぜ来た。二度と来るなと言ったのに」


 アシュレイは内ポケットから花を取り出し差し出してみた。

青年がまた受け取ってくれるよう願いながら


「今日も花を差し上げようと思って伺いました」


「必要ない。いますぐ出ていくんだ。……こんなことになるなら昨日花を受け取ったりしなかったのに」


 青年の、髪よりも少しだけ濃い色の、金茶の眉がわずかに歪んだ。

だがアシュレイはくじけなかった。

 昨日見た、花を受け取った時の青年の嬉しそうな表情を覚えていたからだ。


 「あなたが不当にここに囚われているのでしたら、事情を聞かせてもらえれば、力になってあげられるかもしれません」

 アシュレイ自身は子どもであったけれど、伯爵家の長男として、権力の使い方はある程度わかっていた。

 だから事情を聞かせてもらえれば、助けてあげられるかもしれないと思っていたのだ。


「……おまえはなにか勘違いをしているようだが」


 青年は少しだけ睫毛を伏せ、それから強くアシュレイを睨む。


「おれは吸血鬼だ。お前の考えているような清い存在ではない」


「でもあなたは、繋がれ監禁されなければいけないような怪物にはみえません」


 前に会った時、青年が微笑んでくれたときの表情や、アシュレイに対する喋り方、上流階級を思わせる所作。

 どれも理性的で、魅力的だった。

 怪物だなどと、とても信じられない。

「よく見ろ。おれは呪われた生き物で、そのせいで鎖に繋がれ、慰み物……見世物にされている。この牙はおれが化け物だという証だ」

 青年は立ち上がると、アシュレイを脅すように檻の内側から見下ろし、牙をむき出した。

 高い空を思わせる蒼の瞳に金の輝きが火花のように散って輝き、するどくアシュレイを威嚇する。

 だがアシュレイは動じなかった。

 青年の顔は確かに怒っている表情に見えたけれど、酒場付近をうろついている男共に比べたら、ずっと上品で理性的なものだったし、なにより間近で見たその人が、芸術品のように神々しかったから。

 

 脅迫相手がさっぱり逃げ出さないので、やがて青年は呆れたようにため息をつくと、格子を挟んでアシュレイの前に座った。

 敷物の上に膝を抱えるようにして長い脚を揃えて座る姿が、やはり育ちの良さを伺わせてかわいらしいとアシュレイは微笑ましくなる。


「わたしはアシュレイ・カストールと申します。あなたのお名前は?」


 青年は少しだけ迷うように視線を彷徨わせてから、


「……ステリア」


 とだけ答えた。

 ステリアが前回その名前を誰かに教えたのは、もう何十年も前のことだと知らないアシュレイは、


「たしか、古代の言葉で〝星〟を意味する単語ですね。あなたに似合っているし、とても美しい名前ですね」


 と、感じたままを屈託なく素直に伝えた。

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