第17話 カレーの幻惑

 〜朝比奈泰朝サイド〜


 私の名前は朝比奈泰朝……今川家で公家達の接待を主にやってきた。


 勿論武将の1人としてそれなりに武功は積み重ねてきたが……。


 私が松平元信の目付役に任じられたのは三河統治の事を考えてだろう。


 現在三河では岡崎城を中心とした統治体制の構築を進めており、私の父である朝比奈泰能が岡崎城代を務めていた。


 そんな父の子として私はてっきり城代を引き継がせられるのではないかと思っていたが、実際には目付役。


 義元様は将来松平元信を三河に戻す算段らしい。


 ただそれは本来もっと後のことであった筈だ。


 しかし、三河武士達が松平元信を早く三河に戻すように活動が活発になり、それを抑え込む為に松平元信に岡崎城代に義元様は任じ、引き継ぎに時間をかけよと言われていた。


 やろうと思えば1年でも2年でも松平元信の三河入りを遅らせ、その間に今川の息のかかった者で三河武士でも松平を大名としての復権を望む連中の影響力を削がなければならない。


「ただ目付役として松平元信をみる限り、器が違うとしか言いようがないが……」


 そう、私が危惧しているのは松平元信の器だ。


 幾度か話し合いをしているが、僅か10とは思えない落ち着きぶり、国を富ませるにはどの様にするべきかの明確な展望を持ち合わせている。


 そして義元様に対してどの様に動けば喜ばれながら、自身の名声を高められるか把握している節がある。


 安倍川の工事……あれは見事としか言いようがない。


 今川家臣達は最低でも3年は掛かると見越していた工事を1年で終え、しかも運よく野分(台風)が到来し、駿府の被害を救ってしまった。


 命令した義元様の名声も上がったが、民が直接感謝するのは松平元信である。


 天運に愛されているとしか思えん。


 武芸でも今川家臣達の同年代では敵う者がおらず、政務に関しても雪斎様が義元様に次ぐ器と認めになられている。


 ここまで自身の価値を高めながら行動していたとすると……化け物としか言いようがない。


 とてもではないが10の小童がしていい行いではない。


 義元様は将来龍王丸様の右腕に松平元信を充てるつもりであるらしいが……内部から侵食される危険性が高い。


 三河で満足するならそれでよし、今川を乗っ取る動きをした時には……私は停められるのであろうか。


 うむむ……そうならない事を願うばかりである。


「泰朝殿、何を難しい顔をしているのですか?」


「も、元信殿。いつからここに」


「泰朝殿が、私の屋敷の前で立っていたのが見えたのですっ飛んで来ました。何かございましたか」


「い、いえ。少し考え事をしておりました」


「ふむ……松平元信が今川を裏切るのではないか……とかでしょうか」


「な!」


「顔に出ておりますよ……泰朝殿。分かりやすいと言われませぬか?」


「……言われませぬな」


「安心してくだされ、私も義元様や龍王丸様によくしてもらった恩があります。今川が松平家や松平の家臣を無下に扱わなければ忠義を尽くしますよ」


「……」


「まぁ信用できないと思いますので行動で示させてもらいますよ」


 元信に案内されて私は屋敷の中に入る。


 すると見たことの無い植物が植えてあることに気がついた。


「庭に植えられている植物はなんだ?」


「パクチー、クミン、そしてウコンですよ。薬草の一種です。せっかくですから料理を作りますので食べませんか?」


「……いただこう」


 私は屋敷の中にそのまま連れて行かれた。










 松平元信自らが台所に立ち、侍女達に指示を出しながら料理を作っていく。


 香ばしい匂いが居間まで漂い、腹が空いてくる。


「おまたせしました。カレーです」


 出された料理を見て、私は度肝を抜かれた。


 それはまるで下痢の様な色をした液体なのである。


 これはもしや今川の家臣が噂している銭侍と馬鹿にしている一派と思われての仕打ちか? 


 私は疑ってしまうが


「まぁこんな見た目なので抵抗感があるでしょう。私自身が毒味を」


 私の皿に乗せられている物を一口木製の玉(スプーン)で掬って食べる。


 松平元信は美味しそうに食べているし、自分の取り分をよそってくると普通に食べ始めた。


 匂いは良い香りがする……ええいままよ! 


 私もカレーと呼ばれた物を口に運ぶ。


 すると少々辛いが香辛料の風味が口の中に広がり、実に美味であった。


「美味しい」


 松平元信はニコニコ笑ってこちらを見ている。


 私はたまらず2口、3口と口に運んでいく。


 よく見ると橙色の野菜と食べたことの無い芋が中に入っている。


 これはなんだと松平元信に聞くと


「それは人参とじゃがいも……馬鈴薯とも言われる地中で育つ芋とカブみたいな物です。人参には少々甘みがあり、カレーの辛さを少し抑える効果があり、じゃがいもは具材として腹持ちを良くする為のものでしてね」


「なるほど……」


 あっという間に私はカレーと呼ばれた食べ物を食べ終えてしまった。


「美味かった。感謝する」


「いえ、泰朝殿から見てこれは売れると思いますか?」


「うむ……見た目が悪いな。一口食べれば美味しさが伝わるが」


「ふむ……カレーは香辛料と薬草を色々使う料理なので身体に良いのですがね。緑色でしたら食べますか?」


「うむ、緑色であれば食べるだろう」


「となるとグリーンカレーの方が良いな……それには植えるべき香辛料は……」


「これを食べるとどうなるのだ?」


「そうですねぇ……強い体を作ることができます。あと味が濃いので雑穀米でも美味しく食べることができるでしょう。あと戦などでは粉末した物を用意しておき、水に溶かして米と食えば、握り飯より長い時間戦うことができるでしょう。辛味も強いので目も覚めますし」


「軍の事を考えてか……」


「泰朝殿、強い軍ってどの様に作られると思いますか?」


「それはよく鍛錬を積み、戦を良くする軍が強いのではないか?」


「確かにその軍は強いですが、領民にも生活があります。戦に何度も連れて行かれれば食料の生産量が減り、国が貧しくなっていきます。そうなれば人は自分の食い扶持しか持ってないので、子供を育てられなくなります。その時には強いかもしれませんが、10年、20年すると人が育ってないので少数の軍になってしまう……そうなれば幾ら1人が強かろうが負けるでしょう」


「私が考える強い軍は民の生活の質によって決まると考えているのですよ。民の生活が豊かであればあるほど子供が沢山産まれて、数を用意することができるようになります。それに豊かであり、人が余っているようであれば、常備の兵として鍛えることもできます。大陸ではその様な兵のことを常備兵というらしいですよ」


「常備兵は強いのか?」


「常に鍛錬をしている兵ですよ。そこらの武将並みに強くなります。そうなれば農民から徴兵した足軽が束になっても勝てないでしょう……これは弱い軍ですか?」


「いや、強い軍だな」


「私の目指す軍はそれです。兵の質と量で勝つ……あとは将の質が良ければまず負けない。豊かな国を作り、強い兵を鍛える……確か富国強兵というのでしたなぁ」


「富国強兵……元信……お前さんは本当に10の小童なのか?」


「小童ではないでしょう……元服していますし……でもまぁ、目指すべきは強い国。看板は今川だろうが松平だろうがどうでもいいのです。早急に日ノ本を統一し、日ノ本の拡張を行って太平の世を築くのが私が生まれてきた役割なのですから!」


 私は雷に撃たれたかのような衝撃を受け、手に持っていた玉(スプーン)を落としてしまった。


 見えている世界が違いすぎる。


 これは龍王丸様には悪いが、日ノ本の未来を考えるのなら松平元信を頭に据えた方が良いだろう。


 ……私自身見てみたくなった。


 彼の国作りを。


 義元様に伝え、早く彼を岡崎城に送り、三河を開発させればどの様になるか……私は見てみたい! 


「泰朝殿、より良い日ノ本を一緒に作ろう」


「は、はは!」


 私の仕えるべき人物は彼だ……。

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