第八話 追及
野営を終え軍の拠点に戻ったころには、軍の雰囲気は最悪だった。
「ねえ。レオは何であんな酷い顔しているの。瞼腫れてるし。」
「知りませんよ。でも、確かに朝から暗い顔はしていましたけど、より酷くなっていますね。」
アンリとアンナは顔を見合わせることしかできない。
いかにも泣きはらしたという顔で俯いているレオの姿ははっきり言って痛々しかった。
「レオ。しっかり前見て歩け。」
カイが見かねて注意するがその声も届いていないようだった。
戻ったらまた話を聞いてやらねばならないのかとカイは内心ため息をついていると、前からドサッという派手な音が聞こえた。
「っ…!」
「大丈夫ですか!?」
ミゲルがよろけて転倒したらしい。
地面に倒れ込むミゲルにソヨルが駆け寄っている。
「気にするな。転んだだけだ。」
「急に目の前で転ばれたら心配しますよ!ケガはないですか?」
ソヨルがそっと手を差し伸べたが、ミゲルは露骨に無視し自力で立ち上がる。
(何だ…あれは。)
ミゲルとソヨルのことだ以前ならあんなにあからさまに無視をするなんてことはしないはずだ。ソヨルも状況が飲み込めていないのか、動きが止まっている。
「ソヨルにもあんな態度とりやがって…。」
「ソヨル“にも”?」
低く呟くレオにカイは聞き返す。だが、返事は返ってこない。
「まったく、副団長も過保護だな。」
「しょうがねえよ。可愛い女は甘やかしたくなるもんなんだろ。」
ひそひそと囁く団員の声。
カイは声のした方を軽く睨みつけると、ミゲルに視線を移した。
(もっと気にかけてやらないとまずいな…。)
心の中で渦巻く不安は他の団員たちに悟られてはならない。
カイは密かにミゲルが抱える痛みを和らげる方法を模索し始めた。
軍の拠点―
ミゲルは淡々と今回の作戦の成果を読み上げる。
一部の団員はその仕草のひとつひとつを見落とすまいと、報告そっちのけでミゲルを穴が空くほど見つめていた。
「何か質問はないか。」
ミゲルは執拗に向けられる視線に気づきながらも、不快感を顔に出すまいと無表情の仮面を貼り付ける。
「団長。もう隠しても意味ないって。」
「何をだ。」
驚くほど冷淡は響きに団員は一瞬だじろぐが、すぐさま他の団員が続ける。
「団長が奴隷出身の女だってことですよ。」
「…っ。」
はっきりと告げられた言葉にミゲルは奥歯を噛みしめる。
「違う…オレは…。」
「じゃあ。証拠見せてくれよ。」
大きく張り上げられた声に団員たちは賛同の声を上げる。
「くだらない。今日は皆さんお帰り下さい。」
ソヨルが冷たく告げるが団員たちの声は大きくなるばかりだ。
「分かってるよ。副団長もグルなんだろ?お前が庇おうとするだけ逆効果なんだけど?」
ソヨルは拳を強く握りしめる。
ミゲルはその様子を見て深く憤る。
(ソヨルまで巻き込まないで…。)
気付くと机を強く叩いていた。
団員の視線が一気に注がれる。
ミゲルは震える手で軍服の釦を一つずつ外していく。
(もうこうするしかない…。)
「ミゲル!?」
レオは勢いよく椅子から立ち上がると、ミゲルに駆け寄る。
ソヨルはミゲルの手を止めようと手を伸ばす。
ミゲルはそんな二人に気づきながらも釦を外す手は止めない。
団員たちはそんなミゲルの様子を息を呑みながら見つめる。
「はいはい。ストーップ!」
やたらと明るい声が響き渡ると、白い手がミゲルの手首を掴んだ。
「クリフ。邪魔すんなよ。」
「邪魔?いや賢明な判断ですけど。」
「はあ?」
「団長。今何しようとしてました?まさか、裸でも見せて納得させようと思ったんじゃないですか?」
ミゲルはクリフから目を逸らす。
「ははっ!少なくとも僕はそれじゃ納得しませんよ。性別なんて魔法でいくらでも誤魔化せますし。」
もっともな意見に団員たちは顔を見合わせる。
「そもそも女だろうが男だろうが奴隷出身だろうが貴族だろうが僕は死ぬほどどうでも良い。同じ“人間”なんですし。ねえ。」
クリフはミゲルの顔を覗き込む。
その瞳には隠しきれない嫉妬と憎悪の炎が揺らめいており、ミゲルは思わず息を呑んだ。
クリフはそんなミゲルを面白がるかのように、こっそり指先で白い首筋を撫でた。
「さあさあ、そろそろ帰りましょう。」
クリフが呼びかけると団員たちはおもむろに立ち上がり、部屋を後にした。
誰ひとりいなくなった廊下でミゲルはクリフを呼び止めた。
「どういうつもりだ…。」
「せっかく庇ってあげたのにその言い方はないんじゃないですか?」
一見爽やかに見えるクリフの笑みには相変わらず黒いものが潜んでいる。
「馬鹿を言うな。お前がそもそも噂を流したのに、庇うフリをして恩を売ろうという魂胆だろう。」
「別にそんなつもりはありませんよ。ただ、あの場面で万が一耳飾りが外れたらどうするつもりだったんです?」
「お前にとってはその方が好都合だったんじゃないのか。」
「まさか、まだ取引の途中で女性であるという事実が皆の前に晒されてしまったら困りますから。」
クリフはそっとミゲルの頬に手を添える。
皮の手袋の感触がミゲルの心を凍らせる。
「オレは軍を売るつもりはない…。」
「またそうやって強がる。今日あなたに向けられた視線に気づいたでしょう。もし、女性であることが確実にバレてしまったらあなたはどんな扱いを受けるか分かりませんよ。しかも、奴隷出身というおまけ付きで…。ああ、想像しただけで恐ろしい…。」
「団員はそんなことはしない…。」
「所詮、男なんて皆女か酒か金のことしか頭にありませんよ。あなたが大好きな副団長だってそうです。」
「戯言を…。」
「事実ですよ。まあ、そうやって期待するだけしていればいい。せいぜい勝手に傷ついて下さい。」
クリフは一瞬だけ鋭い視線を向ける。
その視線に全てを見透かされたような気持ちになる。
ミゲルの足は縫い留められたかのように動かなかった。
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