第18話

「リリカのおかげで有益な情報が手に入ったな」


アレクシスが無表情に言うとレオナルドが揶揄うような視線を向ける。


「そうだな。俺は可愛い弟に彼女ができたことが衝撃すぎて魔女なんてどうでも良くなってきたな」


「魔女は重要だろう」


 冷静にいうアレクシスに、ローエンも頷く。


「確かにどちらも重要ですな。魔女が税金を使いすぎているのも問題ですし、政治に口出ししてきているのも困りますよ。そろそろご退場願わないと」


「どうやって魔女を退場させるんだ」


 レオナルドがいうと、ローエンは腰に下げている大きな剣を持ち上げた。


「首を跳ねればよろしいんですよ。魔物は首を切り落とせば復活しまい。物語で読みました」


「物語の話だろう。摩訶不思議な能力を持っているからもう少しよく調べる必要があるな。下手に動けば王家が無くなるぞ」


「でしょうね。ここぞとばかりに王家をつぶして聖魔女王国なんて名前にして国を支配しそうですな」


 レオナルドとローエンの話を聞いてもいいものかとリリカはドキドキしてしまう。

 かなり内密な恐ろしい話が繰り広げられていることは理解できるが、まさか田舎者の自分が国を揺るがすような事件に首を突っ込むことになるなんてと遠い目をする。


「りりかは何も心配する必要はないし、何も関わるな。今まで通りカトリーヌ嬢の侍女を勤めてお菓子をたらふく食えばいい」


「あ、そうだお菓子持って来ていました」


 アレクシスのお菓子という言葉に反応してリリカは手にしていた巾着を開いた。

 中にぎっしりと入っているお菓子を取り出してみているだけで涎が出てくる。

 じっと見つめているレオナルドとローエンの視線に気づいて気まずい気分になり、巾着を大きく開いて見せる。


「あの、食べます?」


「いや、結構だ」


 丁重に断るレオナルドとは対照的にローエンはニヤニヤと笑いながら手を伸ばしてきた。


「俺は1つ貰おうかな。神殿のお菓子はかなり美味しいと有名だしな」


 嬉しそうにいうローエンにレオナルドは冷めた視線を送る。


「大丈夫か?神殿の物なんか口にしたら可笑しくならないか?」


 レオナルドに言われてローエンは手を引っ込めた。


「確かに。毒でも入っていたら怖いですな」


「大丈夫ですよ。私結構食べていますけれど異変はないですもん」


 お菓子に罪はないとばかりにリリカは少しムッとして巾着から焼き菓子を取り出して大きな口を開けて頬張った。

 バターの甘い香りとバニラの匂いが口いっぱいに広がってうっとりとリリカは咀嚼する。


「アレクシスはこういう子がタイプとは驚きだな」


 小さく呟いた兄の言葉にアレクシスは居心地が悪そうに視線を逸らす。


「大丈夫そうですが、一応調べましょうか。神殿の中のものが外に出てくるのは珍しいですからな」


 ローエンはそういうとリリカが手にしている巾着からお菓子を数個取り出した。


「お菓子は大丈夫ですよ。魔女様がおかしいだけす!」


 ムッとするリリカにローエンはニヤリと笑う。


「まぁ一応だ!」


 アレクシスは窓の外をチラリと見た。


「そろそろ神殿に戻らないとまずいだろうカトリーヌ嬢も部屋に戻っているだろうし」


 アレクシスの言葉でリリカはカトリーヌのことを思い出して頷く。


「そうですね」


 当たり前のようにリリカの背を押して歩き出したアレクシスを見てレオナルドは白々しく窓から空をみた。


「明日は大雨だな。アレクシスが女性をエスコートしているなんて天気が荒れるに違いない」


「確かに。雪が降るかもしれませんぞ」


 ガッハッハとローエンは大きく笑った。


「リリカを送ってくる」


 無表情に言ってアレクシスはリリカの背を押して部屋を出た。

 部屋を出る直前慌ててリリカは頭を下げる。


「あの、いろいろご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんてとんでもない。有益な情報をありがとう。リリカちゃんは何も心配しなくていいよ」

 

 レオナルドはリリカに手を振って見送った。


 二人が出て行くのを見て、レオナルドはもう一度空を見上げる。


「やっぱり明日は嵐だな。アレクシスが女性に優しくしているなんて、母上たちが泣いて喜ぶぞ」


「さっそく密告しに行きましょう」


 ガッハッハッと下品に笑うローエンにレオナルドも笑いながら頷いた。




 「あの、私歩いて神殿まで帰りますよ」


 わざわざ送ってもらうのも悪いとリリカが遠慮がちに隣を歩くアレクシスにオズオズと言った。

 

「一人で返す訳がないだろう」


 チラリとリリカを見てアレクシスは言った。

 

「馬車でも出してもらえれば……」

「却下だ。気になる女を一人で帰す訳がないだろう」


 リリカが言い終わる前にアレクシスがきっぱりと言う。


「気になる……女って本当に?」


 顔を赤くしているリリカにアレクシスは眉を潜めて視線を逸らした後にリリカを見つめた。


「……本当だ」


「……少し間がありますけれど」


 妙な間をリリカが指摘するとアレクシスはますます変な顔をする。

 とても好きな女性に対する態度ではない。


「いや、本当にリリカを愛おしいと思っている。それがいつからなのだろうかと不思議に思っているんだ。俺はいつからお前が気になっているんだ?」


 逆に聞かれてリリカも顔を顰めた。


「それは知りませんよ」

「で、お前は俺をどう思っているんだ?俺ばかり一方的に好意を持っているのならそれほど虚しいことは無い」


 はっきりというアレクシスにリリカは口をモゴモゴとさせてしまう。

 確かにアレクシスの事は最近気になっていたが、本当に好きだと思ったのはキスをされてからの様な気がする。

 

「いや、私だってアレクシス様の事は嫌いじゃないですし、むしろ好意的ですけれど」


 もごもごいうリリカと不思議な顔をしているアレクシスの背後からローエンの大きな声が響いた。


「お前ら、下らねぇ話をしてないでさっさと帰れ!日が暮れるぞ」


「それもそうだな」


 アレクシスが気を取り直して頷く。

 リリカは突然現れたローエンの大きな声に驚いて目を丸くする。


「だいたいなぁ、男女の恋っていうのはいつからだとかくだらないことは考えるもんじゃねぇんだ!お前ら馬鹿だろう。今!お互いが好き同士なら構わねぇだろう!今が大切なんだよ!過去の事をぐちぐち言いやがって下らねぇ」


 腕を組んで大きな声で言うローエンにリリカは驚きながらも城の中で誰かに聞かれたら厄介だと静かにするようにジェスチャーで伝える。


「わかりましたから、静かにしてください」


「ローエンに静かにしろという事は死ねという事だろうな。諦めろ」


「そんなぁ。これ、噂になったらまずいですよ」


「どうしてだ?」

 真面目に言うアレクシスにリリカは驚きながらも小声で言う。


「どうしてって、そりゃ私は田舎から出てきたただの小娘ですよ。本来なら神殿で働くのもおこがましいぐらいなのに、アレクシス様とどうこうなるって言うのは良くないですよ」


「くだらない。身分が低いと言っても低すぎるわけでもない。俺はそんなことを気にしない」


 はっきりというアレクシスの後ろでローエンも腕を組んで頷いている。


「女嫌だと言われていたアレクシス様に惚れた女性ができれば王と王妃もお喜びになるだろう。ま、身分が気になるなら俺の養子になればいい!」


「ローエンの親戚になるのは勘弁したい」


 本気で嫌そうな様子のアレクシスにリリカは首を振った。


「なんだか理解が出来なくなってきました」


 リリカは頭痛がするような気がして額を押さえた。





 

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