第17話
アレクシスに背を押されて入った部屋は、机と椅子だけの簡素な部屋だった。
窓から日が差し込み、流れる雲が見える。
窓に近づいて外から人が覗き込めないのを確認しているリリカに、アレクシスはドアの前に立ったまま無表情に言う。
「大丈夫だ。外から誰かが入ってくることも、聞かれることもない。ドアの前に俺が立っているのは誰か来たらすぐわかるようにだ。誰かがもし来たら知らせる、だから安心して話してくれ」
アレクシスに言われてリリカは不安な気持ちを押さえ何度も深呼吸をした。
ゆっくりと近づいてアレクシスを見上げる。
「あの、カトリーヌ様がお勉強をするのでお供をしてイザベル聖魔女さまの部屋に入ったんです」
ゆっくりと話すリリカの顔をじっと見つめながらアレクシスは頷いた。
真剣にアレクシスが聞いてくれているのを確認してリリカは続ける。
「イザベル様の居る部屋に入ることが出来ないから隣の部屋で待つことになりました。イザベル様の付の侍女の方は用事があって私一人になったんです。そうしたら小窓があって興味本位で覗いて見たんです。そうしたら……イザベル様とカトリーヌ様が向かい合って座っていました」
あの時の事を思い出しながらゆっくりと説明をするがリリカは恐怖で体が震えてくる。
震えるリリカの背をアレクシスは優しく撫でた。
「辛いだろうが、教えてくれ」
優しく言うアレクシスにリリカは頷いて泣きたくなる気持ちを抑えながら口を開く。
「イザベル様の部屋は薄暗くて、光の玉がフヨフヨと浮いていて。それだけでも恐ろしいんです。私には怖いんです。それなのに、イザベル様はカトリーヌ様の額に手を置いたんです。カトリーヌ様から緑色の光の玉が出てくるとイザベル様に吸い込まれていきました。た、多分あれは、生気を吸っているんだと思います」
何とか言い切るとリリカは恐怖で震えながらポロポロと涙を流す。
「良く報告してくれた」
アレクシスはそう言うとリリカを力いっぱい抱きしめた。
力強いアレクシスの腕にリリカは少し安心して、もっと彼の体温を感じようと両腕をアレクシスの背中に回す。
「凄く怖くて。神殿の中で行方不明になった人もいるっていうから私もそうなったらどうしよって思って……」
嗚咽しながら言うリリカの頭にアレクシスの唇がそっと触れた。
「ひぇ?今何しました?」
突然の出来事に驚いてリリカが顔を上げると青い瞳のアレクシスと目が合った。
いたずらっ子のような瞳のアレクシスはそのままリリカの額に唇を落とし、ゆっくりと瞼のふちへと唇が落ちる。
リリカの涙をアレクシスの唇が吸った。
驚いたリリカは慌てて体を離そうとするがアレクシスの力強い腕が腰に回されていて身動きが取れない。
何とか逃げようとするリリカを見つめてアレクシスは微笑んだ。
「逃げられると思うか?こうすればお前の気持ちが持ち直すことを知っている」
アレクシスはそう言うとゆっくりとリリカに口付けた。
アレクシスの熱い体温を感じてリリカは驚きの後に喜びが湧き上がる。
懐かしいような、不思議な気持ちになりながらもアレクシスを求めるように目を閉じた。
お互いを求めるように深い口づけを繰り返し、リリカは目が回りそうになる。
「アレクシス様、も、苦しいです」
アレクシスの腕を叩いてリリカは苦しそうに言った。
真っ赤な顔をしているリリカから名残惜しそうに離れて、アレクシスは微笑む。
「涙が引っ込んだな」
「……そりゃ、そうですよ」
涙どころか得体の知れない恐怖も無くなりリリカは顔を赤くしながら唇を尖らせる。
もっと他にやり方があっただろうと思いつつ、とんでもないことに気づく。
「わ、私。なんてことを。アレクシス様は王子様ですよね?と、いうか、もしかして誰にでもこういうことをしているんですか?」
他の女性も同じように宥めているのかと疑いの眼差しを向けるリリカにアレクシスは不服な顔をする。
「するか!」
はっきりというアレクシスにリリカは自分だけなのかと特別な想いで胸がいっぱいになった。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
ふんわりと笑うリリカを見てアレクシスも微笑んだ後咳払いをした。
「まぁ、謝らないといけないことはある」
「謝る?」
アレクシスは申し訳なさそうに言いうと背にしていたドアをゆっくりと後ろ手で開いた。
開いたドアの向こう側に騎士服を着た巨体な男性と、アレクシスとよく似た男性が立っていた。
ドアに耳を付けるような体制をしている二人を見てリリカは目を見開く。
「まさか全部聞いていたとか……」
顔を青くするリリカに、廊下に立っていた男性達は申し訳なさそうにしながらもヘラヘラと笑いながら部屋に入って来た。
「いや、申し訳ない。つい、出来心で聞いてしまった」
アレクシスと似ている男性が礼儀正しく爽やかに謝る。
後から入って来た体の大きな男性は、爽やかな笑みを浮かべる男性の背中を小突いた。
「レオナルド様が大丈夫だって言うから俺もつられて聞いてしまいましたよ!俺は止めましたよ」
「いや、ローエン団長だって大丈夫だって言っていた」
盗み聞きの罪をお互いに着せようと言いあう二人を見てアレクシスはため息をつく。
「俺の兄のレオナルドと騎士団長のローエンだ。どちらも口が堅いから安心しろ」
アレクシスに紹介されて騎士団長は頷いた。
「誰よりも口は堅い。けっしてアレクシス様が可愛い少女とキッスをしたことなど漏らさないです」
「そっちじゃない」
冷静に言うアレクシスにリリカは首を振った。
「どのことも漏らさないでほしいです」
消え入るような声で言うリリカに騎士団長は大きな声で笑った。
「わっはっはっ。大丈夫だ。何も言うまい、この命に代えてもな」
「信用していいと思うが、特に聖魔女の事は極秘で動いているから……」
アレクシスが言うと騎士団長は笑みを引っ込めて頷いた。
「前から怪しいと思っていましたが、やはりただ者ではないですな」
「まさか、聖女から命を吸って生きながらえているとは考えも及ばなかったよ」
レオナルドが言うとアレクシスは頷いた。
「聖女が弱って死に至るケースがあるのはこのせいだな」
震えるリリカをアレクシスは頷いて背中を撫でる。
「アレクシスが他人に優しくしている……」
信じられないものを見るような目をしているレオナルドにアレクシス居心地悪そうだ。
「明日は嵐になりますな」
ローエンが頷きながら言うとレオナルドも頷いた。
「母上と父上も涙を流して喜ぶだろうね。あのアレクシスが女性に優しくしているなんて」
目頭を拭う素振りをしている兄にアレクシスは冷たい目を向ける。
「馬鹿らしい。とにかく、聖魔女をどうするかだろう」
「そうだな。アレクシスを神殿に送り込んで正解だったな」
不思議な顔をしているリリカにアレクシスはため息をついた。
「前から聖魔女がまともじゃないと討論していたが、関係者以外中には入れないからな。俺が神殿で調査をする役目を仰せつかったんだ。中に入れるのはごく一部の人間だし、内情が解らないとどうも動けんから」
「アレクシスは剣も強いし。カトリーヌ嬢の婚約者候補として騎士という名目で潜り込んでもらったけれど、まさか本当に婚約者を見つけてくるとは驚きだよ」
自分が婚約者候補だといういい方にリリカは困り果ててしまう。
先ほどの事でそこまで認識されるなんてとんでもない事だ。
「あの、その。私、そんなつもりは無く、ウチは凄く田舎で貧乏な男爵家なんです。だからその……」
もごもごいうリリカにレオナルドは爽やかな笑みを浮かべた。
「気にする必要ないよ。大丈夫、カトリーヌ嬢は父親が勝手に婚約だ結婚だって盛り上がっているだけだから。そこを付け込んでアレクシスを送り込んだだけだし。王家と言っても、アレクシスが選んだ人なら身分が低かろうが関係ないしね。可愛い弟の幸せが何より大切だよ」
同意を求めるように言われてアレクシスは無表情に頷く。
「その通りだ」
「えっ?いや、なんていうか、話が飛躍しすぎて……」
頭を抱えて悩みだしそうなリリカをローエンが大声で笑った。
「大丈夫。最悪俺の家へ養子に来ればいいさ!ウチも箔が付くってもんよ」
「そういう問題じゃないです」
聖女や聖魔女の方が重要だと思う反面、やっぱりアレクシスの事が気になってリリカは大きく息を吸い込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます