第18話 もう一人の協力者
デスクで経費の書類と睨めっこしながら、
“警察の内部または関係者に捜査へ圧をかける者がいるのではないか”
外部の人間から指摘されるには痛いところ。遵法の精神がなければならない警察官として本来は看過できない問題である。だが現実問題そうもいかないのだ。警察は軍隊ほど厳しくはないとは言え階級社会そのもの。上からの命令に背くこと自体が前提とされていない組織。上意下達。そういう指示系等で組織されている。指示に背くというのは“余程のことがない限り“あり得ないのだ。さもなくば公務員である限り服務規定違反という言葉がちらつく。
今回もし盃都の指摘するようなことが本当に起きているのであれば、その“余程のこと”に該当するだろう。人が亡くなっている事件の捜査を妨げている誰かがいる。そして犯人逮捕はおろか容疑者さえ浮上していない時点で市民を危険に晒し続けていることになる。少なくとも二人の人間を殺した殺人鬼が野放しになっているのだから。
梅澤はトイレに行くふりをして自分の席を離れ、喫煙所へと向かった。3階の非常階段。敷地内で唯一喫煙できる場所。この役1年を通して梅澤は先魁市警察署の構造、人、生態系をおおよそ掴んだ。朝のこの時間にここに来る人間は殆どいないと確信を持ったからこそ梅澤はこの場所に来て警察内部の特定の人間と連絡を取る。
「お疲れ様です。刑事生活安全課の梅澤です」
『梅澤さん!お疲れ様です!
「お疲れぇ。例のスマホ、データコピーが完了したか確認の電話なんやけど」
『ああ、はいはい!できてますよ〜、いつでも取りに来ていただいて構いません!できれば僕の昼休憩以外でお願」
『ほな昼休みに行くさかいよろしゅう』
「勘弁してくださいよ〜、もう連日お昼ご飯が夕食になってるんですから!」
『ははは、冗談や。今行ってもええか?』
「もちろんです!ラボには僕以外誰もおりませんので!」
梅澤は電話を切ると鑑識の部屋へと急いだ。
2階フロアの薄暗い廊下を通り抜けた角部屋。下の方だけ黒い傷だらけのドアをノックした。中から声が聞こえないため、失礼します──と一声かけて部屋に入ると両手で箱を抱えて荷物を移動している男がいた。梅澤はいつ来訪者に気づくのだろうかと、その男の様子を声をかけずにしばらく観察する。腕を組んで、デスクに寄りかかって。
その男はどうやら手前の部屋から奥の部屋へ物品の移動をしているようだった。箱を抱えた男がこちらを振り返ったとき、ようやく梅澤の姿が目に入ったのだろう。誰かが入ってきたことなど気づいていなかった男は上に飛び跳ねるかのように体を揺らして、抱えていた箱の中身を床にぶちまけた。
「もおおおおお!声かけてくださいよ!幽霊かと思ったじゃないですか!?梅澤さん!!!」
「その声を無視したんはお前やろ、岩城」
床に散乱したものを岩城と共に拾う梅澤は声のトーンを落とした。
「例のスマホ、コピーデータをアイツに送ってくれたか?」
「バッチリです!でもなんで、わざわざ警視庁の人に?あのスマホ、2年前にここで起きた事件の被害者のものですよね?ここで調べればいいじゃないですか」
「ああ。ちょっとな。詳しい解析をしてもらわなあかんから」
「俺もできますよ!俺にやらせてください!」
「お前には別件を頼みたいんや」
「なんすか?」
「お前、今度県警に行くやろ?鑑識の教育課程やっけ?その時に県警にあるあの事件のファイルを読んできて欲しいんや」
「いいですけど……何で今更?あの事件ほとんど迷宮入りしてて捜査資料もきっと資料庫の奥ですよ。ていうか、クラウドにあるやつ読めばいいんじゃ?」
「クラウドはもう確認済みや。それ以外の情報が欲しいんや。被害者のスマホが出てきたやろ?当時捜査班におらんかった俺らの新しい視点で再捜査したら、オモロい発見できるんちゃうかな思て。今のうちに箔付けとけば昇進の時、有利やで?」
梅澤の言葉に目を輝かせる岩城。誰かをコマ使いする際、昇進意欲がある人間は扱いやすい。梅澤がこの警察署内で2年前の事件について岩城に情報を共有する理由は、岩城が梅澤同様にこの署に配属されてから日が浅いからだ。つまり署内の慣例や人間関係にそれほど巻き込まれていない真っさらな人物──地元出身だが、社会人枠で入ってきたため他の警官とは毛色が違う。岩城は上京して会社員をしていたらしい。コロナ禍にハマった海外ドラマに影響されて鑑識を目指してここまで来たという変わり者だ。ドラマに影響されただけで鑑識になれてしまうあたり、元々能力は高いのだろう。
岩城の強い点は他にもある。他の警官に何か聞かれても、新人だから──、元民間の人間だから──、と多めに見てもらえる確率は自分より遥かに高い。そう思って梅澤が作った内部の協力者。いつか役立つとは思っていたが、まさかこの件で早速活用できるとは梅澤も予想はできなかった。
床に散乱したものをかき集めて段ボールに収納した岩城はそれを抱えて足でドアを開ける。その光景を見た梅澤は入り口のドアを思い出して笑った。奥の部屋から戻ってきた岩城をデスクに座らせてUSBを渡した梅澤。何が何だかわからない岩城は受け取ったUSBをオフラインのPCに挿して中のファイルを開けた。動画のようだ。ホテルの入り口と裏口、レンタカー屋の店内奥から入り口を映す映像。意味が分からず首を傾げた岩城。
「なんなんです?この映像は」
「共通して写っとる人物を探してくれへんか?」
「いいですけど……何のために?まさかこの前捜査打ち切りになった藤田建設関係の映像ですか?」
「ちゃう。俺の協力者が巻き込まれた事件や」
「協力者?公安みたいなことしてるんですか?梅澤さん」
「まあそんなとこや。非公式やから他言無用やで?あのスマホ見つけてきてくれたんも、俺の協力者や」
「事件解決に一役買ってくれている市民が、どんな事件に巻き込まれたんですか?」
梅澤は映像を見ながら岩城に
「なんや、その顔」
「いや、俺がこの田舎を出た理由が詰まってるな〜と。やっぱり地元じゃなくて東京で鑑識やればよかったかな〜って思っちゃって」
「そういやお前、飲むたんびにこの田舎の陰湿さについて熱く語るもんな」
「飯がうまい。空気が綺麗。四季豊か。道路が広い。海も山も川もある。この田舎いい場所なんすよ、本来は。ただ人が終わってるだけで」
「その終わっとる人間が他所から来た俺の協力者に脅しかけてきてん。誰がやっとるのか調べな2年前の事件捜査するにも出方を間違えたら洒落にならんこと起こりそうやろ?やから、こうしてお前に協力してもらっとるんや」
「なるほど?」
──なんで被害届を出して公式に調べないんだ?
疑問に思った岩城だが、こそこそと人目を盗んで自分を訪ねてくる時点で何か裏があることは理解している。それを追求する気もない。何故なら、知りすぎると逆に警戒されて情報をもらえなくなるからだ。話し方からして梅澤が自分を100%信用しているわけではないことを感じている岩城。ドラマのように秘密の捜査に協力する鑑識に憧れていた岩城にとっては、梅澤の申し出を断る理由がなかった。
よく飲みに連れて行ってくれる梅澤は酒が入ると正義感の厚い男であることは明白だった。いつか梅澤の信頼を勝ち取って梅澤が真っ先に声をかける鑑識になろうと決めたのだ。詰まるところ、梅澤の犬である。犬は犬らしく取ってこいをされたらブツをご主人様に届けよう──そう思い岩城はパスワード解除とコピーを求められていた例のスマホを梅澤に渡した。
「怪しい情報は入っとったか?」
「怪しい──?んー、若者のスマホなので俺からしたら大抵怪しいですよ。特に同級生とのLINEとか?」
「誰や?」
「んー……、強いて言うなら、被害者の一人である
そう言って岩城はトーク履歴をプリントアウトしたものを梅澤に渡した。そこには何かを止めようとする
――――――――――――――――――――――
“もうやめるって言ってただろ?”
‘やってないよ’
“嘘つくなよ。今日駅前にいただろ。ランニングの時に見たぞ“
‘放っておいてよ’
“心配してるんだ”
‘好きでもないのに優しくしないで’
“俺の注意が優しさだと分かってるなら、こんなことはするな。見つかったら退学どころじゃないよ?”
‘わかってるよ!でもやるしかないの。今更やめられない’
“一緒に警察に行こう。強要されたんだろ?自分から進んでやってる訳じゃないなら警察が保護してくれる”
‘警察だけは無理’
“なんで?このままだと普通の社会で生きられなくなるかもしれないんだぞ”
‘どうせ私は普通になんて生きていけないんだから放っておいてよ’
“何をしたらやめてくれるんだ?俺がお前と付き合えばいいのか?”
‘同情されて妥協で付き合うなら私に関わらないで’
“同情じゃない。道を踏み外した友達がいたら手を差し伸べるのは当たり前だろ”
‘縞くんに私の気持ちは絶対にわからない。私とは住む世界が違う’
“なら世界を変えるんだ。とにかく付き合う人は選べ”
―――――――――――――――――――――――
そこでトークが途切れている。何かを口論しているようなトーク履歴を読んで梅澤は唸りながら岩城に問いかける。
「うーーーん……岩城、お前が高校生の時に警察にお世話になったのってどんな時や?」
「俺は──いや、お世話になったことないですよ俺。こう見えて真面目な生徒でしたから」
「お前は真面目なんやなくて要領がいいだけやろ」
「要領がいいなんてそんな〜」
「今のは褒めとらんで?で、どう思う?高校生が警察に駆け込みたいけどお世話になられへん理由ってなんや?」
「なんすかね……飲酒や喫煙だと学校が停学処分して終わりでしょうし。わざわざ自白するようなことでもないですからね〜。薬?いや〜高校生がそんなものに辿り着くルートを知ってるとは思えないですけどね。学生トラブルって言えば、いじめと言う名の暴行、傷害、恐喝、侮辱、脅迫、名誉毀損、器物損壊──的な犯罪?」
「それを駅前でやる言うんか?誰に?」
「駅前といえば、あそこホテル街ですよね」
「ホテル?ビジホが一軒あるだけやろ?」
「それ東口の話ですね。俺が言ってるのは西口のラブホ街のことです。梅澤さんここの刑事課は生活安全課も兼ねてるのでパトロールで行ったことあるでしょう?」
「西口は殆ど行ったことないな〜。俺の担当町外れの方やし。この田舎にそんなんあったんか……」
「ラブホ街でJKが犯罪と言えば……援交?」
「最近はそういうのパパ活言うんやで?」
「そういう犯罪を濁す系の言葉遊びマジ嫌いっす!ただの売春ですからね」
「お前今援交言うたやろ」
「援交もパパ活も売春すね。性交渉が伴わないで支援してくれるパトロンとか殆どいないっすからね実際。JKは変態野郎どもにとっては格好の餌食ですから。犯罪臭しかしません、この洞牡丹とかいう被害者。これは俺の勘ですけど、縞桜太より洞牡丹の周囲を当たった方が犯罪に突き当たりそうですけどね」
「何でや?」
「警察沙汰になるのを止めようとしてる友達に向かって“住む世界が違う”とか言ってるんですよ?じゃあお前はどこの世界の住人だよ?反社か?て話じゃないですか」
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