第17話 圧力


 無事に梅澤うめさわと合流できた盃都はいど松子しょうこは三人で梅澤の家でご飯を食べていた。盃都と松子は現地に入る前に24時間スーパーに寄って食材を買っていたのだ。夜中に家に着いたとして、もちろんコンビニに寄れるわけもない。スーパーは閉まっている。飲食店なんて数えるほどしかない。自炊するしかないと気づいた二人は一宿一飯の恩義として家事を行うことにしたのだ。


 今は二人で作った料理を三人でキッチンダイニングで食べながら事件について道中新たに得た情報を梅澤に共有していた。


 梅澤の家は古民家をリノベーションしたもので外観は古いが中は綺麗に現代風にアレンジされている。家具の趣味といい、オシャレすぎる。畳に絨毯という畳にとっては最悪な使い方ではあるが、その上に深みのある焦茶の木でできた椅子とテーブルが配置されている。まるで大正ロマンのような雰囲気だ。和室の質素な雰囲気の中にある家具の重厚感。貴重な家具だろう。どうやら梅澤の先輩が以前暮らしていた家らしい。事件の情報も気になるが、どうしても尋ねずにはいられないことが盃都にはあった。


「この家ってリノベされてるじゃないですか。梅澤さんがやったんですか?」

「俺の先輩や」

「梅澤さんが来る前に使ってた人ですか?」

「そうや。家具も全部先輩が置いてったからな。有り難く使わしてもろてる」

「その先輩って今はどうしてるんですか?」

「……亡くなった」


 

 一気にお通夜になった食卓。向かい側に座って食べていた松子にテーブルの下で足で蹴られる盃都。どう話題を変えればいいのわからずとりあえず目の前の卵焼きを摘む盃都を見かねて小さくため息をついて口を開いた松子。


「アッキー大阪の人なのに、こんな田舎に知り合いっていうか先輩いたんだ〜?」

「まあ……大阪にいた時に偶然世話になったんや」

「へ〜。あ、そう言えば、夜に渡したスマホ。ロック解除できた?」

「ああ、一応な。警察側としても詳細を把握したいからまだ返されへんけど」

「いつ頃返してもらえる感じ?」

「明日俺が出勤する時に可能やったら持って帰ってくるわ。鑑識に頼んだコピーも終わっとるやろうし」


 無事パスワード解除できたことに安堵した盃都。だがすぐさま次の疑問が生まれてくる。


「警察は2年前の事件当時にそのスマホの中身を調査しなかったんですか?」

「俺が読んだ捜査資料にはこのスマホについて記載はなかったで。お前らのおかげで新情報ゲットや。ありがとうな」

「……」


 盃都は今の会話ですぐに異常に気づいた。桜太おうたのスマホは誰にも気づかれずにずっと遺族が持っていたという異常事態に。事件捜査で必要なもの。現代であれば被害者や関係者のスマートホンは真っ先に調べられるだろう。今や身元確認できるIDの一つになろうとしてさえいる。遺体が発見されたとなれば尚更。遺留品の一つとして現場に無い方が不自然な時代。現場になければ家にスマホがないか捜索するだろうし、家族が持っているのであれば提出させるだろう。


 だが梅澤は先ほど捜査資料にはスマホの情報は一切なかったと言った。つまり、桜太の家族が意図的に警察からこのスマホを隠したか、もしくは警察の誰かが提出されたスマホの情報を捜査情報として共有しなかったということ。どちらなのか、盃都は現状判断できない。その旨を梅澤に伝えると梅澤は黙り込んだ。


「ま、どちらにせよウチらはアッキーしか信用してないから」

「……嬉しいんやら悲しいんやら、警察の人間としては複雑な気持ちやな」

「多分、桜太のお母さんも警察を信用していなかったんじゃないですかね?」

「なんでや?」

「わかりません。ただ、警察が、信用を失うような決定的な何かを縞桜太しまおうたの遺族にしてしまった──のかもしれないと思ったんです」

「決定的な何か?」

「例えば、伝えた情報が他の捜査官に共有されていなかったり、捜査官に渡したものが紛失したり──そういう状況を目の当たりにした、とか」

「…………」

「そんなことされたら遺族としては警察は当てにならなくなるよね〜。そういう状況なら私も自分で調べると思う」

「松子さんはそもそも最初から自分で調べそうですけどね」

「何それ、私が自分以外誰も信用しない面倒臭いメンヘラとでも言いたいわけ?」

「そんなこと一言も言ってないじゃないですか。なんすか、その面倒臭い女モード。言ってないこと勝手に読むのやめてください」


 再び黙り込む梅澤。何か心当たりがあるのだろうか。盃都は梅澤の雰囲気が僅かに変わった瞬間を見逃さなかった。次にどんな反応を見せるのか気になり松子と他愛もない会話をしつつ梅澤の方を伺っていたが特に変化はなく。警察について悪く言われショックだったのか?──と思ったり、自分の気のせいだろうかと流した。


 話題はもうすぐ開催される成人式と同窓会の話に移る。


 松子と盃都が同級生に成りすまして潜入する作戦を立て始め、そこに都度、梅澤がアドバイスをするといった形式で話が進んだ。梅澤は心配しつつも自分が表立って動けない分、二人が動いて情報収集してくれることは有り難かった。だから二人に居場所を提供した。そして二人が自分を頼ってくれることが少し嬉しかったりもしていた。


「お前らが立ち回ってくれることには感謝するし嬉しいんやが、あんまり無理せんといてや?危険やと思たらすぐ手ぇ引くんやで?」

「何かあったらアッキーが駆けつけてくれるでしょ?」

「何かあったら……そら、市民の味方やからな。駆けつけなあかんやろな俺は。でもまあ、トラブルが起きひんことを願うわ。面倒臭いねん、お前らに手ぇ貸して市民に捜査させてたことバレると……」

「面倒臭いって何よ!アンタら警察がしっかり仕事してたらウチらの出番なんてそもそもないんだけど?」

「そらそうやな……それは当時の捜査班に代わって俺は頭下げるしかないわ」


 二人がまた夫婦漫才を始めそうな予感がした盃都は多少失礼と思ったが割って入ることにした。何故なら夫婦漫才よりも重要な話題だからだ。


柳田雨竜やなぎだうりゅうって警察に何かコネクション持ってたりします?」


──国会議員がなんで今出てくるんや?

 突然出てきた名前。先ほど二人が言っていた同窓会で接触するターゲットのうちの一人がその議員の息子だったことを思い出した梅澤は盃都がなぜそのようなことを尋ねてきたのか意図がわからず困惑した。


「柳田議員の息子が事件に関与してる言うんか?」

「まあ、結論から言えばそういう可能性がありますね。犯人じゃないにしても重要な情報を持っている可能性があります」


 怯むことなく堂々と言い切る盃都。覇気がある話し方ではないが淡々と情報を追い疑問を紐解こうとする姿勢に梅澤は内心驚いていた。

──このボウズこんな奴やったっけ?

 出会った当初を思い出すと別人のようだ。相変わらず年齢の割には落ち着いているが、当時は落ち着いているを通り越してやる気のない無気力省エネ男子高校生そのものだった。面倒ごとには関わりたくない。そういうオーラを隠さず発していた。だが今の盃都からはそれが感じられない。東京に戻って遺族に会って心境の変化があったのだろうか。それとも松子の行動に感化されているのだろうか。梅澤は一人の青年の変化を面白いものを見るかのように観察している気分になった。蛹から羽化する蝶を見ているかのように。


「重要な情報ってどんなんや?」

「桜太か洞牡丹と何か重要な情報をやりとりしていたか、事件に関する重要な何かを目撃している可能性があります」

「なんで?」

「柳田議員のfacebookを追って三人の同級生のSNSを特定したって言いましたよね?そのfacebookの投稿で気になるものがあるんです」


 盃都は例の写真を梅澤に見せる。事件があった日の数日後に行われた郷土芸能の式典で撮影された写真。柳田議員が息子の肩に手を置いて取られていたあの写真だ。それを見た梅澤は盃都と同じ部分に注目した。


「こいつなんでこんな不安そうな顔してんねん」

「さあ?桜太の遺体が発見されて数日後の写真です。ここに写っている人はおそらくこの町の人でしょう。あの事件を知らないはずがありません。でもみんなが笑顔です。議員も。つまり、関係者以外は特にメンタルを揺さぶられえるような事件ではなかったんですよ。でも明らかに一人だけ何かに怯えているのか不安なのか、周囲とは違う顔ですよね」

「なるほど、全く別件の可能性があるとはいえ、事件後にこんな表情されちゃ気になるわな。にしても、怯えすぎやろ、この顔」

「何に怯えているんでしょうね?」

「……その場にいた人間に警戒すべき人物がおったか──そう言えば、俺の同級生でも厳しい父親にこんな顔する奴おったわ」


 梅澤がそう言うと盃都は梅澤を見た。元々口数は多くはない盃都だが、こうして誰かに視線で投げかけるところは今のところ見たことがない。これは無言の圧だろうが、梅澤は何の圧なのか分からなかった。だが梅澤は先ほど二人が道中得た情報を報告してくれているときのことを思い出した。洞牡丹とある三人がよくインスタに写っていた──と。その三人のうちの一人がこの柳田雨竜の息子の柳田燕大やなぎだやすひろだった。少しこじつけがましいとも思ったが、梅澤はある可能性を見出した。


「もしかしてコイツ、洞牡丹に関する何かを知ってる可能性があるっちゅうことか?」

「はい。そしてこの怯えよう。普通、自分の親がいれば安心する場面でこの表情。普段から厳しい教育や行き過ぎた教育を受けて父親に対して怯えている前提ではない限り、議員もその洞牡丹の何かに関係している可能性があります」

「流石にそれはこじつけすぎやろ」

「俺もそう思います。ですが、もし議員が警察の捜査に圧をかけられるような権力を持っていたら?その圧のせいで真実が捻じ曲げられたり、自分自身や家族に嫌疑がかけられる可能性があったら?もしくはその権力を持ってしても捜査が及んでしまう可能性があったとしたら?」

「気が気じゃないわよね。当事者にとっては」


 梅澤と盃都の会話に入らず聞き役に徹していた松子が口を開いた。


「桜太くんの遺族がもし、警察を信用できずに桜太くんのスマホを持っていたら?その信用できない理由の一つに、何かの圧で警察の捜査が難航しているという事情があったら?その圧が柳田議員によるものだとしたら?桜太くんのお母さんはとある三人の同級生を調べていた。その三人の中の一人として柳田燕大の名前が挙がっている以上、そういう妄想ができても不思議じゃないと思うけど」

「と言うことは何か?柳田雨竜が警察に圧をかけて何かを隠蔽しようとしとるっちゅうことか?」

「と、言う可能性もありますよね?ということです。で、柳田雨竜議員は警察に仲の良いご友人はいらっしゃいますか?」


 梅澤は今までの記憶を思い出す。約一年の記憶を。この田舎に移動してきて仕事中に誰かの圧力で仕事に支障が出たかどうか。三権分立とはいえ政治家が司法に圧をかけるのはよくある話だ。大阪で刑事をしていた時にもよくあったこと。だが、この田舎に来て直接わかりやすい形で政治家から圧がかかった記憶がない。


「ん〜、コネクションと言える権力は政治家やから持っとるやろうけど、それを行使した場面は見たことないなぁ、俺は」

「じゃあ、藤田建設に危ない若者が出入りしている件についてはどうですか?」

「は?」


 全く予想しなかった単語が出てきて混乱する梅澤。盃都は藤田建設と2年前の事件が関係していると言うのだろうか。パッと思いつくような接点らしきものは見当たらない。盃都が何を持ってそう思ったのか見当も付かなかった梅澤。腕組みをして考え込む梅澤に盃都は声をかける。


「藤田建設が絡んだ事件。どんな事件なんですか?」

「どんな──って、知ってて聞いてきたんとちゃうんか?」

「ちょっと!その事件は私に共有されてないわよ!初耳なんだけど?何?桜太くんの事件に関係あるわけ?相棒に隠し事してたの?」

「松子さんに隠してたわけではありません。そもそもその事件についてほとんど知りませんし。ただ、もしかしたら、何か関係があるのかもしれない──と思っただけです」

「関係ってどんな関係や?藤田建設の件に関しては、事務所の敷地で若者や藤田建設の従業員が薬の取引を行っとる可能性があるっちゅう疑いがあって捜査しとるだけやで?殺人事件は起きとらん。それに今は捜査が停滞しと、る……」


 梅澤は事件について説明しているうちに盃都が何故この事件を持ち出してきたのか理解した。だがそれと同時に驚いた。

──何で藤田建設の件知っとるんやコイツ。

 この事件は町の殆どの人が知らない。何故なら公に発表されていないからだ。やんちゃな界隈の人たちは知っている程度の話だ。そんなローカルネタを盃都が知っているわけがない。いくら祖父である春如はるゆきから地域の情報を得ているとはいえ、春如がやんちゃな若者界隈について明るいなんてことは想像し難い。


 この件を誰から聞いたのかと思っていたが、梅澤は思い出した。梅澤が初めて盃都と出会った時のことを。藤田建設の自販機の前にいた盃都に声をかけた時だ。ここは悪い若者が出入りしているから危ない”──と言ったのだ。

──たったそれだけの情報でこの件の捜査が難航しとるっちゅうことを推測したんか?

 まぐれだとしても、ただの思いつきだとしても、梅澤にとっては盃都の柔軟な思考は今までにない角度から事件を捉えるきっかけとなった。


「藤田建設の件はタレコミがあったんや。事務所の前で怪しい人間が夜に数人集まってコソコソしとるって。匿名やったけど、周囲の防犯カメラを調べたら確かに建設現場には似つかわしくない服装の若い兄ちゃんたちが数人集まっとる映像が確認できたんや。顔までは分からんかったけど。それで俺らが調べとったんやけど、突然上から捜査打ち切りの指示があってん。疑惑は晴れとらんからみんなあの周囲を通る時は警戒しててん。せやけど上からの指示があるかぎり勝手に捜査されへんからな。まさか、この捜査打ち切りの圧をかけた人間が柳田雨竜やって言いたいんか?」

「と言うより、警察に圧をかけて捜査に干渉できる人物がいるかどうか、実際にそういうことがあったのか、ということを知りたかったんです」

「結論だけ言えば、あるってことでしょ?今の話だと」

「せやな、捜査を打ち切らせるほどの影響力を持った人間が警察内部か関係者におるっちゅうことやな……」

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