第14話 交渉


 松子しょうこ盃都はいどは車に戻っていた。

 

「どうする?今日は車中泊?それともこの近くのインターで降りて適当にネカフェか宿探す?目的地に着くのは0時過ぎるから、現地のホテル取っても多分チェックインできないよ?」

 

 松子はスマホで周囲のホテルを調べながら、車のナビに表示される目的地までの残りの所要時間表示を見て言う。


 盃都は考えていた。

──あっちに着いたらじいちゃんにどうお願いして泊めてもらおうか。

 事件解決までの間、祖父の春如はるゆきに寝る場所を提供してもらえるとありがたい。


 盃都も夏休み前までバイトをしていたとはいえ、高校生が稼いで貯金する金額は高が知れている。松子は大学生で車も持っていることから、おそらくお金にはそれほど困っていないのだろうと踏む盃都。松子はホテルに長期滞在できるかもしれない。しかし前回松子に警告文が届いていることを考えると、なるべく一人行動は避けた方がいいだろう。


 先ほどまで松子の荒い運転と関係者三人のインスタを調べることに気を取られて、宿のことをすっかり忘れていた盃都は松子に言う。

 

「俺、お金そんなに持ってないので、現地に着いたらじいちゃんの家を拠点にします。これからその電話をじいちゃんに入れようと思いますけど、鶴前つるさきさんはどうしますか?」

「それって、私も盃都のお爺さんの家に泊まっていいってこと??」

 

 目をか輝せながら盃都の方を見る松子に、盃都は嫌な予感がしていた。

 

「……大学生がどれだけ稼いでいるのか知りませんけど、お金はいざという時にとっておいた方がいいと思いますよ、事件の捜査でどれくらいお金がかかるのかまだ分かりませんし」

「そうよね!じゃあ私も泊めて!」

 

 まるで何かよからぬことを企んでいるかのような不自然な笑顔を貼り付けた松子。春如に会ったら余計なことを言いそうで、盃都は松子を春如の家に招待したい気持ち半分、春如に迷惑をかけたくない気持ち半分で揺れる。一方、勢いよく即決した松子だが、すぐに不安そうな表情を浮かべた。

 

「でも、私たちが事件を調べていることがもし誰かにバレたら、盃都のお爺さんにも危害が加わる可能性があるんじゃない?」

「そこなんですよね、問題は……」

 

 盃都が懸念していたことを松子が指摘する。盃都はどうしたものかと助手席のシートにもたれかかって天井を仰いだ。そこでふと、ある人物を思い出した盃都。


 だが、すでに春如のことを気にかけてやってくれと頼み事をしている上に、前回の訪問時に全く無関係なのに手を借りてしまっている人物だ。改めてこの件にこれ以上他人を巻き込むのは迷惑行為だな──と思い、頭に浮かんできた人物を消した。


 そんな盃都をよそに松子は当てを思いついたようだ。

 

「アッキーは?」

 

 全く知らない名前が出てきて困惑する盃都は無言で松子を見て眉間に皺を寄せた。だが松子はあたかも盃都と共通の知り合いであるかのように話す。

 

「私たち二人が面識あるし、なんなら事件のことも知ってる上に、助けてくれたし。都会で刑事やってた経験があるなら、殺人事件も担当してたことあるだろうし、危険なんて慣れっこでしょ」

 

 盃都は刑事の知り合いなんていないが、例の事件を知っていて松子と自分を助けた人間となると一人しか思い浮かばない。

 

「もしかして、梅澤うめさわさんって、刑事なんですか?」

「そうよ?知らなかったの?」

 

──むしろ何故この人ががそれを知ってるんだ?

 不思議でしかない盃都。さらに謎の呼び方をしているのも気になる。アッキーとは梅澤明宣うめさわあきのりの“あきのり”からきているあだ名だろうか。梅澤は30代だろう。松子や盃都とは10歳は歳が離れているだろうに。そんな年上の男性を、しかも警察官を、“アッキー”などと昭和のアイドルのようなニックネームで呼ぶとは、盃都は夢にも思わなかった。


 非常に軽率ではあるが、それがまた松子らしいとも思った。盃都は呆れ半分、納得半分と実に複雑な心境で松子の意見に耳を傾ける。

 

「機転もきくし実行力もあるし、警察のくせに目を瞑って欲しいところも弁えてるし。アッキーの家を隠れ家にするのはアリだと思うけど?」

「梅澤さんに、この件からは手を引け──って言われたの、忘れたんですか?」

「そもそもアッキー自身が引いてないと思うけど?」

 

 松子は盃都が以前田舎から帰る際に梅澤に抱いた感想と同じことを思っていたらしい。あの時、盃都は思ったのだ。梅澤のようなタイプはこの事件を秘密裏に探るだろう──と。


 梅澤にあるのは警察官としての保護と奉仕だけのお人好しとは思えない盃都。順法と正義。特に法に従わせる正義感は強そうだ──と。見た目の警察官らしさと真面目だけではない要領が良さそうな梅澤の雰囲気を二人は察していた。


 口では他人に手を引けと言うが、自分は調べずに黙っているはずがない。松子も盃都も梅澤という人間をそのように捉えている。

 

「そうなると、梅澤さん自身も十分危ないですよね。あの人、休憩中や非番でよく一人行動してますし。梅澤さんって単身であの田舎に来てるんですかね?」

「彼女もいないって言ってたな。仕事忙しすぎていつもフラれるんだって」

 

 盃都の知らないところでプライベートな話をするまで仲良くなっている二人。おそらく連絡先を交換したあの日以降、松子は梅澤と連絡を取っているのだろう。


 松子のことだ。何の他意もなく梅澤のプライベートに踏み込んで行ったのだろうことが難なく想像できた盃都は、この時ばかりは松子のコミュ力には感服した。


 一方で梅澤も、慣れない田舎で地元の高齢者に混じって公民館で飲み会に参加できるあたり、梅澤も相当だな──と盃都は思った。自分にはないものを持っている人たちがこんなにも身近にいるとは。

──世界は広いのか狭いのか分からないな……。

 

 松子は早速梅澤にテキストメッセージで連絡を入れている。松子によると今日は梅澤は当番らしく、家を空けているらしい。松子がメッセージを送ってすぐに連絡が来た。しかも通話で。松子はすでにサービスエリアから出て運転中だ。代わりに盃都が電話に出る。

 

「もしもし?梅澤さんですか?」

『は?ショーコちゃうんか?誰やお前?』

「──俺です。菊地盃都きくちはいど。この前は大変お世話になりました」

『ああ!ボウズか!元気やったか?!』

「ええ、おかげさまで……」

 

 電話でも伝わる梅澤の活力に盃都は思わずスマホを耳から離した。このまま耳に当てていると鼓膜が破れそうな気がしてスピーカーにする。

 

『そうか〜無事で何より!ほんで、さっきの連絡は何なん?ショーコと一緒におるんか?』

「アッキーお久〜!昨日ぶり!」

『その声はショーコか??その呼び方ヤメロ言うてるやろ!全然久しぶりちゃうわ!自分、俺のこと暇人か何かやと思うとるんか!?』

「でも当番とか言いながらすぐ返信くるあたり、暇なんでしょ?」

『お前が訳わからん連絡してくるからや!』

 

 夫婦漫才かのような掛け合いを目の前で聞かされている盃都は、手に持っているスマホの通話終了の赤いボタンを押したくなった。誰かが司会進行をやらなければこの二人の雑談はいつまでも続くと思い、盃都は咳払いをして本題を提示する。

 

「あの、鶴前さんが先ほど何とメッセージを送ったのかわかりませんが、俺たちが梅澤さんに連絡した目的は、明日から梅澤さんの家に俺ら二人を泊めてくれませんか?──というお伺いを立てるためです」

『はああああ?』

 

 梅澤の雄叫びにも似た大きい声が車内に響く。その声を聞いて真顔になる盃都だが横の松子はケタケタと笑っている。

 

「アッキーうっさい」

『自分ら、もしかしてまだあの事件について調べとるんか?』

 

 盃都は否定しようと上手い言い訳を考えていると、横から松子に先を越される。

 

「そうよ!どうせアッキーも調べてるんだから、一緒に調べた方が効率いいっしょ?一人より仲間いた方が安全だし」

『俺が調べてるっちゅう証拠は?証拠もないのに勝手に決めつけられて家乗り込まれたらたまらんわ〜』

 

 梅澤はとぼけているが、松子と盃都のことを騙すには短いが濃い時間を共にしすぎた。

 

「梅澤さん、そういうのいいんで。俺ら、割と重要な情報を入手したかもしれません」

『……何や?重要な情報って』

 

 松子の言葉を買って反論しようとしていた梅澤を諌めて本題へと引き込むことに成功した盃都。そのまま今までの経緯を説明した。

 

『ほーん、やるやん、自分ら』

「でしょ?だから私は洞牡丹を殺したのはその“ナツキ”って女だと思ってるけどね〜」

『それはショーコの個人的な勘やろ。当てにならんわ』

「はっ!女の勘を侮るなんて〜、だから毎回フラれるってことに気づいた方がいいよ?アッキーは」

『何やと?!自分も彼氏おらんくせに偉そうに!!』

「梅澤さん、あなたも何か調べてますよね?わかったことはありますか?」

 

 梅澤と松子のお遊びには興味も示さず、盃都は梅澤から情報を引き出そうと必死だ。だが梅澤は腐っても警察官。簡単に一般人に捜査情報を明かす気はない。

 

『俺も捜査情報漏洩で捕まりた無いんや。言われへんてそんなん』

 

 捜査していることを否定しないあたり、梅澤が動いていることは間違いないだろうと踏んだ盃都は一か八かで交渉に出る。

 

「じゃあ、梅澤さんに俺らが調べた情報を渡していくので、俺らを匿ってください。梅澤さんから情報を得ようとはしませんから。俺ら二人で勝手に捜査するので」

『そないなこと言われてもな〜』

 

 はっきりとNOを突きつけないあたり、梅澤も迷っているのだろう。それを瞬時に察した松子は半ば脅しとも取れる言葉を梅澤に投げかける。

 

「アッキーが協力してくれないと私たち、盃都のお爺さんの家にお世話になる予定なんだけど、盃都のお爺さんって昔、縞桜太しまおうたの遺族を匿って土地を盗まれてんだよね。また狙われて犠牲になったら困るけど、かと言って私たち、あの田舎にツテはもう無いんだよね〜、アッキーを除いて」

『土地取られたあ?初耳やな……その情報は確かなんか?』

「ええ、じいちゃんが言ってましたこの間。だから、事件に関わるのは辞めろって忠告されたんです」

『それでも調べるんか、自分のじいちゃんが危ない目に遭うとるのに』

「だからこそです。俺のじいちゃんもやられてんだ。このまま黙ってられないっすよ。じいちゃんは俺たち家族が東京に呼ぼうと説得しても首を縦に振りません。あの田舎に骨を埋めると昔から言ってます。でも、殺人事件が起きてしまうくらい危ない田舎に、じいちゃんを一人残していくことはできません」

 

 春如が田舎を出ないということは本人に確認したわけではない。だが、春如のことだ。きっと自分の娘や孫が説得しようが、自分の愛する妻と長年生きたあの家を離れるはずがない。盃都はそう思っているのだ。


 確実ではない話を元にこの事件を捜査するという口実を作った盃都。嘘と言われればそれまでだが、この際、春如の真意がどうであるかは関係ない。面倒臭いことには関わりたくないはずの盃都がわざわざ動機を捏造するくらい、この事件においては黙っていられないのだ。

 

「梅澤さん、俺らを匿ってくれますか?」 

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