第15話 招待状
あの後
日は完全に落ちて周囲は真っ暗だ。道路横に置かれた反射板に跳ね返った車のライトが東北自動車道の下り車線を照らす。車の中は助手席に青白い灯りが灯っていた。
「誕生日も違う、スカウトされた日も違う、名前も違う。何だと思います?」
「アンタが知らなかったら私はもっと知らないよ。でもまあそうだな、完全試合した日とか?」
「いつすかそれ?」
「うっそ知らないの??アンタ
「いくら親友でも俺は松子さんのようなストーカーでは無いので知りません。そもそも野球に明るくないんですよ俺」
「天才球児が身近にいたのに勿体無いね〜」
二人は桜太のスマホのパスワードに挑戦していた。あまり間違い過ぎるととてつもない時間の制限ロックがかかる。すでに3回間違えてしまったため、そろそろ危ないのだ。
「で、その完全試合、いつですか?」
「確か中学2年の全国大会だったから……えーと、6年前。まだ平成時代の8月23日」
──なんで本当に覚えてんだよ……。
松子に若干引きつつも、ググらなくて済んだ盃都は平成の2桁と日付4桁にしてパスコードを入力した。だが、認証はされなかった。年号の部分を西暦の下二桁にして再チャレンジしてみるもロックは解除されず、とうとう制限がかかってしまった。
「ロックにロックがかかりました」
「もう諦めてさ、あっち着いたらアッキーに渡して警察で開けて貰えば?」
「そうするしかないっすね。一応5分後に再チャレンジできますけど、次ロックかかったら中のデータ消去されちゃうので」
「それも含めて次の休憩ポイントでアッキーに連絡しとくわ」
長者原SAで休憩をとったため、そう遠くはない。遠いのだが、半分は過ぎたのである。このままノンストップで梅澤の家に直行するつもりでいたが、梅澤の指示に従い規定の時間に現地に到着するように調整しながら走行することになった。
なぜならば、県外ナンバーがあの田舎町を彷徨いているとすぐに注目されてしまうのだ。特に誰か特定の家の前に一定期間置かれていると。そして松子の趣味であろう真っ赤な色は悪目立ちしてしまう。なるべく周辺住民にバレないように梅澤の家のガレージに駐車して家の中に入りたいのだ。
朝4時を過ぎると田舎の年寄りたちは起き出して活動し始める。それよりも前の時間に到着しなければならない。その上で梅澤の休憩時間に家の鍵を受け取る必要がある。梅澤の何度かある休憩時間にタイミングを合わせて現地入りする方が安全なのだ。そのため松子は時間を見ながら車を走らせている。
「ほんっとに面倒ね、地元のコンビニで待機じゃダメなの?」
「田舎のコンビニでこんな夜中に休憩してる人なんて長距離トラックの運転手しかいませんて。そんなところにこんなド派手な色した車で乗り込んで待ってたら不審がられますよ」
「そんなに気にする?分かんなくない?」
「アンタそうやって舐めてたらこの前脅迫されて東京に帰って来ましたよね?」
この間、初めて二人が出会って事件について調べた翌日。松子の宿泊するホテルの部屋に脅迫とも取れる警告文が届いたのだ。今だに誰の仕業なのか分からないため、用心したことに越したことはないのである。そう思う盃都と梅澤だが、被害を受けた当の本人はあっけらかんとしていて今だに危機感が無いらしい。度胸があると言えばいいのか、能天気と言えばいいのか。それが松子らしいと言ってしまえるため、盃都はもうこれ以上突っ込むことはしない。
「現地に着いたらもう少し警戒して動いてくださいね?」
「わぁかってるってば!もう五月蝿いな〜」
「分かってないように見えるんです、梅澤さんにも言われましたよね?目立つなって」
「アッキーも盃都も気にし過ぎ」
「松子さんは現地に知り合いがいないでしょうけど、俺らは違うんです。梅澤さんは自分や同僚の、俺は爺ちゃんの命がかかってるんです。慎重になるに決まってるじゃないですか。松子さんがたった1日あの事件を調べて翌日にアレですよ?現地にいる関係者ならどんな目に遭っていたか……頼みますから、俺らの気持ちを少しは考えて行動してください」
「……分かったよ」
いじけたかのようなリアクションを取る松子にため息をつきたくなる盃都。だが正直、今回一人で捜査をするよりはチームで動いた方がいいのは確かなのだ。もし盃都一人だったら、車を運転してSNSを調べることはできなかっただろう。おそらく梅澤に協力を依頼することもできなかっただろう。その点、松子の軽率さや行動力に助けられている部分は認めざるを得ないのだ。たとえ松子が今、盃都の横で歳下に怒られて幼児のように不貞腐れながら運転している人であったとしても。
盃都は気を取り直して現地入りしてからの計画を考えることにした。問題は何から取り掛かるか。先ほど調べた三人に接触を試みたい。不自然にならないアプローチの方法はあるだろうか。顎に片手を当てて考えてる盃都を横目で捉えつつ、松子は瞬時に真面目モードに切り替えて口を開く。
「私のカバンに茶封筒が入ってるから、それ取って中開けて」
盃都は突然の指示に戸惑いつつも、後ろにあるボストンバッグに手をばして片手でチャックを開けた。一番上に茶封筒があり、それを掴んで中身を覗く。車内が暗過ぎて何も見目なかったため、スマホのライトをつけて中を照らした。A4用紙数枚と、便箋が入っている。
「出していいよ。中身全部見ていいから」
松子に言われるがまま中の書類を取り出してみると、何やら誰かの調査書のようなものが出てきた。便箋はシーリーングワックスで封をされており、デザインも小洒落ている。
「何すか、これ」
「桜太君と洞牡丹の同級生からもらった招待状と、その同級生のプロフィール」
「……何をやろうとしてるんですか?」
「その便箋開けて見て。招待状だから。それ読んだ方が早い」
便箋を開けようとするも蝋の接着が強く上手く開く感じがしない。無理に開けると中の書類まで破りそうだと思った盃都は松子に尋ねる。
「ハサミかカッターかありますか?」
「ダッシュボードにナイフならある」
──何故ナイフなんて物を持ち歩いてんだ?
疑問に思ったが、盃都は気にすることをやめて目の前にあるダッシュボードを開けた。確かに中からサバイバル用のナイフが出てきた。それを手に取って裏表360度方向から眺める。赤い柄には白地で十字のマークが書かれている。よく見る多機能らしい。
盃都は何をどうすればナイフが出てくるのが分からず片っ端から中に折りたたまれている金属を展開していく。やっとナイフらしき形の部分が現れ、蝋の部分に当てて切り込みを切れると便箋の封が開いた。外側の封筒はやや硬めの厚紙でエンボス加工で装飾がされている。中に入ってある紙も同様だ。
「やけに金のかかった、というか、手間のかかった招待状ですね」
「暇人が作ったんでしょ」
松子から毒舌な返しが来るとは思っていなかった盃都はやや驚くが、先ほどSAでナツキを散々ディスっていたことを思い出してこれが松子の通常運転だということを再認識する。
盃都は二つに折られた紙を広げた。
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ご案内
令和6年
ならびに
成人式
【日時】令和6年8月13日 11:00〜
【場所】先魁市立会館Aホール
【服装】通常の成人式の常識の範囲内
北杜高校72期生同窓会
【日時】令和6年8月13日 16:00〜
【場所】料亭二条
【服装】オフィスカジュアル
【持ち物】本招待状
成人式は各自自由参加。
同窓会につきましては出欠を同封の葉書にて返信、またはお知り合いの同窓会委員までLINEにて意思表示をお願いいたします。
開催日前日まで返信のない場合は欠席とみなしますので、ご出席される場合はお忘れのないようにご注意ください。
当日、皆様に会えることを心よりお待ちしております。
【幹事】芒花菜月
【委員】A組:桐生清鳳、B組:髙橋唯、C組:加藤貴大、D組:伊藤純也、E組:佐々木仁美、F組:工藤飛鳥
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