第13話 秘密の共有


 伊織は自分のそばで守ろうとしてくれている辰之助に頼んだ。


「辰之助、誰か人を呼びに行ってくれ」


 伊織が云うと、孫四郎がさっと動いて間合いを詰めてきた。


「避けろっ」


 辰之助の声にハッとして二人は飛びのいた。


「おやめ下されっ」


 伊織は無我夢中で叫んだ。

 ここで命が尽きるかどうかは自分の言葉によって左右される。

 今はもう小園との約束を守ることよりも、孫四郎の気持ちとそして辰之助を守りたい一心だった。


「孫四郎殿、私の話を聞いてください。私は小園を裏切ってなどいない。私と小園は秘密を共有していた。ただの同志だったのです」

「何?」


 孫四郎の動きが止まった。伊織は必死で云った。


「小園殿が私を選んだのは、私が……他の人間を愛していることを知っていたからです」


 恥ずかしいなど、もうどうでもよかった。

 伊織は続けた。


「私はずっと辰之助のことを見ていました。幼少の頃からずっとです。それを小園は知っていました。お互い結ばれない相手を想っている事で、秘密を共有することにしたのです。小園が俺を選んだのはそういう理由だったのです」


 孫四郎は何も云わず、身動き一つしなかった。

 云ってはならぬと思っていた。だが、本当なら、彼女が生きているうちに告げるべきだったのかもしれない。


「小園が心から愛していたのは孫四郎殿、あなたです。小園はいつもあなたの話題ばかりしていた」


 そう告げた時、孫四郎の目が大きく見開かれた。絞り出すような声がした。


「……嘘だ」

「いいえ、真実です」

「嘘を申すな……」


 泣いているのだろうか。暗くてよく分からないが、相手は刀を手から落とした。


「孫四郎殿……」


 呼びかけた時には、彼の姿は消えていた。


「伊織……」


 辰之助がそっと近寄って来た。


「孫四郎殿は?」

「さあな、気配はない」


 どこへ行ってしまったのか。

 伊織は、地面に落とされた刀を拾った。懐紙を取り出して血を拭う。こぼれしており、人を斬ったことが一目瞭然であった。


「どうするのだ……?」


 伊織には答えられなかった。その時、倒れている町人が呻く声がした。駆け寄って触れるとまだ温かい。


「まだ生きている。すぐに医者へ連れて行こう」


 伊織が云うなり、辰之助は町人を肩に担いだ。


 これからどうなるだろう……。

 伊織は不安に駆られながらも、辰之助の後を追った。




 町人の傷は浅く命には別状なかったが、誰に斬られたのか犯人を見たのか、そして、なぜ二人は夜更けに外にいたのか等、追及されることになった。

 その後、調べによって町人を斬った犯人は谷村孫四郎であり、それを追っていたのが伊織と辰之助で、翌日には孫四郎は藩を出奔していたことが明らかとなった。


 孫四郎の他に跡取りもなく、辻斬りは重罪として、谷村家はお取りつぶしとなった。



 孫四郎はどこに行ってしまったのだろう。生きているのか、死んでいるのかすら分からない。

 伊織は、彼に真実を告げたことが果たしてよかったのかどうか、数日、悩み考え続けた。

 だが、伝えてよかったと思っている。

 辰之助ともあれ以来、まともに顔を合わしていなかった。

 お互い忙しい日々を過ごしていたが、自分は彼を前にして恥ずかしいことを云ったと思うと、たまらない気持ちになった。

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