第2話 盗撮

個室のドアを閉めた瞬間、Aは大きく息をついた。膀胱は悲鳴を上げており、もう一秒も我慢できなかった。安堵の吐息を漏らし、便座に腰を下ろす。


 そのとき――。


 ――カシャ。


 乾いたシャッター音が、狭い空間に響いた。

 Aの背筋が凍りつく。何かの聞き間違いだと願った。だが、続けてもう一度。


 ――カシャ。


 はっきりと耳に届いた。

 視線を上げると、個室の仕切りのわずかな隙間に、黒いレンズが覗いていた。


「……っ!」


 喉が一瞬、固まる。血が逆流するような感覚。羞恥と怒りと恐怖が一気に押し寄せ、思考が爆発しそうになった。


 その向こうから、押し殺した笑い声が漏れる。

「やべ、撮れたw」

「おいバカやめろって!」Cの声が混じる。だが本気で止める調子ではなかった。


 Aの全身に熱が広がる。呼吸が荒くなり、心臓が耳元で鳴り響く。

 頭の中は真っ白になりながらも、ただ一つの衝動が浮かぶ。


「……ふざけんな!」


 Aはドアを乱暴に蹴り開けた。金属の音が反響し、通路に響き渡る。

 そこに立っていたのはB。スマホを片手に、驚いたように目を見開いていた。


「お前……今撮っただろ!」

 怒声とともに、Aは掴みかかる。

 Bは一瞬怯んだが、すぐに嘲笑に変えた。

「やべ、バレたw」


 次の瞬間、Bは踵を返して駆け出した。

「逃げろ!」とCが叫び、二人は人混みの中へ消えていく。


 Aの視界が赤く染まった。羞恥を笑いに変えられた屈辱。

 気づけば全力で走り出していた。

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