蛇足 いいお正月

 からんからん……。


 ドアベルが澄んだ音を奏で、早朝の開店前のバーに眠たそうな様子の人物が姿を見せた――


「やぁ、明けましておめでとう」


「うむ、おめでとう」


 ザンダーと星胡だ。


 星胡のほうは元気そうだが、ザンダーは明らかに疲弊した……というよりかなり眠そうだ。


 カウンターでグラスの手入れをしていたミングルが、意外そうに顔を上げる。


 それを見て、ザンダーはなにやら怪訝そうな表情を浮かべた。


「あけおめ! ……ん、どうしたの?」


「いやその……なぜみかん?」


「お正月だもの」


「いや……なぜ頭の上にみかん?」


「鏡餅のMoodキブン……かな?」


 ミングルはなぜか頭の上にみかんをのせていた。ちょこん、と載っかっているみかんは愛らしく、ミングルの無邪気そうな雰囲気と似合っている……かもしれない。


 まあ、このバーテンダーがちょこちょこ奇行に走るのは既知の事実。ザンダーはまあそうかと納得した。


「でもまだClosedヘイテン中だよ? いるならカクテル作るけど」


「まぁ、今日はそっちのほうが都合がいい……。悪いね、ちょっと椅子を借りるよ……カクテルのかわりにミルクでも欲しい」


 おぼつかない足取りで、フラフラしながら椅子に座るザンダー。


「……えーっと、寝たの? ザンダーおじさん」


「これが終わって……あと一、二、三、四件用事を済ませて寝る。徹夜だね。こたえるよ、新年だからギルドも忙しくてさ」


「あれま」


 もとより子供のようなロングスリーパーで有名なザンダーである。生活リズムが崩れ、あまつさえ徹夜もしたとなればそうとう疲れがたまるようだ。


 毎度毎度、よくこんなのでギルドマスターが務まるなぁと感心する。


「じゃ、はい!」


 コトリ、とザンダーの前にグラスが置かれた。中身は牛乳……ではなく、アーモンドミルクである。ミングルの手に紙パックが握られていた。


「温めたアーモンドミルク、甘いよ!」


「……ありがとう」


 グラスに伸ばす手は若干震えていて、本気で健康状態が心配になるレベルだ。


 明日からシンセシアのギルドは、ギルドマスターが不在になるかもしれない……。まあ、なったとしても優秀な部下がいろいろ回してくれるのだろうが。ザンダーの場合は賢い使い魔たちもいる。


「こほん……。すまない」


 星胡が咳払いをした。


「悪いが一杯貰えないだろうか。わたしも飲みたい」


「いいよ! はい、どーぞ♪」


 ミングルは新しいグラスにもアーモンドミルクを注ぎ、ストローを刺してあげた。星胡は器用にストローからミルクを飲む。


「ごちそうさま。とても美味だ」


「いえいえ~。ところでザンダーおじさん、ボクになにかWorkヨウがあるんでしょ?」


「うん。眠すぎて忘れるところだった」


「いったい何のためにここに来たと思っているんだ……」


 使い魔にすら呆れられるザンダーであった。


 持っていたカバンから結構な数の封筒に手紙を取り出すと、一枚ずつ分けてカウンターに置く。


「ミングル君への荷物だよ、あとは謎の儀式」


「儀式?」


「ギルドマスター直々に再勧誘しに来たのさ、こちらも上からミングル君を引き入れろとせっつかれているものでね……。意味ないったらないのに」


「あー。まだ諦めてないんだ、あのお爺さんたち。まったくもう!」


 もう冒険者なんてとっくにやめたのに~、とミングルはぷんぷんしている。


「この四枚はギルドからの年賀状、もとい勧誘ダイレクトメールというかなんというか。でこっちは二月にあるコンサートの要項で、こっちはフォンディーセヴァン家のご令嬢からの絵手紙」


「わ、あの子Drawingが上手くなってる~!」


 ミングルは旧知の仲の貴族から送られてきた年賀状に大はしゃぎ。微笑ましい、と星胡は思った。


「と、コンサート? チャリティ?」


「そうだね、あの歌姫がまた来るってことで大はしゃぎだ――まだ告知はしてないから、関係者だけだけど。ミングル君もここで出店しないか、と会場の支配人から申し出があって」


「お~、行く行く! ボクもあの子に会いたいしね~♪」


 それ意外にも雑多な手紙類がいくつもあったが、重要そうなのはこれくらいだ。


 一通りのやることが終わると、ザンダーは立ち上がろうとして――やめた。相当眠いらしい。


「……少しNapカミンしてく?」


「あぁ……いいのかい」


「今寝ないと死にそうに見えるよ」


「じゃあお言葉に……甘えて……」


 カウンターに突っ伏し、動かなくなるザンダー。すぐに小さな寝息が聞こえてきた。


 星胡が申し訳なさそうに頭を翼でかく。


「星胡は眠くないの?」


「わたしか? わたしはまぁ、十時間睡眠の健康生活ではなくとも動けるからな……」


 曰く、ザンダーが眠い時はかわりに星胡が指揮を執れるくらいの強い権限も与えられているらしい。


 こんな便利な使い魔、一家に一匹星胡が欲しくなるところだ。


「そうだ、おみくじひいた? 星胡」


「いや、引いてない」


「じゃあ……ジャジャーン! おみくじやってかない?」


 カウンターの下から現れたのは、大きな木箱である。側面にミングルの簡素な似顔絵、それから『おみくじ』の焼き印が入っていた。彼女の手作りのようだ。


「何年かBeforeマエに作ったんだ~♪ 引いてかない?」


「じゃあ一回……ぬ、むっ、ぬ……」


 穴にクチバシを突っ込むが、結構取り出すのに苦戦しているようだ。かなりシュールな画である。


「……ふぅ、ようやく取れた」


「ふふ、どれどれ……」



『運勢――末吉

やや悪い目にあうけれど、なんとか切り抜ける。その後はいい方向に向かう!

ラッキーアイテムはルーペ。いろんなものをよく見てみよう!』



「お、悪くはないっぽいね」


「最初に悪い目に遭うというのがなんとも言えないが……」


 ついでにザンダーのおみくじも引いてあげよう。星胡は再び大苦戦した後、なんとか引っ張り出した。



『運勢――中吉

物事はだいたい予想通りに進む! でも、たまには良くない予想も的中しちゃうかも……?

ラッキーアイテムはぬいぐるみ。カラスのぬいぐるみがいいかも?』



「カラスのぬいぐるみだって! 星胡でいいのかなぁ?」


「わたしはぬいぐるみではないが……」


 最後に、ミングルのおみくじも引いてみる。



『運勢――小吉

知られたくない秘密が、身近なひとにバレちゃうかも! 信頼関係をきちんと築いておけば、笑顔で受け入れてくれる……?

ラッキーアイテムは懐中時計。でも、時計より大事なものがあるなら、目が曇らないように気をつけて!』



「三人ともまあまあだねえ」


「そうだな……。そういえば、おみくじは引いたらなにか……紐に結ぶと聞いたことがあるが?」


「あ、そうそう。でもあれ失くしちゃったからないんだよね~」


「そうか……」


 そしてザンダーはぐっすり寝ている。


 二人は顔を見合わせると……どちらからともなく、曖昧な笑顔を浮かべたのだった。


「今年もよろしくね~」


「うむ、よろしく」

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