第二十七話 エドゥワルトの眼光
すると老人の背後から杖を突く音と共に木々に人影が。
「ここに来るのは何年ぶりだろうか。爺、わざわざ呼び出したにはそれ相応の理由があるのだろうな?」
そこに現れたのは上着を肩にかけたエドゥワルト大将だった。ストーンは会ったことはなかったが胸についている階級章ですぐに大将だと気付く。
エドゥワルト大将は老人に一瞥を送り、そのままストーンへと視線を移した。
すぐさま姿勢を正し、敬礼する。
大将は杖を突きながら、ネメシスへと歩み寄った。
その表情には、長い時を経てようやく再び対面したかのような、柔らかな表情が滲んでいる。やがて機体に視線を注ぎ込み、静かな吐息とともにゆっくりと口を開く。
「……動いたのか、この機体が。動かしたのは貴官か?名は」
「リリー=ストーンウォール少尉であります、閣下」
「ストーンウォール――そうか、貴様が。デブローが手を焼いている噛みつきオオカミだな」
ストーンの生い立ちを知っているのか、彼の名字に引っかかった。しかし、エドゥワルトは口元にわずかに笑みを浮かべたあと、視線を機体へと戻した。
「この機体は……一体、何なのですか?」
エドゥワルトはゆっくりとうなずき、機体について語り始めた。
「この帝国が建国された当初――軍事力では他国に大きく劣っていた。特に空の支配権では1世代近く出遅れていただろう。そこで進められたのが、ある極秘実験だ。名を人体神経同調実験。開発責任者の名を取り、後に『ノア計画』と呼ばれるようになった」
教本にも記されていない。噂話でも聞こえてこない話に思わず唾を飲み込んだ。
「シデン=ノアリスト……当時の戦闘機開発部門部長は、劣勢を覆すため“悪魔の手段”に手を染めた。人間の脳神経と戦闘機をつなぎ、戦闘機の欠陥部分を補うというものだった」
「欠陥部分・・・?」
「ああ。人間が攻撃を認識してから行動を起こすまでの僅かなラグが生じることはわかるだろう。この実験はそれを無くし、脳の命令を直接戦闘機に流すことでラグなしで動かそうとした」
ストーンの動揺を無視しそのまま話を続ける。
「当然、実験は失敗が続いた。被験者の多くが神経が破裂し、脳が焼き切れ命を落とした。計画は中止され、ノアリストはその責を問われて投獄、そして――処刑された」
「処刑……されたんですか」
エドゥワルトは目を細めたまま、ネメシスに手をかざすようにして続けた。
「だが彼は、投獄される直前にこの機体――ネメシスだけを密かにこの遺跡に封印した。ほかの神経同調型機体はすべて廃棄されたがこれだけは生き残った。発見されて50年以上経っているが微動だにしなかった。動かしたのは貴様が初めてだ」
青白く光る機体がストーンを待っているかのように。こちらを覗いている。
「さて、リリー少尉」
エドゥワルト大将の声が、先ほどまでの穏やかさとは違う色を帯びて響いた。男はこちらへ向き直る。
「貴官に一つ、聞きたいことがある」
ストーンは背筋を正し、姿勢を戻す。
「……現在の帝国の体制について、どう思うか?」
その言葉に、すぐには答えられなかった。
軍人として、上官の問いには即答すべきだと頭では分かっている。だが、帝国の軍人として皇帝陛下が治めるこの国について軽々しく言葉を返すのは危険だと脳が判断し、口を閉ざした。
その沈黙に気づいたのか、エドゥワルト大将は杖を一度、地に強く突いた。
コツン――その音が静かな空気を打ち破る。
「構わん。政治犯として告発などせん。ただの雑談だ。貴官の率直な意見を聞きたいのだ」
「は……!では、無礼を承知で申し上げます」
ストーンは小さく息を整え、言葉を絞り出した。
「現在のトルイ二世陛下の帝政は、いささか栄えているとは言い難く、庶民への圧政は日に日に酷くなっている印象を見受けられます。
――貴族連中は、親の七光りで文官になり悪しき世襲制度が根付き、軍人になるものは一般階級のものばかりです。文官になっても傲慢な態度は変わらず、有能な者はむしろ疎まれているように感じます」
言った直後、少し言い過ぎたかと不安になる。しかし――。
エドゥワルト大将はふっと口元を緩め、静かに笑った。
「……確かに、貴官の言う通りだ。皇族に媚びを売り、軍を顎で使うばかりの貴族ども。下のものを考えない開戦派ども。
宮殿では様々な思惑が渦巻き、愛憎もまみれている。もはやこの帝国は、滅亡の淵にあると言っても過言ではない。――では貴官は、この国が変わるにはどうすればいいと考える?」
ストーンはほんの一瞬、躊躇した。
大将の口から不敬とも取られかねない質問が飛んできたからだ。ただの兵士なら平伏し質問の拒否を頼んだろうが。
「……貴族制度の廃止でしょうか」
頭で文言を組み立ていた文言が口から飛び出てしまう。失言に気付き、口を引き結んだ。
エドゥワルト大将の瞳は大きく見開いた。
「はっはっはっは!」
声を上げて笑っている。その笑いに棘はなく、むしろ心から楽しんでいるようだった。
「なるほど、貴様は面白い男だな。千年続いた貴族制度の廃止か……考えたこともなかったな。だが、確かにその発想は興味深い」
試す意味で質問を投げたが、まさかの返答に笑ってしまった。そこまで正直に言ってしまうかと。貴族連中が聞いていたら血相を欠いてストーンを断罪しようとしたであろう。
デブローが手を焼く理由が改めて理解できた。
少し照れながらも、取り繕うようにストーンは言葉を紡いだ。
「……いえ、廃止とまでは言わずとも。たとえば、貴族の中からも徴兵を行うなど――身分に関係なく国に仕える形を模索することは可能だと思います」
「良い。今日の話は、私の心に留めておく」
エドゥワルトは胸元から軍用デバイスを取り出し、どこかへ通信を繋げた。
「……私だ。時が来た。技術者たちを集めろ。ネメシスを改修し、アイアンヴァルキリーに積み込む。直ちにだ。爺も良いな?」
老人は無言で頷き、そのまま夕日に消えていった。
通話が切れたあと、ストーンは呆然としながらも、エドゥワルトの意図を測りかねていた。
「貴様に、このネメシスを預ける」
不意を突かれたストーンに、エドゥワルトは微笑を浮かべながら続ける。
「貴様なら、この機体を操り、この暗雲立ち込める帝国に光をもたらしてくれるかもしれん」
「……なぜそこまで俺に?」
ストーンの問いに、エドゥワルトの瞳はどこか遠くを見つめていた。
「リリーよ。私はこの五十年、軍人として生きてきた。多くの友と仲間を失い、敵を屠ってきた・・・。その中で私は見てきた。どういう人間が、この国を救えるのかということを」
敢えて名前で呼んだことで、そこには軍の規律や階級を超えた想いが込められていた。父が子へ語るように、あるいは師が弟子に言葉を残すような感覚だろう。すでに定年を超えて、死ぬまで軍人を貫いてきた男にとっては、ストーンのような男が育っているのは歓喜雀躍だった。
一拍置いて、まっすぐにストーンを見据える。
「私はな、貴様のような男こそが、上に立ち、人々を導くべきだと考えている」
大袈裟かと思われるがエドゥワルト大将はその気概と素質をすでに見抜いている。
ストーンはその言葉を聞き、心の奥がふるえた。男はこれまで数多くの上官に反発してきた。それは男の境遇にもよるのかもしれないが、蔑まれた訓練時代が大きいのだろう。
そして今日、ストーンは初めて誰かに認めてもらえたような気がしたのだ。
老将はさらに言葉を続ける。
「反発するのはいい。上官に盾突く気概も結構。だが――自分を見失うな。戦場では、自分の意思と感覚を信じろ。何があっても己が選んだ道を、迷わず進め。それを出来なければこの機体を操ることは出来ないぞ。その先に、君自身の成長がある」
カーラ達を失って以来、編隊長としてどう振る舞うかを悩んでいたストーン。ヴァルキリーウィング隊のメンバーとも打ち解けてきたが、やはり自分の芯がぶれていた。
それを大将は見抜き、指摘した。見失ったままでは戦場に出て、すぐに戦死してしまう。語気は強かったが、表情はどこか柔らかい。
満足したのか踵を返して背を向け、遺跡の出口へ去って行った。
残されたストーンは、しばしその背中を見送り、ネメシスを一瞥した後、歩み出した。
デブローに反発していたあの頃とは違い、心にすっと落ちてきた。老将の言葉はストーンに変革をもたらしたかもしれない。それが分かるのはまだ先の未来。
ストーンは坂道を降りながら、ネメシスのことを思い返す。
神経同調型戦術機体――。
携帯デバイスを開き、シデンノアリストの名を検索してみるが。勿論、何の一致情報も出てくるわけがない。
次に「神経同調型戦術機体」と打ち込む――だが、これも反応はなし。
「……そんな機密情報、ネットに転がってるわけないか」
ひとりごちると、ふと視線を時刻表示に向けた。すでに酒場での集合時間を過ぎていた。
慌ててデバイスを閉じると、ストーンは坂を駆け下りていった。
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