第二十六話 ネメシス
夕日が街を朱に染める頃、坂道を歩く道中でストーンは足を止めた。涼しい風が心地よく、背後からは子供たちの笑い声がかすかに届く。
敵国と国境を接する基地都市とは思えない穏やかさだった。
話によると、ヴェルツァーハに配属が決まると家族、配偶者の家屋が無料でもらえるという。
これはエドゥワルト大将の考えで家族と離ればなれで暮らすより、家族で過ごした方が気が休まるだろうと施策したものだ。この制度のおかげでヴェルツァーハでの結婚率は五割を超えている。勿論、独身でも家はもらえるらしい。
前線であろうと人々が怯えた姿を見せていないのは、エドゥワルト大将が年月をかけ構築した信頼の証なのだろう。
帝都では決して見られない光景。あそこでは笑顔よりも緊張、希望よりも計算が支配している感覚だからだ。排気ガスやら汚染など首都としの機能をかろうじて担っている程度。
ストーンは小さく笑う。
「俺は今、羨ましいと感じたのか。・・・だいぶ毒されてたってことか……」
ストーンは、ふと立ち寄った路地裏の露店で、年配の住民からこの地に古くから伝わる遺跡の話を聞いた。
「坂を登った先にある、石造りの門が目印――」
そう教えられた彼は、集合時間まで暇だったので、興味本位にゆるやかな坂道を登り始める。
坂を登り切ると、そこには苔むしたアーチ状の門が静かに佇んでいた。
門の先には、崩れかけた塔と、雑草に覆われた広場が広がっている。まるで時が止まったかのような、異質で静謐な空間だった。
ストーンはゆっくりと足を踏み入れる。風が木々を揺らし、どこか懐かしさを醸しだし、土と鉄の混じった匂いが鼻をかすめる。
奥へと進むと、遺跡には不似合いな、金属製のシャッターが現れた。
木々をかき分けながらその前に立つと、中央に大きめの穴が空いており、内部が薄暗く見えている。
ストーンは警戒を解かず、腰の拳銃に手を添えながら中へと踏み込んだ。
天井が崩れて開いているからか、夕陽が差し込むその奥――そこには、日の光に照らされた紺色の戦闘機が静かに眠っていた。
「……これは」
その機体は、今まで見たどんな戦闘機とも似つかない。
紺色の機体は静止しているだけで空気を張り詰めさせる存在感を放っていた。
鋭く伸びる機首から流れるようにつながる胴体は無駄を削ぎ落とした直線と平面で構成され、光を反射しにくい艶消しの外板が異彩を放つ。
広く張り出した菱形の主翼は、滑らかな曲線ではなく角張った輪郭で空を切り裂く。コクピットは小さく、日の光を反射したキャノピーは琥珀色に輝いている。
双発のエンジンは機体に深く埋め込まれ、推力偏向ノズルは尾翼と一体化するように収束し、尾翼は外側へ傾けられていた。
よく見ると外壁は血流のようにうねっていて、気持ち悪さを感じた。
ストーンは吸い寄せられるように機体の側へ歩み寄り、キャノピー辺りに手を触れる。
その瞬間、戦闘機が青白い光を帯び、機体全体がゴォォ……と低く唸り始めた。
まるで、目覚めたかのように。
驚いて一歩下がると、背後で小枝が折れる乾いた音がした。
ストーンは即座に振り返る。
目の前に立っていたのは、背丈の低い、年老いた男だった。白髪を後ろで束ね、くたびれた外套をまとっていた。
「ようやく現れましたな」
「あんたは・・・?」
「ここの管理をしている者です」
老人は静かに微笑みながら一歩前に出た。
「あなたを・・・ずいぶんとお待ちしておりました」
「待っていた・・・?どういうことだ?それにこの機体は……?」
再び視線を背後の戦闘機に移すと――。
「古くからその機体はあなた様を待っておったのです。あなたは選ばれたのですよ、この『ネメシス』にね」
「ネメシス……」
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