第10話

朝は静かに訪れ、鳥の柔らかなさえずりを運んできた。

Heitor はゆっくりと目を開け、昨夜の出来事をまだ覚えていた。体は重かったが、心は冴えすぎて再び眠ることができなかった。


彼は横を向いた……だが、そこに眠っていたはずの Elle の姿はもうなかった。

シーツにはまだ彼女の体温が残っていたが、その場所は空っぽだった。


Heitor はため息をつき、立ち上がった。静かに身支度を整えながら、過ぎていく一分一秒が、戻れない新しい現実へと自分を押し出していくような奇妙な感覚を無視しようとした。


彼は台所へと向かった。


そこは慌ただしかった。Frizmel は鍋をかき混ぜ、即席のかまどで手際よく料理をしており、Elle はテーブルの上で袋を整理していた。

Heitor が何か言う前に、Elle は彼に向かって何かを投げた。


彼は反射的にそれを受け取った。旅行用の鞄だった。すぐに彼女はその前に……本物の剣を置いた。


「これは……どういうことだ?」 Heitor は刃を見つめながら困惑して尋ねた。


Elle は顔を上げ、真剣な表情を浮かべた。

「どういうことって? 昨日起きたことは、あなたもわかっているはず。」


霧の中から現れた魔王の姿が Heitor の脳裏をよぎった。思い出しただけで、全身が粟立った。


彼は剣の柄を強く握りしめた。

「じゃあ……やつらの狙いは君だったのか? なぜ?」


Frizmel は鍋から手を止め、彼の方へ振り返った。

「今はその話をする時ではない。」


「じゃあいつだ?」 Heitor は食い下がるように言った。声は固く、挑むような響きを帯びていた。


しばし沈黙が流れた。Elle は目を伏せ、深く息を吸い、言葉を慎重に選ぶようにしていた。

やがて、彼女は吐息とともに口を開いた。


「私は……かつて勇者の一行の一員だったの。」 声がわずかに震えていた。

「私たちは最後の魔王を討とうとした。けれど……全てが失敗した。そして私は……あなたの世界に流れ着いた。」


Heitor は動けなかった。その言葉を処理するのに時間が必要だった。

Elle の頬を涙が伝うのを見た瞬間、胸が締め付けられた。


「Elle……」


近づこうとしたその時、Frizmel が Elle を優しく抱きしめた。

「あなたのせいじゃない。」 柔らかな声で言った。

「その重みは、あなただけのものじゃない。」


Elle は目を閉じ、Frizmel の肩にしばらく身を委ねた後、そっと涙を拭った。


Frizmel は Heitor を見据えた。

「急いで準備を。二人は旅立たなければならない。」


――――


しばらくして、Heitor はすでに準備を終えて外に出た。腰には剣、背には鞄。小屋の前には Elle が待っていた。落ち着きを取り戻し、再びその瞳に強さを宿していた。


Frizmel は腕を組み、穏やかに微笑んだ。

「よい旅を。」


彼女は Heitor に歩み寄り、短く抱きしめた。

「Elle を頼むわ。」 小さな声で囁いた。その言葉はかろうじて耳に届いた。


そして Frizmel は Heitor に一冊の本を手渡した。分厚く、使い古された表紙を持つ本だった。

「私にできることは少ない。でも、この本は役に立つはず。これもまた……異世界から来た者のものよ。」


Heitor はその本を両手で受け取り、その重みを感じながら静かに言った。

「ありがとう。」


Frizmel はうなずいたが、その視線は Elle に向けられていた。

Elle は彼女のもとへ駆け寄り、強く抱きしめた。

「ありがとう……また私を助けてくれて。」


Frizmel も彼女を抱きしめ返し、その顔には愛情と同時に消えない心配が浮かんでいた。


やがて Elle は彼女から離れた。Heitor と Elle は小屋の前の土の道を歩き始めた。


最初の一歩はゆっくりだった。しかし進むごとに、その旅立ちが本当の別れであることを実感していった。


Heitor は最後にもう一度だけ振り返った。Frizmel は小屋の前に立ち、黙って二人を見守る影のようにそこにいた。

Elle は振り返らなかった。ただ前だけを見て進んだ。


そして……二人の旅は始まった。

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