第8話 終の姿
家の隅、押し入れの暗闇に裕平は潜んでいた。
かつての身体は痩せ細り、骨の節は異様に盛り上がり、指先は土を掻くように尖っていた。
肌はざらついた鱗に覆われ、眼は夜にしか光らぬ鈍い光を宿していた。
父は、最初のうちは声を荒げ、部屋に籠る息子を引きずり出そうとした。だがやがて、その存在そのものを見なかったことにし始めた。
朝になれば一人で畑に出かけ、夜になれば無言のまま飯を済ませ、押し入れの闇から響くざらついた息遣いをただ無視するだけになった。
村の人々は、もう直接裕平を笑うことさえしなかった。
代わりに、彼が「まだ生きている」という事実を避けるように、話題にすらしなかった。
その無関心こそが、最も冷酷な拒絶だった。
裕平は夜ごとスマートフォンを握りしめた。だがもう指は思うように動かず、画面を汚れた爪で引っかくだけだった。
通知音も、フォロワーも、すでに途絶えて久しい。
それでもなお、彼は画面に顔を押し付けるようにして「繋がり」を探し続けた。
やがてバッテリーが尽き、スマートフォンの画面は暗闇に沈んだ。
残されたのは、押し入れの中でひとり蠢く「土竜」の影だけだった。
その翌朝、父は異臭に気づいた。
押し入れを開けると、そこにはもはや“息子”と呼べる存在ではない黒ずんだ塊が、丸まって静止していた。
土の中の獣のように冷たく固まり、微かな体温さえ失っていた。
父は言葉を発しなかった。
ただ押し入れを閉じ、家を出ていった。
その背中には、哀悼も怒りもなく、ただ長年の重荷を降ろした人間の沈黙が宿っていた。
こうして、浜川裕平――いや「土竜」の生は終わった。
彼の存在を覚えているのは、村人の記憶の中の嘲笑と、ネットの片隅にまだ残っている古びた動画の断片だけだった。
そして、それらもいずれ、無数の情報の波に埋もれて消えていくだろう。
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