ゾン美ショック!!!〜ゾンビの世界で美食生活〜
@Shibaraku_shiba
【第一話】「ゾンビになった美食家」
・プロローグ
腐臭と血の匂いが街を覆っていた。
人類文明は崩壊し、パンデミックの果てに大多数がゾンビと化した。
俺も――そのひとりだった。
名は神楽坂(かぐらざか)透真。
生前は高級フレンチのレストランを渡り歩き、趣味も仕事も「食べ歩き」。自称、いや他称も含めた「食の快楽主義者」だった。
だが今や俺は、腹の底からわきあがる本能に逆らえず、生者を追いかけては噛みちぎる。
そして……その味に戸惑っていた。
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1 腐臭とともに始まる食卓
「……グチャ、グチャ……ごふっ」
また一人、人間を喰らった。
舌の上に広がるのは、鉄臭い血の味。筋張った肉の硬さ。
――まずい。
最初は確かに旨かった。飢えた獣が最初の獲物にかぶりついた時の快楽。脳が焼けるような甘美さ。
だが十人、二十人と重ねるうちに、俺の舌がざらつき始める。
「……なんだこれ。臭い……硬い……油がしつこい」
俺は気づいた。
俺の中にまだ「美食家」としての記憶が残っている。
だからこそ、純粋に人肉を食って満足できないのだ。
「……せめて、塩でも振れりゃな」
思わずそんな独り言をこぼす俺に、横から声がした。
「――なぁ、トオル。今日の肉はどうだった?」
振り向けば、隣には同じゾンビ仲間のジロー。
見た目は骨と皮が剥き出しで、どう見てもホラーだが……なぜか会話はできる。
「まずい」
「はぁ? 人間の肉だぜ? 最高じゃねぇか」
「お前、舌が腐ってるだろ」
「舌は腐ってるけどよ!」
ゾンビ同士、なぜか意識と会話は保たれている。人間を襲う衝動はあるが、その裏でくだらない雑談もできるのだ。
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2 人肉料理の始まり
ある日、俺は「屠殺場」に迷い込んだ。
冷蔵庫の中には、まだ手付かずの「食肉」――豚肉や牛肉が少しだけ残っていた。
思わず手を伸ばす。腐敗は進んでいたが、火を通せばまだ食えるかもしれない。
だが、マッチもライターもない。
ゾンビの身では火を扱えない。……そう思った瞬間、ふと記憶が蘇る。
――肉の臭みは塩水やハーブで抜ける。
――筋肉は酢やパパイヤで柔らかくできる。
――煮込むことで旨味が溶け出し、臭みは薄れる。
「……やれるかもしれない」
俺は人間の肉を持ち帰った。
仲間のゾンビたちが集まる廃ビルで、「調理」を始める。
火はないが、ガスコンロはまだ残っていた。ガスも奇跡的に少しは通じている。
フライパンを熱し、肉を放り込む。
――ジュワァッ。
その音を聞いた瞬間、俺の中のゾンビ本能と美食家魂が同時に目覚めた。
「おいおいトオル……何してんだ?」
「料理だ」
「は? ゾンビが料理? バカか」
仲間たちは笑う。だが、フライパンから漂う香りが彼らの鼻腔をくすぐる。
「な、なんだこの匂い……腹が……!」
「肉の臭みを飛ばしてるんだ。玉ねぎを一緒に炒めると甘みが出る」
俺は言いながら、かつて体で覚えた調理法を思い出していた。
ローリエを加え、赤ワインを少し――いや、人間世界の残り物のブドウ酒を代用した。
煮込む。香りが立ち込める。
「できた。――ゾンビ流、人肉の赤ワイン煮込みだ」
ゾンビたちはざわめく。
「マジかよ……」
「食えるのか?」
恐る恐る口にした仲間のゾンビ、ジローが目を見開いた。
「……う、うまい……!!」
次の瞬間、争うようにゾンビたちが群がった。
「柔らけぇ!」
「臭みがねぇ!」
「これ……これ人肉か? 本当に?」
ゾンビの集団が、まるで人間の宴会のように騒ぎ出す。
俺はフライパンを握りながら、確信した。
――この世界でも、俺は美食家でいられる。
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3 新たな欲求
その日から、俺は「ゾンビ料理人」としての道を歩み始めた。
仲間のゾンビからは「シェフ」と呼ばれ、毎日肉を求めては持ち帰り、調理し、振る舞う。
焼き肉、シチュー、ラーメン風煮込み。時には中華鍋で麻婆肉。
ゾンビたちの食卓は笑い声で満ちた。
「おい、次はインド風のカレーが食いてぇ!」
「やめろ、香辛料なんてどこにあるんだよ!」
「トオルなら何とかしてくれる!」
そんな期待に応えながら、俺の中でひとつの感情が強くなっていく。
「……でも、やっぱり何かが足りない」
どれだけ工夫しても、人肉は人肉だ。
あのしつこい臭み。脂の重さ。
子供、女、男――種類で多少は違うが、決して「究極の美味」ではない。
俺は考え始める。
「……もし、人肉以外の食材で……同じくらいの満足を得られたら?」
ゾンビである俺に、それが可能なのかは分からない。
だが、微かに残る「人間だった頃の舌」が、それを渇望している。
新たな料理への探求心――それこそが、俺を突き動かし始めていた。
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4 ゾンビたちの晩餐
ガスコンロの上で煮込まれる鍋。
漂う香りに、群がるゾンビたち。
廃墟となったショッピングモールのフードコートが、俺たちゾンビの「レストラン」と化していた。
「おいトオル! 早くしろ、腹が減って死にそうだ!」
「いやもう死んでんだろお前」
「細けぇことはいいんだよ!」
周囲に集まるのは、数十体のゾンビたち。
肌は爛れ、目は濁り、誰もが死者の風貌をしているが……会話はどこか人間臭い。
俺は鍋をかき混ぜながら、無意識に笑っていた。
ゾンビであることを忘れるくらい、この光景は奇妙に「日常的」だった。
「できたぞ。――ゾンビ特製、煮込みラーメン風スープだ」
即席麺の残りを見つけた俺が、人肉をチャーシュー代わりに煮込んだ一品。スープにはニンニクと醤油、少しの胡椒。
「おぉおお!! いい匂いだ!」
「麺だ! 麺じゃねぇか!」
ゾンビたちは歓声をあげ、器代わりのバケツや鉄缶に分けてすする。
「ズズズ……ごふっ! う、うまい……!」
「人肉ってラーメンに合うんだな……」
「このトロけ具合……普通の生肉とは違う!」
俺は胸を張る。
「人肉は硬い。だが薄切りにして煮込めば柔らかくなる。臭みはニンニクと生姜で消せるんだ」
「……シェフ! さすがだぜ!」
どこからか「シェフ!」のコールが起きる。
ゾンビたちがゾンビにコールするという、なんとも世紀末な宴会の始まりだった。
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5 多国籍料理への挑戦
宴会は続く。
ゾンビどもは酒の代わりに血液パックを回し飲みしながら、「次は何だ」と俺にせがむ。
「おいトオル! 中華が食いたい!」
「イタリアンだ! 俺はピザが食いたい!」
「カレー! カレー食いたい!」
……完全にグルメ番組のリクエスト状態である。
「無茶言うな。……だが、まぁやってみるか」
俺は廃墟となった街を探索し、食材を漁り、なんとかレシピを再現していった。
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和食
「……よし、まずは和食だ」
人肉を細かく切り、生姜と酒で臭みを消す。醤油とみりん、砂糖で甘辛く煮詰め――
「人肉のしぐれ煮、完成だ」
「うめぇ! ご飯が欲しくなる味だ!」
「ご飯なんかもうねぇけどな!」
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イタリアン
次にチャレンジしたのはイタリアン。
奇跡的に残っていたトマト缶と小麦粉を使い、ピザ生地をこねて、上にスライスした人肉とチーズを散らす。
「ゾンビ風ミートピザ!」
「サクサクだ! 肉がトロける!」
「ワイン! ワイン持ってこい!」
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中華
中華鍋に人肉をミンチ状に叩き、生姜と豆板醤で炒める。
保存されていた豆腐を加え、麻辣の香りを立てる。
「人肉マーボー豆腐!」
「辛ぇ! でも旨ぇ!」
「舌が焼ける感じが最高だ!」
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インド料理
さらに香辛料をかき集め、ヨーグルトの残りを発見した俺は――人肉を一晩漬け込み、煮込む。
「人肉カレーだ」
「スパイシーだぁ……!」
「これなら何杯でもいける!」
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気がつけば、ゾンビたちはテーブルを囲み、料理の感想を言い合い、笑い声をあげていた。
まるで、生きていた頃の人間の食堂のように。
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6 ゾンビ社会における地位
「……お前、本物だな」
宴の後、ジローがしみじみと言った。
「俺たちゾンビが、こうやって『食事』を楽しめるなんて思わなかったぜ」
「ただ人を食ってるだけじゃ、飽きるからな」
「お前のおかげで……俺たち、生きてる頃の気分を少し思い出せたよ」
その言葉に、俺はハッとした。
ゾンビたちは、人肉をただの「餌」として食っていた。
だが料理すれば、それは「食事」になる。
死んだはずの俺たちが、ほんの少し「生きる意味」を取り戻したような気がした。
その日から、俺は本格的に「ゾンビ料理人」としての地位を確立していく。
仲間たちに料理を振る舞い、時には別のゾンビ集団から「出張依頼」が来ることさえあった。
――だが、俺の心の奥底には、拭えない違和感が残っていた。
どれだけ工夫しても、人肉は人肉だ。
あの独特の臭み、重い脂。
料理人として、そして美食家として、俺は確信していた。
「……もっと美味いものが、この世にはある」
ゾンビの本能と、美食家の魂がせめぎ合う。
俺の探求は、まだ始まったばかりだった。
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7 人肉の飽和
宴会の後。
俺はひとり、モールの厨房跡で鍋を前に腕を組んでいた。
鍋の底には、人肉の煮込みが残っている。
さっきまであれほど盛り上がっていたのに……俺はひと口すすると、思わず顔をしかめた。
「……やっぱり、臭いんだよな」
工夫すればするほど、人肉の限界が見えてくる。
確かにゾンビたちは満足していた。だが、俺の舌はごまかせなかった。
――脂の重さ。
――血の鉄臭さ。
――噛んだ時の筋張った繊維。
生前に味わった「熟成肉」「新鮮な魚介」「香り高いスパイス」。
それらと比べれば、人肉はやはり「落ちる」。
「……このままじゃ、俺は腐った舌で終わっちまう」
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8 人肉以外の実験
俺は決意し、翌日から「別の食材」を探し始めた。
廃墟となったスーパー。
冷凍庫を漁ると、奇跡的に凍ったまま残っている豚肉の塊を見つけた。
「……これは」
持ち帰り、ガスコンロで焼いてみる。
塩を振り、シンプルに炙るだけ。
――ジュワッ。
溢れ出す肉汁。人肉とはまるで違う甘い香りが立ち上る。
ひと口かじる。
「……う、旨い……!」
その瞬間、体の奥からゾンビの本能が暴れだした。
『人間を食え』『血を求めろ』
脳を直接かき乱す声がする。
だが、俺の舌はそれを拒絶する。
「違う……本当に旨いのは、こっちだ……!」
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9 ゾンビ仲間との会話
夜。
例の相棒ジローが俺の横に座った。
手には、人肉を使った俺の麻婆豆腐。
「今日のも最高だぜ。けど……顔が浮かねぇな」
「ジロー……お前、人肉に飽きてねぇか?」
「はぁ? 俺らゾンビだぞ? 人間喰わなきゃ生きてけねぇだろ」
「そう思ってた。でもな……人肉は限界がある。工夫しても、旨さは頭打ちだ」
「……贅沢な野郎だな。俺たちにとっちゃ、食えりゃ充分だろ」
「それじゃ、俺は満足できねぇ」
俺は拳を握った。
ゾンビの本能よりも、料理人としての矜持が勝っていた。
「ジロー。もし……もし俺が『人肉以外』で満足できる料理を見つけたら……どうする?」
ジローは少し考え、肩をすくめた。
「そんときは俺にも食わせろ。それだけだ」
――ありがたい。
たとえゾンビになっても、こいつは相棒だった。
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10 新たな渇望
その夜、俺は一人で呟いた。
「……俺はゾンビだ。だが、美食家でもある」
人肉に飽き、豚肉の残滓に舌鼓を打った時、確信した。
俺は「ゾンビの本能」を超える料理を作りたい。
いや、作らなければならない。
人肉を求める衝動に抗いながらも、俺の心には新しい欲が芽生えていた。
「――この世界にまだ『本物の美味』は残っている」
ゾンビとしての飢えか。
人間としての探求心か。
その境界線を踏み越えながら、俺の料理人としての物語が幕を開けていく。
【一話・完】
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